deceit ACT / 7


――――さよならから、始めよう。

 
説明の付けられない、想いだった。説明など、理屈など、必要の無い想いだった。
ただ、大切だった。ただ、大事だった。何よりも誰よりも、大事にしたくて。護ってやりたかった。


でも、それが間違えだったのかもしれない。


彼の孤独を埋める代償に、彼を弱くしてしまったから。
優しさを与えすぎた自分の。
それが、最大の過ちだったのかもしれない。


―――でも、愛している。愛して、いる。


「……君は、本当に凄いね………」
何事も無かったかのように進んでゆく時間を感じながら、御門は苦笑混じりに呟いた。何も、無かった。何も、起こらなかった。そう、如月は止めたのだ。ぎりぎりの所で。彼は力の放出を。全ての物体の、停止。時間の停止。そうする事で彼は、殺戮を。人間の大量殺戮を止めたのだ。
「―――でも君はこれから、背負わなくてはいけない」
もう知らないでは済まされない。全てを受け止めなければならない。その真実を。その全てを。
「…君は壬生を得る為に…全てを代償にしたのだから………」


――――こうして、ふたり。世界から隔離されたい。


「…僕を『許さない』かい?紅葉……」
離れようとはしない壬生を抱き締めながら、如月は呟くように尋ねる。その髪をそっと、撫でてやりながら。
「…最初は…ただ悔しかったんです…僕の事を何も分からない事が…そして次には、哀しくなりました…僕だけがこんなに貴方に執着してるのかって……でも…今は……」
壬生がゆっくりと顔を上げると、真っ直ぐに如月を見つめる。そうだ、彼は何時でも真っ直ぐに自分を見つめていた……。
「……貴方が…居てくれるだけで……いい…僕を、見てくれるだけで……」
そう言って壬生は如月に口付けた。それは哀しい程の彼の想いを告げる。
「―――僕が、好きかい?紅葉」
「好きです。誰よりも、好です。僕は貴方がいてくれたら、それだけでいいです」
真っ直ぐで正直な彼の想い。始めから、そうだった。何時でも彼は自分だけには心を隠さない。どんなに些細な事でも。自分だけには彼は告げる。全てを。全ての想いを。
「―――僕も、だ。紅葉」
だから、自分は受け止めねばならない。この彼の想い全てを。全てに、答えてやらねばならない。そして、それしか。それしか如月は愛し方を知らなから。そういう愛し方しか如月は出来ないから。
「僕も、君が好きだ」
自分の全てを懸けて。そして相手の全てを受け止めて。互いの存在しか見えなくなるような。そういう愛し方しか、出来ないから。
「……愛して…いる………」
そしてそれは、どんなに切実な願いだったのだろうか?


生まれて初めての記憶は、自分が死に逝く場面だった。
そしてそれを傍観者の如く、冷静に見つめている自分。
それが初めての記憶、だった。
けれどもそれは時間の中で次第に薄れてゆき。
何時しか記憶の片隅へと消えていった。
けれども、一つだけどうしても消えない事があった。
消えない想いが、あった。
それは残留意識として、いつも自分にまとわりついていた。
――――伝えなければならない、と。
自分が死に逝く前に、どうしても。どうしても、伝えなくてはならないと。
でもその言葉がどうしても、思い出せなかった。


「…あっ…如月さんっ……」
触れ合う身体は、熱くて。芯まで焦がす程だった。
「……紅葉………」
心が、騒ぐ。こんなにも、自分は彼を求めていたのかと。嫌と言う程に思い知らされる。――――離れるなんて、出来ない。こんなにも、こんなにも愛しているのに。どうして一時でも忘れていられたのだろうか?どうして彼を忘れようとしていたのだろうか?
「…あぁ…ん…」
夜に濡れた瞳も。甘い喘ぎも。背中に食い込む透明な爪も。全てが、愛しい。こんなにも、こんなにも、愛しい。
「…ああ…あ……」
愛しくて。愛しくて。全てが、どうでも良くなってしまう程。
「…愛している…紅葉……」
「…ああっ…如月…さん……」
堕落しても、構わなかった。彼を手に入れる事が出来るなら。


「――――ごめんね、紅葉」
腕の中でやっと安心したのか、安らかに眠る壬生を見つめながら如月は呟いた。そしてそっと自分へと抱き寄せる。
「僕は、否定していた。全ての事に。余りにも『現実』に生きていた為、前生の記憶も、使命も、そして君すらも思い出そうとはしなかった」
自分には受け入れなければならない未来があったから。決められた未来があったから。どうしても、それに捕らわれなければならなかった。心の中で違和感を感じていたのに、それを必死で否定していた。
「それが結果的に沢山の人間を傷つけてしまった」
自分を偽った為に、死んでいった彼女。彼女の家族。自分の両親。そして、君を。誰も傷つけたくは無いと思いながらも、誰かを傷つけてしまう。それでも他人の痛みや、自分の無力を知る事は。自分が限り無く人間に近づいた証拠だから。自分がどれだけ『人間』と言う存在が好きなのかを。思い知らされたのだから。そして、どれだけ。どれだけ自分が彼を想っていたのかを。如月は嫌と言う程に、分かりすぎる程、分かってしまったから。
「…でも…それでも僕は君を…選んでしまう……」
幾ら人を傷つけても、自分がどれだけの過ちを犯しても。それでも。それでも、どうしてもこの想いだけは止められない。止められる筈が無い。こんなにも、こんなにも愛しているのだから。
「…紅葉…それでも、僕は償わなければいけない。分かってくれとは言わない…でも…言わせてくれ……」
こんなにも、愛しているからこそ。自分は、全てを精算せねばならない。
「―――ずっと、傍にいる………」
ずっと、ずっと、伝えたかった言葉。今も昔もそれだけを。それだけを、伝えたかった。それだけを、君に伝えたかった。


