水の中の太陽


−PROLOUGE−



―――地球を、この手で護る事が全てだった。

水を与え、草木を育み、人間に知識を与えて。
この地球を育てる事だけが自分の存在価値の全てだった。

母なる大地を穢してはならない。さすればお前たちは必ず報いを受けるだろう。


「…済みませんが、そこの旅のお人……」
全身を灰色の布で纏った老婆が、不意に彼を呼び止める。それに弾かれるように、彼は振り返った。
「―――僕、ですか?」
その容姿とは全く似つかない誠実さで、彼はその老婆を見やる。そんな彼に老婆は微かに笑って。
「…随分と珍しい瞳をしていらっしゃる…ヘテロクロミアでいらっしゃるのか?」
金色の瞳は、もう無くなってしまった筈の太陽に愛された印。そして銀の瞳はこの穢れた大地の中では珍しい程、澄み切っていた。
「―――これの御陰で随分と部落では厄介者にされていました。だけれど、僕はこの瞳を誇りを持っています」
真っ直ぐな視線で老婆を見やる彼は、とても綺麗だった。容姿だけでは無い。その内面がとても綺麗だった。
「それは素晴らしい事です。それに貴方には……」
老婆の表情が一瞬、変化を示す。しかしそれは本当に一瞬の事で次の瞬間には穏やかな笑みにと変化していた。
「―――不思議な星が纏い付いていらっしゃる」
「僕に、ですか?」
「ええ。貴方にはこの不毛な土地を再生させる運命をお持ちのようじゃ」
「…まさか…僕はただの流れ者です。そんな大層な人物ではありません…」
「いいえ、その瞳が何よりの証拠。それは太陽に愛された者の証。貴方はこの地球のメシアとなるべく存在じゃ」
老婆の瞳は真剣だった。それはは嘘や冗談を言っている瞳ではない…。彼は真実を見極める術を無意識に備えていた。その真っ直ぐな心で。
「―――昔からこんな言い伝えがあるのじゃ…金の瞳と銀の瞳を持ちし者。空の民を目覚めさし、導くと……」
「―――空の民?」
「それは私にも分からぬがな…。貴方がその言い伝えの人物ならば、きっとその空の民を見つけだすじゃろうて」
「…空の民……」
彼はゆっくりと確かめるようにその言葉を繰り返した。そんな彼を老婆はまるで孫を見つめるような優しい瞳をして。
「―――そなたの名を未だ聞いていなかったな。名は何と申される?」
老婆の問いに彼は、柔らかい微笑を浮かべて。
「―――ヒスイ」
それだけを告げた。


この地球はもう再生しない。草木は枯れ果て、川は流れない。
魚たちは泳ぐ事を忘れ、人間達は愛し合う事を忘れた。
―――もう誰も地球を救えない。

「貴方はいつもそうやって、黒い布を被っている。まるで喪服のようだ」
「―――」
何一つ語らないこの人に、それでもモロハは尋ね続ける。無駄だとは分かっていても尋ねずにはいられなかった。
「まるで昔話に出てくる人魚姫のようだ。その美しさといい…。だけどあれは女の人でしたね……」
突如、まるで空から降ってきたように部落に倒れていたこの人に、モロハはひどく興味を持って自らの家に連れてきた。しかし彼は口を聞けないらしく、その唇から言葉を聞く事は叶わなかった。
この地上で無くしてしまった蒼い空色の瞳。透けそうに白い肌と、凡人離れした綺麗な顔。そして全く彼には『人間』の匂いがしなかった。どこか実体の無いような、まるで幻でも見ているような。そんな錯覚すら起こさせる程の…。
「本当に貴方は喋る事が出来ないのですか?僕は貴方に聴きたい事が沢山あるのに」
彼の瞳はまるで硝子みたいで、目の前に居るモロハを透かしていってしまう。
―――本当にこの人は自分の目の前にいるのだろうか?
モロハは時々そんな風に思ってしまうくらい、彼は表情も、エナジーも無くて。
「―――せめて名前すら分かれば…貴方を呼ぶ事も出来ない」
しかし彼は只首を横に振るだけだった。本当に喋る事が出来ないのだろうか?モロハの頭にふと、そんな考えが過る。だけれども。
―――自分は確かに聴いたのだ。その声を……。


「―――水の中の太陽」


ヒスイはあの老婆に別れを告げて、又この大地を彷徨い続けた。その一言を呟きながら。
この言葉だけが、今自分の持っているたったひとつの手掛かりだった。
これだけが『君』に出逢う為の……。
「…空の民とは随分と嵌まり過ぎているな……」
―――君の持つ蒼い瞳は、確かに純粋な空の色だった。

「あの言葉には、一体どんな意味があるのですか?」
尚も言い募るモロハに彼は、その細い指を口元へと持っていった。それ以上言うなという無言の動作。
「…やっぱり貴方が分からない。だけれどもひどく僕は貴方に魅かれる。まるで芸術に取りつかれた芸術家のように……」
モロハはそう言って自分の口元にある彼の手にそっと口付ける。しかし彼はそれを否定した。
――――その蒼い瞳は、決して自分を映す事は無いのだと……。



―――貴方に逢う為だけに、生まれてきたと。









―――この地球を、貴方を、護る為に生まれてきた。


19××年、遂に第3次世界大戦は勃発した。
それはかつての戦争の想像にも及ばない程の大惨事を引き起こし、人類は滅亡の危機に瀕した。大地は枯れ果て、空は灰色に濁り、水は汚染され、大気は放射能に包まれた。
そしてこの穢れた地球には僅かながらの人類が残ったのみだった。
―――その小さな弱い生命たちは、この中で一生懸命に生きていた。


どれだけの人間が覚えているのだろうか?地球が蒼いと言う事に。


End

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