deceit ACT / 4


涙をくりかえすのに 何度も確かめたがる。



「彼が『黄龍の器』ね」
「―――そうですよ、天野さん」
ベッドの上に横たわる未だあどけなさの残る少年を見つめながら、天野は大人の微笑でその名を呼んだ。
「随分と、可愛い男の子ね。信じられないわね。彼が『黄龍の器』なんて」
天野の紅い爪が、その滑らかな頬を辿る。褐色の肌は、極上の感触を彼女の指先に与えた。
「でも私等が力を得たのは、彼の為。彼が世界を救うただひとりの救世主…間違えなく緋勇は『黄龍の器』ですよ。私等の主となる存在の」
「……運命とは皮肉ね……。幾らばらばらに散らばっても、こうして一つに集まってしまうのだから……」
「集まってはならない存在なのに?」
御門が微かに皮肉を込めた笑みで呟く。そんな彼に天野は柔らかく微笑って。
「そうよ、君達は禁断の存在よ」


「…全く…ひーちゃんの奴は授業を耽るし……如月の奴は途中でどっか行っちまうし……全くどうしちまったんだよ………」
ぶつぶつと独り言を言いながら、京一は帰宅の途へと向かう。こうなると自分だけが真面目に授業を受けた気がして、何だか損をした気分になる。
「ちきしょー、俺も帰れば良かったぜ」
「―――蓬莱寺さん………」
「わっ!」
突然背後から声が掛けられて、京一は本気でびびってしまう。驚愕の表情のまま、京一は振り返って。
「驚かすなよー壬生……。心臓止まるかと思ったぜ………」
「ごめんなさい」
自分を驚かした張本人に当たる。けれども、当事者は何時もの何気ない笑みを浮かべるだけだった。そして。
「脅かすつもりは無かったんです。ただ、貴方に話があって」
「……俺に?………」
きょとんとする京一に壬生は何とも言えない笑みを浮かべて。そして、彼を人気のない空き地へと誘った。


「―――残酷だね……確かに………」
強さを増した風が、如月の髪を靡かせる。その風を全身に浴びながら、屋上から見えるその景色をまるで鏡のような瞳で見下ろしていた。
「僕は君を、拒まなかったのだから」
傷つく事も、傷つけられる事も。全ての感情を抹殺した筈の自分が。何故、こだわってしまったのだろうか?――――ただ、知りたかった。彼が自分から求めるものを。自分から奪いたいものを。その瞳が見つめる視線の先を、知りたかった。
「…君は僕を一番理解している。多分…他の誰よりもね………」
でなければ、こんなにも。心を動かされたりは、しない。


――――貴方の優しさは罪だと。教えてくれても、もう全てが遅すぎる。


「……地球の……防衛本能が君たちを目覚めさせるのよ………」
天野は柔らかい微笑を浮かべながら、ソファーへとゆっくりと腰を降ろす。その一連の動作は洗礼された大人の女性のものだった。
「…そう、何時の時代もそうよ…キーワードは『人口増加』………」
「――――」
「世界は今、かつて無い繁栄と平和を迎えているわ。人々は戦う事を止め、手を取る方向へと向かった…それが間違えだとは…私には言えないわ……けれども………」
「―――人間たちは、越えてはならない一線を越えてしまった」
「そう、人間は自らの手で自然を破壊し、食物連鎖のバランスを崩していった……それが地球の用器量を越えてしまったのよ……それに………」
「もう、戦争は起こらない」
「そうよ、もう戦争は起きない。だから人間は増えるだけ。増えればまた、自然は破壊される。そうすれば」
「地球は耐えられなくなって、破滅する」
媒体である地球が限界を越えてしまう。そうなればもう、破滅しか無い。いくら人間がそれを食い止めようとしても、自然の力の前では人類は余りにも無力だ。
「……戦う事は、人間の無意識の本能よ…戦争もね……これ以上人口が増えれば、自分たちの種族の滅亡に係わると、ね……」
「―――哀しい事ですね」
「そう、哀しいわ。でもそうやって来たから、我々は今までの危機を乗り越えられたのも事実よ。でも、我々が生き残る道はこれだけじゃあ無い筈よ」
「そうですね。別に戦わなくても、戦争をしなくても、私等には生きていく道がある筈だ。もっと違う方向でね。でも人々はそれに気付く前に、最大の過ちを犯してしまった」
「だから、君たちが転生する。地球が自分を護る為にね。外敵である人間達を大量殺戮する為にね」
「私等の『力』は人間にとっては、驚異でしか無い。でも地球にとっては……」
「自分を護る為のごく当たり前の手段なのよ」


