太陽の瞳/1


――――全てを、奪われる事が。こんなにも幸福だとは、思わなかった……


それは喉の渇きに、似ていた。決して潤される事無くて。決して満たされる事は無くて。
幾ら与えられても、貪欲に渇望し続ける。まるできりが無い無限地獄のようだ。けれども。

―――それはひどく、甘美なもの、だった。


綺麗な愛なんて、欲しくはない。


世界中は、混乱していた。無数の略奪者達が『正義』と言う名の言葉を借りて、弱い人々から自由を奪ってゆく。『権力』と言う名の強力な武器を使って、彼らを支配してゆく。そして貪欲な彼らは、より深い欲望を得ようとして互いの利益を奪い合う。しかしそれは結果として、何も生み出さなかった。奪い合えば奪い合う程、犠牲は塵のように積もり。そして世界は何もかもを、失った。秩序も自由も平和も。全てを、失った。
――――そんな時だった。そんな時に『彼』は現れた。
この地上に全てを与えられる唯一の者とでも言うように。まるで運命に選ばれたとでも言うように。彼はこの世界に降臨した。この混沌とした世界を一掃し、人々に自由と開放を与えた。何もかもを奪われた彼らに自らの手で出来うる全てのものを彼は与えた。
――――人々はそんな彼を後に『太陽王』と、呼んだ。


紅葉はしばらくその場を動く事が出来なかった。まるで身体が凍り付いてしまったかのように。まるで全身の器官が停止してしまったかのように。ただ茫然とその場に立ち尽くしていた。
「何、ぼっとしてんだよっ死にてーのかっ?!」
そんな紅葉に痺れを切らして祇孔が怒鳴り付けてくる。しかしそんな声にすら紅葉は反応する事が無かった。否、反応が出来なかったのだ。盗まれた瞳は、紅葉を現実には戻してはくれなかった。戻しては、くれなかったのだ。
「―――紅葉っ」
そんな紅葉の腕を不意に龍麻は引っ張る。その突然の行為に紅葉はバランスを崩し、その場に倒れた。しかしその御陰で、矢が頭上を飛んで行く事になったが。
「大丈夫か?紅葉」
「……あ、ああ…ごめんなさい…龍麻……」
今初めて気付いたかのように、紅葉は龍麻を見つめる。そしてやっと自分の立場を取り戻したように、素早く起き上がるとその場を避けた。しかし後から、後から、敵からの攻撃は続く。キリがない、程に。
「先生っ紅葉っ!」
この場は危険だと紅葉が悟ったと同時に祇孔の声が飛ぶ。弾かれたように二人は、非難する。状況はかなり不利だった。どう考えて見ても自軍に勝利は有り得なかった。幸か不幸か戦い慣れした紅葉には、この戦いに勝利が無い事などいとも簡単に理解してしまった。敵は、強かった。強くて強大で、そして正しかった。
元々戦いたくて戦っている訳では無かった。ただ生き残る為だけに戦っていた戦争だった。ただ生きる為だけに。でも、敵は違う。彼らは少なくとも目的があった。少なくとも理想が、希望があった。自分たちとは明らかに違う。違うからこそ、彼らは強い。
「…滅びてしまえば…いいのに……」
紅葉は誰にも聞こえないように、呟いた。どうせ暴君の下で無理やり戦わされているだけなのだ。それならば一層の事、負けてしまえばいい。滅びてしまえばいい。こんな誰の為に戦っているのか分からない戦いなど。全てが失くなってしまえばいい。
「―――何もかもを失って、最期に残るものは何でしょうか?……」
紅葉の呟きは風に乗って、運ばれてゆく。しかしそれは誰の耳にも届かなかった。


――――太陽はゆっくりと、昇り始めていた。


「―――帝王、どうなさいますか?」
彼だけが、特別だった。血塗れの戦場の中で、彼だけが輝いていた。
「いつもの通りだ。無益な殺生はするな」
その太陽の光を埋め込んだ強い瞳も、人を魅き付けずにはいられない絶世の美貌も。全てが、輝いていた。
「―――畏まりました。それでは例の如く捕虜は全て開放と……」
「…いや……」
不意に彼の瞳の色彩が変化する。そして。この世のものとは思えない程綺麗な微笑を浮かべて、彼は唇を開く……。


