旧校舎 後編


ガラッと音がして、扉が開かれる。しかし既に日の暮れた真っ暗な教室は物音ひとつしなかった。如月は出来るだけ音を発てないように扉を閉めると、誰もいない筈のその場所に気配を感じて振り返った。
「……壬生?………」
もう誰もが帰った思っていた場所に、床にぺたりと座り込みながらうずくまっている壬生がいた。如月は少しだけ驚いた表情をすると、咄嗟に壬生の元へと駆け寄る。その時、だった。
「―――来ないで、ください………」
弱々しい声で言ってくる壬生が気になって如月はその場を動かずに、その様子を探った。けれども真っ暗な教室内では壬生の細かい様子を伺う事は出来なかった。
「……何か、遇ったのか?………」
如月はそれだけを言うとうずくまっている壬生と同じ高さまで視線を下げる。何時も、こうだった。如月はいつもこうやって、自分を同じ位置で見つめてくれる。真っ直ぐな視線と優しい眼差しで。
「……如月…さん……」
「―――どうした?」
壬生の警戒心が溶けたのを敏感に察知すると、如月はそっと彼の前に近づいた。そしてその場にしゃがみ込むとまるで子供をあやすように、壬生の髪をそっと撫でてやる。
こうして髪を撫でるのが無意識の癖なのか、如月はよく壬生にこうした。そしてそれは自分が最も好きな如月の仕種だった。
「……あの、如月さん…もしもの事だけど……」
その手の優しさに安心したのか、自分でもよく分からなかった。ただどうしていいのか分からずに、そんな言葉を口にした。しかし如月はそんな自分に気にする事無く、いつもの真っ直ぐな視線を向けてくれる。
「……もしも…如月さんが男に『好きだ』って言われたら…どう思います?……」
余りにも予想外の言葉に面食らってしまったのか、如月にしては珍しく驚愕の表情を見せる。でもそれはすぐに元に戻ったけれども。
「君は、言われたのかい?」
「…違います…例えばです……」
まさか龍麻に言われた事とその経由は言えないので、誤魔化してしまう。けれども真実を映し出してしまう如月の瞳には、それが可能だったろうか?
「―――言われたのかい?」
再び聞き返してくる如月に、壬生は必死で首を横に振る。でもそれが全身で肯定しているなんて、壬生には分からなかった。でも、如月はそれ以上は追求せずに。
「―――僕ならば、断るね」
予想通りの答え。真っ直ぐで正しい事だけを見つめてきた如月には、きっとこんな気持ちなんて理解出来ないだろう。分かっていたけれどもやっぱり、胸が痛かった。
「……やっぱ、そうですよね…気色悪いですよね……」
ひどく自虐的な気分だった。一層の事気持ち悪いと言われたかった。そうすればこの想いも諦められるかもしれないから。
「違うそんな事じゃない。僕には既に想う者がいるから、答えられないと言っただけだよ」
「………るの?………」
「―――壬生?………」
「……如月さん…好きな人……居るの?………」
壬生は耐えきれずに俯いてしまう。いつかこんな日が来ると分かっていても、心が追いつかない。追いつけない。
「―――壬生」
突然如月の手が延びてきて、壬生の顎を掴むと自分へと向かせようとする。しかし壬生は必死でそれに抵抗した。今、顔を上げてしまったら、絶対に自分をセーブ出来なくなる。
しかし如月は強引に壬生を自分へと向かせると、両手で頬を包み込んで視線を固定させてしまう。これで、壬生は…逃げられなくなった。
「誰に『好き』だと言われた?」
「………え…………」
突然先程の質問を繰り返されて、壬生は戸惑う。辛辣にすら見える、真っ直ぐな如月の瞳に見つめられて。耐えきれずに瞼を閉じてしまう。
「―――誰に、言われた?壬生」
いつになく厳しく聞こえる如月の声に、何故だか壬生は追い詰められた気分になる。いや、追い詰められたのだ。このひとの今の声は、自分が初めて聞く厳しい声だったから。いつも感情を乱すことの無い、このひとの。
「……何で…そんな事…聞くんですか……貴方には…関係ない……」
嘘が嫌いな、如月さん。真っ直ぐな心の、如月さん。いつも本当の自分を見せてくれて、いつも本物の自分をくれる。大好きな、貴方。好きで好きで、死んじゃいたい程に。だから。
「―――関係ないでしょう!」
もう、止める事なんて出来はしない。こんなにもこんなにも好きだから。いや、初めから無理だった。貴方が真っ直ぐな気持ちを僕に見せてくれた時から。貴方が優しい眼差しをくれた時から。その時からこの恋は、始まったのだ。
「僕が誰と何しようが、僕が誰に抱かれようが……貴方には関係ないでしょう!!」
癇癪を起こした子供のように、壬生はぼろぼろと泣き続ける。そして目の前の如月の胸に拳を叩きつけた。
「―――抱かれたのか?壬生…男に……」
胸を叩きつけていた手首が如月の手に絡め取られたかと思うと、強引に引き寄せられる。
そして気付いた時には、壬生は如月の腕によって抱きしめられていた。
「……きさらぎ、さん?…………」
濡れた闇色の瞳が驚愕に見開かれる。その先に在ったのは、怖い程に真剣な如月の顔。真っ直ぐな気持ちを向ける、彼の本物の顔。
「―――好きだ、壬生………」
「………え?………………」
「ずっと、君が好きだった」
そう言って再び如月の腕が壬生を抱きしめる。それは先程とは違って、苦しい程に優しかった。優しすぎた。
「……嘘…………」
「―――嘘ならば、どんなに楽だろうと思うよ」
「……如月…さん……」
「君へのこの想いが一時の気まぐれならば、どんなにかと…でも今、僕は嫉妬した。君を抱いた見知らぬ男に……」
如月の手が壬生の頬に掛かり、そして流れ落ちる涙をそっと拭う。その優しさが胸に痛い。
「……嫉妬、した………」
「………きさらぎ…さん………」
ぽろぽろと壬生の瞳からは幾筋もの涙が零れ落ちる。もう自分には、それを止める術を知らなかった。そして。
「……僕も…ずっと…好きでした……ずっと………」
「―――壬生………」
「…貴方が……好きでした………」
如月の綺麗な瞳が自分を絡め取りそして、それを焼き付けながら壬生は目を閉じる。それを合図に、如月は壬生に口付けた。それは触れるだけのキスだったけれど。
――――それだけで、二人には充分だったから……。