「―――大量虐殺<ジェノサイド>が、始まります」
「……大量殺戮?………」
壬生の言葉に京一は、背筋がぞくりと震えるのが分かる。それはその言葉の意味の恐ろしさを知っているからであり、また壬生がその言葉を平然と言って退けた為だった。
「人類たちが気付かない間に。僕たちの『力』が、そうするんです」
「……俺たちの…力って…………」
何も知らない京一には当然の疑問だった。彼は覚醒はおろか、その『力』を壬生の手によって封印されているのだから。―――真先に覚醒した壬生の手によって。
「僕たちは、地球を護る黄龍の器を護るものです。地球と、自然を守護する…決して人間を護る為ではありません…」
「黄龍の器?!壬生、お前何言って………」
「分からない振りをしてもう無駄です。貴方は気付いている筈。自分が他人と『人間』と何処かが違うって……。無意識の内に感じている筈です………」
「――――!!」
壬生の言葉に京一は、はっとする。確かにそうだ。確かに自分は何処かで、感じていた。他の人間とは、違うと。けれども、またそれを必死で否定する心も知っている………。
「俺は人間だ、壬生」
そう、心では否定している。例え違和感を感じていても。自分はこの地球が、この人間が大好きだから。弱いけど一生懸命生きている人間たちが、好きだから。
「でもそう思う事事態が、自分が人間である事を否定しているんですよ」
「……………」
壬生の言葉に京一は何も言えなくなってしまう。確かに彼の言う通りだった。自分が人間だと主張すれする程、それは虚無になってしまう。
「…一つ……昔話をしてあげるますよ…。貴方も良く知っている話ですよ………」


――――1998年、それは一人の転校生によって始まった。真神学園に現われた一人の転校生『緋勇 龍麻』によって。彼の周りで起きる数々の数奇な事件。そして引寄せられるように集まった不思議な力を持つ者達。新宿を舞台に繰り広げられたその彼らの戦いは、決して歴史の表舞台に出る事はなかった。けれども。けれども確かに彼らは存在した。黄龍の器と、そしてその器に引寄せられて集まった仲間たちが…。