―――床の感触が妙に冷たかった。紅葉は何をする訳でも無く、ぼんやりとその場に座っていた。この地下にある牢獄はひどく冷たく、凍えていた。予想通り、戦争に敗北した。元より勝てる戦いでは無かったのだから、別にそれは構わなかったのだ。ただ自分の気掛かりは仲間である祇孔や龍麻の身の上だった。自分はこうして地下牢に捕らわれているけれど、彼らはどうなったのだろう?それだけが、今の自分の心配事だった。
「―――おい、お前は何やったんだ?」
そんな紅葉に質の悪い笑みを浮かべながら、一人の男が近づいてくる。この狭い地下牢には、数人の男達が同時に閉じ込められていた。それらの輩の顔が皆自分にはひどく、すさんで見えた。
「可愛い顔をしてよー、よっぽど悪どい事やったんだろー?そうでなきゃ、ここには入れられねーよなぁ」
「…どういう事ですか?……」
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべながら言う男に、紅葉は鋭い視線を向ける。それは敵に向けるような尖った視線だった。
「今更惚けるなよ。あのお偉い帝王様はよっぽどの悪事を働かない限り、敵を開放してくれんだよっ。ここに入れられている輩は皆、救いようの無い奴ばかりさ」
「――――」
言われてみて改めて紅葉は回りを見渡す。確かにそこに居る奴等は、何処かの国の高級官僚やら悪名高い貴族等だった。
「…それよりも、さ……」
男はじりじりと近づいて、紅葉の手首を掴む。それを素早く離そうとしたが、強靱な男の腕は、自分の細い腕では引き離す事が出来なかった。
「離してくださいっ!」
「へへ、そんな顔すんなよ。折角の綺麗な顔が台無しだぜぇ」
臭い息を吐きながら、男は紅葉ににじり寄る。そして無骨な手が、衣服に掛かったと思うと、それを一気に引き裂いた。
「何だよ、てめーばっか。俺にもやらせろよ」
そんな様子を見て別の男が言い出す。そして男を手助けするように、紅葉の両手首を掴んだ。
「やめてくださいっ!」
乱暴に男は伸しかかると、紅葉のズボンを引き下ろそうとする。―――その時、だった。
「―――それには、触るな」
全ての物質が、色彩を無くしたようだった。その空間の中で彼だけが、眩しいまでに色彩を成していた。
「……て、…帝王………」
紅葉に伸しかかっていた男が、掠れたような悲鳴でその名を呟く。それに反応した男どもがうやうやしく頭を下げる。そんな中で紅葉だけが、彼を見ていた。
「出せ」
彼は両脇に従わせた部下に命令をして、紅葉を牢獄から出す。その間彼の怖いまでの綺麗な瞳は、無言でその様子を見つめていた。
「…………」
部下のされるままに牢獄を出ると、割かれた服もそのままに彼の前に差し出される。
「―――これを、着るがいい」
それが初めて、交わされた言葉だった。彼は冷酷とまで言える瞳で紅葉を見つめ、自らの上着を肩に掛けた。そして。
「貴様らはこれに指一本、触れる事は許されない」
無意識に男達は竦み上がる。それ程彼の視線と口調は威圧感があった。そして、綺麗だった。綺麗故に、恐怖を感じさせずにはいられなかった。
「この男どもを鞭打ちにしろ」
彼は吐き捨てるように、紅葉を襲おうとした男達にそう言った。部下達はうやうやしく礼をし、彼の言葉に従う。
「――――畏まりました、帝王………」


どんな宝石よりも彼は豪華で、綺麗だった。彼がいるだけで、その場の空気が変化した。彼がいるだけで、人々の視線が集中した。その華やかな容姿とは裏腹に、彼は厳しく冷静だった。
――――そして何よりも冷酷で残酷で、何よりも優しかった。


汚れた絆でも、構わなかった。


「…欲しい物は何でも与えてあげる……」
彼は真っ直ぐな視線を紅葉に向けながら、そう言った。冷酷すら思える整い過ぎた容姿で。貫くような視線を自分に向けながら。
「―――」
無言で彼を、見ていた。今までの生活ではおよそ拝む事が出来ないような、豪奢なベッドの上に腰掛けながら。月明かりしか無いこの室内でさえも、彼の瞳は輝いていた。その怖いまでの美貌も。太陽の下で見るよりも魔性の色彩を深くし、怖い程に綺麗だった。紅葉は思わず吸い込まれてゆきそうな錯覚に陥る。しかしそれを引き止めているのは、自分の全身を貫くようなその視線。
ゆっくりと彼は紅葉に近づき、その頬に手を掛ける。その瞬間ぴくりと紅葉の身体が震えた。その様子に彼はくすりと、笑う。そしてその指先を頬から顎のラインへ移動させ、紅葉の首筋をなぞった。そこには彼の瞳を思わせる、黒曜石をあしらった首輪がはめられていた。決して紅葉の皮膚を傷付ける事無い、その純金を指でなぞる。
「望みは全て、叶えてあげる」
彼の長い指が紅葉から離れる。そしていきなり細い腕に手を掛け、自らに引き寄せて。そして。
「―――僕から、逃げる以外」
強引に、口づけた。その言葉を実証するかのように、それは支配者の口づけだった。