「……前に龍麻とふたりで旧校舎に潜った時………」
広くて優しい如月の腕に包まれながら、壬生はぽつりぽつりと話し始める。それを告白するには大変な勇気のいる事だったが、今はこうして抱きしめてくれる腕が自分にはあるから。だから、壬生は。
「…僕は、鬼道衆達に捕らえられました…そして……」
ぎゅっと壬生が如月のシャツを握り締める。その手が小刻みに震えていた。如月は堪らなくなって、そっと自分の手で包み込んでやる。
「……犯されました……龍麻の見ている前で……抵抗すら、出来なくて………」
「―――もう、いいよ…壬生……」
「……でも僕は、無理やり犯されながらも………」
「……もう何も…言わなくていい…壬生………」
如月の唇が壬生の言葉を全て、吸い取ってしまう。
―――そして、自分の受けた傷も。いつか彼が全てを癒してくれるだろう。
「―――何も、言わなくていいから」
ふたりはそれ以上何も、言わなかった。もう言葉など必要なかった。言葉など、いらなかった。痛い程にお互いの気持ちが、伝わるから。苦しい程に、理解出来るから。だから。
―――ふたり無言のまま、夜明けまでずっと抱き合っていた。

ひどく暖かいものが自分を包み込んでいる。その心地好さをもう少し味わいたくて、瞼を開けるのを躊躇ってしまう。しかしそんな壬生の耳元に、そっと声が降り積もって。
「……起きたのかい?壬生………」
「………きさらぎ…さん……」
寝起き特有の舌ったらずな声で、壬生はその名を呼ぶ。そして自分を見つめる優しい瞳にかち合う。
「……僕…いつのまに………」
あのままずっと何をする訳では無く、ふたりしてただ抱き合っていた。そしてその間いつのまにか自分は眠ってしまっていたらしい。
「の割りには、随分と気持ち良く眠っていたけれどね」
くすくすと笑う如月の笑顔がひどく、壬生には眩しくて。でもそれは、ずっと自分が欲しかったものだった。ずっとずっと、手に入れたかった彼の綺麗な笑顔。
「……今、何時ですか?………」
「五時半を廻った頃だね、未だ眠るかい?」
如月の問いに壬生は首を横に振って。そして子供っぽく笑って。
「いいえ、眠ったら勿体ないです」
「勿体ないか?」
「勿体ないです」
本当に壬生は生まれたての子供のような顔で微笑う。それは如月が初めて見る彼の本当の顔だった。今まで殻に閉じ籠もって、脅えていた壬生では無い彼の本物の顔。
「―――そうか………」
そう言って如月は壬生を抱きしめる。それは本当に壊れ物を扱うかのように優しくて。そして、暖かくて。
―――幸せだった。本当に、幸せだった。もう何もいらなかった。こうやって貴方が僕を見つめてくれて、そして抱きしめてくれるならば。本当何もいらない。
自分が唯一本当に欲しかったものがこの手に入ったのだから。
「……如月さん………」
「―――何だい?」
「…もう一つ…貴方に言っていない事があります………」
「―――壬生?…………」
如月が疑問符を口に乗せたと同時に、壬生は自らの制服のボタンを外し始める。その制服は所々切れていた。初めそれは戦闘のせいなのかと思ったが、また違った可能性を如月は否定する事は出来なかった。けれどもそれを自分から壬生に聴く事は…出来ないし、したくなかったから。
そして全てのボタンを外すと、壬生は上着を脱いで如月の目の前に立った。