「―――あの戦いも…元を正せば増えすぎた人口を浄化させる為に自然の摂理が起こしたものなのです…」
人類が自然の摂理を犯すと同時にこの地上に生命を受ける自分たち。裁かれる側の人間として、何度も何度も転生をする自分たち。
「何時も、僕達が転生をすると、彼らは戦争を始める。増えすぎた人口を減らす為に。人間が増えすぎれば、それだけ自然は犯されていく。彼らは食料を土地を金を手に入れる為に、有限である自然を破壊してきます」
「………そんな……戦争だって自然を破壊するじゃないかっ!!」
「でも、戦争で滅びる人間の数の方が多いんです。その数に比べたら、自然の被害の方が遙かに少ない……。人間たちが、増殖していくよりも……」
「……でも……そんなのって……そんなのって………」
京一は耐えきれないのか、拳をぎゅっと握り締めた。無理も無い。自分たちは余りにも人間に馴染みすぎた。人間を好きに、なり過ぎた。
「でも、それが真実です。そして、現実です。地球にとってみれば、人間程自分勝手な生き物はいないんですから」
――――誰のものでも無い自然を、破壊したのは誰だ?誰のものでも無い自然を、奪ったのは誰だ?
「人間は傲慢で自分勝手です。自分たちさえよければ、動物達も植物達も平気で殺します」
「……でも、人間にはいい奴だって、沢山居るんだっ!!」
「そうです、だから僕は貴方達を封印しました」
「……壬生?………」
壬生の瞳が、哀しかった。無表情で、残酷な事実を告げる彼の瞳が。とても、哀しく見えた。
「僕たちの『力』が開花すれば必ず大量殺戮が始まります。だから、その前に貴方等の封印をしました」
「………壬生…………」
「僕は、自分勝手な事をしました。本来ならば覚醒する筈の仲間等を、人間を護る為に封印をしてしまいました。その記憶も同時に。でも、僕は間違っているとは思わない」
「……………」
「貴方の言う通り、人間だっていい人はたくさんいます。ただ彼らが何も知らないだけで。だから僕は、可能性に懸けてみたいんです。人間達が…彼らが…自分たちの過ちに気付く事に。僕は、それに懸けてみたいんです……」
自然を破壊したのは、確かに人間だ。けれども、それは人間たちのせいじゃない。この社会が、この世界がそうさせるのだから。この歪みきった世界が。
「……僕は…間違っていますか?……」
「―――いいや」
壬生の言葉に京一は、力強く頷いた。そして。
「もし俺がお前の立場でも、絶対にそうしている」
何よりも真っ直ぐな瞳で、そう告げてくれた。


「私等の中で真先に覚醒したのが、壬生です。そして、従兄弟である私が覚醒した。彼は私が覚醒する前に封印したかったみたいだけどね……。生憎覚醒するのが早くて、それが出来なかった。けれども、私たちには共通の想いがあった」
「―――自分たちの『未来』ね」
「そう、人間として転生したからには人間として一生を終えたかったからですからね。壬生はどうかは、知らないけれど……。少なくとも私はこの人間と言う媒体もこの世界も気に入っているんですよ」
「で、『黄龍の器』を封印した」
「私に黄龍の封印は出来ない。半身である壬生にしかそれは出来なかった。彼はもうひとりの黄龍ですからね」
自分の身近に居た京一と村雨、そして芙蓉はすぐに見つける事が出来た。だからふたりで覚醒する前にその力を封印した。けれども。
「…他の仲間を…見つける事が出来ない…特に巨大な力を持つ四神の存在をね…」
いくら探して『四神』の存在を見つける事が出来なかった。神でもあり、天でもある彼ら。
「よりにもよって、一番『力』の強い四神達がね。でも運命とは面白いね。こうして、私等の前にそのうちの一人が自分から現れるなんて」
「でも、玄武は覚醒していないのでしょう?」
「そう覚醒していない。覚醒していない者が『力』を持つ事は不可能なんだ。なのに彼は『力』を持っている。記憶が無いのにも係わらず」
「―――何故?」
天野の問いに。御門は首を横に振るだけだった。そして。
「そこから先は、私には入ってはいけない領域です。その答えを知っているのは…壬生だけだから………」
「どうして、壬生くんだけがそれを知っているの?」
「―――私も今の今まで忘れていましたよ…壬生が…一番欲しがっていたものをね……」


「―――貴方をもう一度封印します」
「ああ、かまわないぜ。来いよ」
きっぱりと力強く頷いてくれる京一に、壬生は微笑った。その優しさに一つ、心の罪悪感が消えてゆく。仲間を勝手に封印したと言う罪悪感が………。
「でもお前はこれからどうするんだ?」
「…僕には未だ、やり残している事があります……。だからそれをやり終える前に、封印は出来ないです……いいえ………」
壬生の瞳が一瞬、遠くを見つめる。そして。
「…僕には封印が出来ない…僕は過去だけに生きているから……」
京一その言葉を理解する前に。彼は封印を施した……。


涙をくりかえすのに 何度も確かめたがる。全てが 終わったんだと気がつくまで。――――すべてが 終わっても……。
 

End

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