紅葉は、逃げなかった。目を閉じてその行為を受け入れた。触れるだけの口づけはすぐに離れたけれど。それでも次の瞬間に彼の広い腕は、自分を抱きしめていた。
「…何をされるか、分かっているのかい?……」
彼の声が紅葉の瞼を震わせる。低く微かに掠れた声は、ひどく耳に残るもので。
「―――分かりません」
それがこの部屋に連れてこられて、初めて発した紅葉の言葉だった。ゆっくりと瞼を開き、彼を見つめる。そのまじかで見るのには、耐えられない程綺麗な容貌を。
「…でも………」
「―――でも?」
「逃げません。僕は逃げる事は許されないのでしょう?」
紅葉の言葉に彼は、微笑った。それは上に立つ者だけが許される揺るぎない笑みだった。そう、彼は生まれながらにして支配者なのだ。そしてそれが誰よりも何よりも良く似合う。彼に逆らう者は地獄へ落ちるのが当然なのだ。彼を穢す事など、誰にも出来ないのだ。彼は―――帝王、なのだから。
この混沌とした無秩序の世界の中で、人々を開放し自由と平和を与える若き帝王。強い意思で、全ての人間に希望を与えながら。そして敵までもを深い心で包み込む。誰もが彼の前に跪き忠誠を誓う。誰もが彼の前には全てを捧げる。彼はそれほどの人物なのだ。それほどの、人物なのだ。この自分を抱きしめている者は。逆らう事など出来はしない。
「―――未だ名前を聞いていなかったね…君の名前は何て言うんだい?」
「紅葉」
彼の問いに紅葉は短く答えた。そしてその細い腕を彼の首筋に廻す。
「…紅葉、か……」
彼はそのまま紅葉を抱き止めて、柔らかく唇を塞いだ。その瞬間微かに腕の中の存在が震えた事を決して見逃さずに……。


ばさりと、シーツが乾いた音を発てた。ゆっくりと彼は紅葉を寝台へと押し倒す。その唇を塞いだままで。
「……どうしてですか?………」
唇が離れた瞬間、不意に紅葉は呟いた。その腕は彼の背中に廻したままで。
「貴方くらいの人ならば、相手ならいくらだって」
「―――紅葉」
彼の手が紅葉の衣服に掛かり、そのまま肩から脱がしてゆく。そして上半身を全てさらけ出してしまうと、ゆっくりと視線を自分に向けた。その刃物のような視線を。
「僕が決めたんだ」
「…………」
「僕が決めた事は、絶対だ」
紅葉は目が、離せなかった。辛辣とも言える彼の視線を浴びながら。それでもその視線から離す事が出来なかった。否、しようとも思わなかった。この綺麗な視線を浴びながら。―――自分はひどく、幸福感を感じていた。
「…逆らう事は、許されないよ……」
そう言って、彼は紅葉の唇を塞いだ。それが合図だった。


「…あっ……」
胸の突起を口に含まれて、紅葉は堪えきれず甘い吐息を洩らす。ぷくりとしたそれを巧みな彼の舌は、つついたり舐め上げたりして自分を翻弄する。
「…あ…ぁ……」
その間にも彼の指は紅葉の身体を滑り、感じ易い部分を探り当ててはそこを執拗に嬲る。そのたびに紅葉の身体はぴくりと、跳ねた。
「…や…あぁ…」
軽く歯を立てられて、胸の果実は痛い程に張り詰める。それを感じて、彼は薄く笑った。そしてひどくゆっくりと、紅葉の下肢に手を忍び込ませる。
「…ああっ……」
最も感じ易い部分を彼の手のひらに包まれて、紅葉はあられもない声を上げてしまう。しかし次の瞬間には自分のものとは思えない声に、頬を微かに朱に染めてしまったが。
「――こうされるのは、初めてかい?」
手のひらで紅葉自身を揉みくだしながら、彼は耳元で囁いた。その夜の声は、紅葉のエクスタシーを妙に刺激した。
「…初め…て…に…決まって、ます……」
喘ぎのせいで上手く言えない声を持て余しながら言う。その間にも容赦の無い彼の指先は紅葉を翻弄した。
「それは、良かった」
彼の言葉を理解しようとする前に、紅葉のそれが生暖かいものに包まれる。それが彼の口内だと気付くと、彼のさらさらの髪に指を絡めてそれを引き剥がそうとする。しかしそれは、ただの逆効果でしか無かった。
「…あぁ…は…ん…」
紅葉はこの快楽から逃れようと、無意識に頭を左右に振る。しかし巧みな彼の愛撫は確実に自分を追い詰めてゆくのだ。追い詰めて、何処にも行く事が出来ないようにと。
「…あ…あ…」
いつのまにか紅葉の目尻からは快楽の涙が伝う。それ程この未知の世界は、自分を追い詰めるのだ。髪に掛かっている指の力が強くなる。
「…ああ…あ…」
一体彼は自分を何処へと連れて行くのだろうか?朦朧とする意識の中で、ぼんやりと紅葉は考えた。でも、それでも。
「―――ああっ」
紅葉の意識が一瞬、真っ白になる。それと同時に、彼の口内に白い本流を流し込んでいた。