あの、死ぬ間際にずっと想っていた事。大切な命を護りたいが為に、先に逝く自分の。最期の、祈り。


――――ずっと、傍にいる。


例えこの身体が滅びても。もう再び転生する事が無くても。二度と、巡り合えなくても。
この魂だけは、ずっと君の傍にあるから。君の傍にずっと、いるから。
だから、泣かないでと。だから、哀しまんいでと。それだけを、伝えたかった。


――――ずっと、傍にいると。


それは哀しい程の、祈り。


「…紅葉…君は人間を『護る』と…そう言ったね……」
如月はベッドから起き上がて素早く衣服を着込むと、安らかに眠る壬生を見下ろした。如月の温もりが消えて無意識に身体を身動がせた彼の頬をそっと、撫でながら。
「それが君の望みならば、僕は全てでそれを護ってみせるよ」
如月の手が壬生の頬から顎そして唇を柔らかくなぞる。そして、そっと口付けた。
「…だから、紅葉……」
―――許して、ほしい。これから自分が行う事を。
「……愛している…今も昔も…そして、これからも………」
如月の手がそっと壬生の額に掛かる。そこからじわりと光が溢れ、次第にその光力が増して行き。―――そして。ピカッと一瞬、室内を閃光が走る。けれども、次の瞬間には何も無かったかのように室内は静まり返った。そして。
「…愛している、紅葉……」
如月はゆっくりと壬生に口づけて。そして、その姿は室内から消えた……。


――――もう愛しているなんて言葉じゃ、足りない。


「……壬生を、封印したね………」
壬生の部屋から出て来た如月を真先に迎えたのは、他でも無い御門だった。
「―――ああ………」
けれども如月はそんな御門の言葉に、無表情で答えるだけだった。何時ものポーカーフェースで。でも。
「確かに、壬生の封印は君以外には出来ない。今まで壬生の封印を阻止していたのは、君への『想い』だったのだからね。でもそれだけの想いを、君は封印した。彼の了解も得ずにね。それがどういう事か、分かっているのかい?」
でも、如月の瞳の色彩は微妙に違っていたから。
「―――分かっているよ」
「分かっているなら、何故壬生を受け入れない?確かに君が犯した罪は、重いかもしれない。けれど…それでも君は壬生を選んだのだろう?償いよりも何よりも、壬生を選んだのだろう?」
「…僕は…ずっと、紅葉の傍にいる……」
「…如月?……」
「例え紅葉が全てを忘れても、僕は紅葉を愛し続ける。もう、離れない」
「だったら何故?何故壬生の記憶を封印する?」
「―――愛しているから」
愛しているからこそ。愛しているからこそ、君を封印する。
「僕達には色々な事が有りすぎた。だから」
彼を置いて先に逝った自分。彼を忘れた自分。そして、余りにも弱くなってしまった紅葉。
「…全てを……やり直す為に……」
「―――如月………」
「さよならから、はじめる為に」
そう御門に告げた如月の瞳は。真っ直ぐに前だけを、未来を、見つめていた。


―――さよならから、はじめよう。


もしも全てが間違えだというのならば。もう一度やり直せばいい。
それだけの時間も余裕も、自分は持っているのだから。
もしも全てが過ちだというのならば。もう一度出逢えばいい。
それだけの広さも腕も、自分は持っているのだから。


何度でもやり直して。そして最期に出逢えればいい。
何度でも再生して。そして最期にふたりになれればいい。
何度でも。何度でも。


―――ふたりでいられれば、それだけでいい。




「―――」
壬生は頭からすっぽりとシーツを被りながら、ぼんやりと天井を見つめていた。でもその硝子細工のような瞳は空っぽで、何も映してはいなかったけれど。
「…如月…さん……」
無意識に自らの身体を抱き締めながら、壬生はその言葉を一言呟いた。それしか、分からなかったから。―――それ以外の言葉を、思い出せなかったから。何も彼も、失ったけれど。何も彼も、分からなかったけれど。今までの記憶も前生も、そして自分自身さえも、忘れてしまったけれど。けれども。―――『如月さん』が、いるから。
全ての記憶を無くしても、彼だけは分かるから。全てを忘れても、彼だけは忘れないから。だから、壬生は構わなかった。
「…如月さん…大好き……」
うっとりと呟くように壬生は言うと、そのまま静かに瞼を閉じた。愛しい人の姿を瞼の奥に思い浮かべながら。


――――自分だけのdeceitを、想いながら………。


奪いたかったのは、貴方の『こころ』それだけが、欲しかった。


――――それだけが、望みだった。

End

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