「……壬生……これは………」
如月の漆黒の瞳が驚愕に見開かれる。無理もない。目の前に暴かれた壬生の肢体の隅々には、無数の紅い所有の証が彩られていたのだから。
「……情け無いですよね、僕って…ろくさま抵抗の一つも出来ないんですから……」
苦笑混じりに言いながらも、壬生の顔はどこかやり切れなさを含んでいた。如月は無言で彼の身体を抱き寄せる。
「…でも……未遂です…貴方の名前を、呼んだから………」
「………壬生?…………」
「…僕が…貴方に助けを求めたから………」
壬生の細い腕が如月の首筋に縋るように、絡み付く。いや実際、自分は縋っていたのだ。
『如月』と言う存在に。彼の全てに。
「―――そうか………」
如月は決して『誰』とは聞かなかった。彼が言わなければ聞くつもりなどなかった。
もう無理に傷を開ける気には自分には、なれなかったから。
「……良かった…何も無くて………」
それだけを言うと如月は抱き寄せた壬生に口付ける。壬生の首筋に廻っていた手が、いつ
しか彼のさらさらの髪に移された。
「……もっと、キスしてください………」
「―――壬生?」
「ここにも、ここにも、全部を貴方で埋めてください」
壬生の指が如月のそれに絡まり、自らの身体に散る紅い花びらへと導かれる。それを一つ一つ如月の指に辿らせながら、微かに濡れた瞳で壬生は言った。
「もうすぐ夜が明けるよ」
そう言いながらも、如月は壬生を拒否しなかった。いや、自分が彼を拒む事は有り得ない。自分は、彼の望みは全て叶えてやりたかったから。どんな事でも、叶えてやりたかったから。
「………夜が…明ける前に………」
如月の力強い腕が壬生を抱き上げ、ゆっくりと机へと降ろしてゆく。そして如月は彼の上に覆い被さると、キスの雨を降らせてゆく。
「―――紅葉………」
初めて、壬生を名前で呼んだ。それはひどく甘い響きとなって、壬生の胸に降って来る。
「……如月、さん…………」
「もう、僕は止められないからね」
如月の言葉に壬生は、笑った。
―――僕も、止められません、と………。

「…あぁ……」
如月は自分の知らない所が有るのが許せないと言うように、壬生の全身に指と唇を滑らせてゆく。身体にある紅い跡には、特に執拗な愛撫を送る。
「…あっ…如月さん……」
時々的を得たように、腕の中の身体がぴくりと震える。その反応を確かめながら、如月は更に彼を追い立ててゆく。
「……紅葉………」
「…ああっ……」
如月の手が極自然にそこに辿り着いたとでも言うように、壬生自身を絡め取る。それを手のひらで揉み下しながら、震えるその瞼に口付けた。
「…ああ…ぁ…」
指の腹で形を辿り、先端に軽く爪を立てる。そのたびに壬生の身体がびくりびくりと、鮮魚のように跳ねた。
「…如月…さん…ん…」
誘うように覗く紅い舌を、如月は自らのそれで絡め取る。その間にも不埒な指先は、壬生自身を攻めながら。
「…ふぅ…んっ……」
何方とも付かない唾液が壬生の口元から零れ落ちる。しかし互いを貪る二人には、そんな事は気にもならなかった。
「…んっ…ん…」
激しいキスを受けながら、壬生は次第に昇り詰めてゆく。そして限界にまで達した時、如月は一層強く扱いてやった。
「――――っ!」
壬生の声は如月の口によって閉じ込められたが、彼の欲望は手のひらで受け止められていた……。