―――野性の獣、だった。その貫くような刃物の視線と。しなやかな動き。触れたら傷つけられてしまうような。何よりも綺麗な獣だった。


未だ荒い息を付く紅葉の口に、彼の長い指が忍び込む。彼に命じられるまま、それを指で吸い上げた。
「―――素直、だね」
唾液で濡れぼそった指を引き抜くと、彼はくすっと笑いながらそう言った。その顔はひどく『雄』を感じる笑顔だった。
「…僕は…逃げません……」
夜に濡れた瞳を開きながら、紅葉は答える。そう、逃げたりはしない。絶対に、逃げはしない。
「君は、賢いね」
彼が、笑う。紅葉はそれを純粋に綺麗だと思う。その漆黒の髪も、強い光を放つの瞳も、しなやかで逞しい肢体も。全てが綺麗だと、思う。綺麗だと、思う。
「…くっ…」
充分に湿らせた指が、紅葉の最奥へと侵入する。しかし狭すぎる紅葉のそこは、異物を排出しようとして、逆に彼の指を締めつけてしまう。
「…痛っ…あ……」
このままでは埒が空かないと判断した彼は、先程果てた筈の紅葉自身へと再び指を滑らせる。そして快楽に身体が緩んだ隙に、一気に指を根本まで埋め込んだ。
「…あっ…あぁ…」
痛みと快楽が同時に紅葉に押し寄せる。その感覚に全てが奪われ、身体が堪えきれずに悶える。その様子を彼は満足そうに見つめて。彼は緩やかに紅葉の中の指を動かし始める。それは自分を傷つけないようにと、ひどく優しいものだった。
「…あぁ…ぁ…」
挿入を繰り返し慣れた事頃を見計らって、彼は指の本数を増やしてゆく。その指達はそれぞれ勝手な動きを初め、紅葉を悩ませた。
「…ああ…あぁ…」
ゆっくりと指が引き抜かれる。その刺激にすら、紅葉の身体は反応してしまう。そして。
「―――僕が、怖いかい?」
彼が、言う。その言葉に紅葉はゆっくりと瞼を、開いて。そして微かに、笑った。それが返事だった。そんな自分に彼は綺麗な笑顔を、くれた。


「――――ああっ」
指とは比べ物にならない痛みに、紅葉の形の良い眉が歪む。そんな自分に彼は宥めるように髪を撫でてやりながら、自分が馴染むまでしばらく動かずにいた。
「…あっ…ああ……」
少しでも痛みを和らげようと前に手を掛けながら、ゆっくりと彼は紅葉を貫く。その刺激に意識はおかしくなりそうだった。もう、何も考えられなくて。
「…あぁ…ああ…」
彼の逞しい腕が紅葉の細い腰に掛かり、揺さぶり始める。その振動に身体ががくがくと震えた。そのたびに自分の意識が飛ばされてゆく。
「…紅葉……」
そんな自分を、呼び止める声があった。ひどく優しいその声は、まるで雪のように自分の上へと降り積もってゆく。
「―――君は、僕のものだよ」
「…あっ…あぁ…んっ……」
ぐいっと腰を捕まれ、紅葉は限界まで彼に貫かれる。そして。
「ああっ―――」
硝子を引っ掻くような悲鳴が紅葉から零れて、二人は同時に達した……。


柔らかい指の感触に、紅葉の意識が浮上する。
「―――起きたかい?」
「…帝、王……」
下腹部に鈍い痛みを思い出して、紅葉は自分の状況を思い出す。この男に抱かれ、不覚にも意識を失ってしまった事を。そして。
「帝王じゃないよ、僕は」
―――そして、思い出す。自分は……。
「―――翡翠、言う」
「…ひ、すい?……」
「ああ、翡翠だよ」
――――この何よりも綺麗な男に捕らえられた、何よりも幸福な者だと……。


End

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