「…あっ……」
壬生のそれで濡れた指が、彼の中へと侵入をする。それは細心の注意を払って、ひどく丁寧に行われた。
「…くぅ……」
長い指先が、壬生の内部を掻き回す。初めはゆっくりと、そして次第に激しく。
「……大丈夫かい?紅葉………」
如月の問いに壬生はこくりと、頷く。本当は少し痛かったけれど、それをしているのがこのひとだと思うと、その痛みも違うものへと変化してゆく。
「…んっ…あぁ……」
如月があやすように、一度果てた壬生自身へと再び指を絡める。先程の余韻を残しているそれは、再び形を変える事は容易だった。
「…あっ…ぁぁ…」
如月は慣れた頃を見計らって、指の本数を増やしてゆく。一本から二本へと。そしてそれぞれの指は勝手な動きを初めて壬生を悩ませた。
「…如月…さん…あ…」
「……紅葉………」
縋るように延ばされた壬生の腕が、如月の背中へと廻る。そんな彼に優しく微笑みながら軽いキスを送ると、壬生の中の指をそっと引き抜いた。そして。
「―――いいかい?紅葉………」
耳元でそっと囁かれる言葉に、壬生はこくりと頷いた。

「――ああっ!」
侵入は思ったよりもスムーズだった。盲目の者に襲われた時は、ただ痛みしか感じなかったのに…。彼に抱かれているだけで、こんなにも違う。
「…あっ…ああ……」
如月は出来るだけ壬生を傷つけないようにと、ゆっくり彼を手に入れてゆく。初めての経験があんな物であった彼だからこそ、自分との時には出来るだけ優しくしてやりたかったのだ。無論、そんな事が無くても如月は優しいけれども……。
「…如月さん…ああ……」
「………愛している、紅葉………」
何度も何度も言葉の雨を降らせながら、如月は自分を彼の中へと埋めてゆく。その行為は確かに壬生にとって『快楽』だった。
「…ああ…あ……」
このひとに貫かれ、彼の存在で埋もれて。それ以上の悦びが他にあるだろうか?何よりも欲しかったひと。何よりも手に入れたかったひと。そのひとが自分を抱いてくれるのだ。これ以上のエクスタシーが他にあるのだろうか?
「…あぁ…如月さん…もっと……」
壬生が耐えきれずに如月の背中に爪を立てる。爪が白く変色する程に、きつく。
「……ああ、紅葉。君が望むだけ………」
「…もっと…貴方がっ……」
如月は壬生の言葉に答えるように、彼をより一層深く貫く。そしてゆっくりと挿入を開始した。
「…あっ…ああ…如月さん…きさらぎ…さんっ……」
次第に激しくなる動きに、壬生の思考が奪われる。そして彼は本能のままに、如月に縋り付き、声を上げた。
「…ああ…ああ……」
「――――紅葉…………」
如月がひどく優しい笑みを零すと、限界まで壬生を貫いた。そして。
「――――あああっ!」
壬生の嬌声が室内を埋めた瞬間、二人は同時に欲望を吐き出していた。

――――全てを破壊したならば、再び再生すればいい。

「……如月さん、見てください………」
「―――ん?」
行為の後の気だるい身体を持て余しながらも、壬生はゆっくりと起き上がって窓枠の前に立つ。そして、窓の外を指差した。
「ほら、夜が明けます」
壬生の示した先の四角く区切られた空間には、如月の瞳に似た薄紫の空が広がっていた。
「本当だね」
いつのまにか壬生の隣に如月が立ち、その細い肩を抱き寄せた。壬生は甘えるように如月の肩に凭れかかると、再び視線を空へと移した。
「この夜が明けたらきっと、僕は生まれ変われると…思います…」
「―――」
「……貴方の腕の中で………」
少しだけ潤んだ瞳で見上げてくる壬生に、如月は何よりも優しい微笑みで受け止めて。
「…ああ…紅葉……そうだね………」
そう言って、約束の代わりにふたりは口づけを交わす……。

―――全てを越えられる強さが、欲しい。
全てを破壊する強さが、欲しい。そして。
―――全てを再生する優しさが、欲しい……

僕の傷は決して消える事はないけれども。
今はそれを癒してくれる腕があるから。
ふたりでなら、全てを越えていけるから。だから。
――――もう、僕が脅える事はない。

――――ふたりでなら、全てを越えていける……。

End

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