『中国へ行っても、毎日ひーちゃんの事を考えてるよ』
『・・約束、する?』
『俺はどこにいてもどんな時でも、ひーちゃんの事だけ、想っている』
子供みたいに指を絡めて。我が侭なくらいした、約束。でももうそれすらも、ふたりを繋ぐには細すぎる絆なのかもしれない。
・・・雨の音が、聴こえる。
「先輩、先にシャワー使ってください」
今自分がどうしてここにいるのかすら、分からない。雨宿りの木の下で霧島に突然、抱きしめられて、キスされて・・そして。
そして気付けば自分達はこのホテルの一室に居た。
「先輩が風邪を引いたら、大変ですから」
備え付けのタオルで身体を拭かれ、龍麻は霧島に促されるようにバスルームへと向った。濡れた服を脱ぎ、熱いシャワーを頭から被る。
・・どうして、自分は拒めなかったのか?
抱きしめてくる力強い腕を、重なってくる熱い唇を。どうして?
そして今自分はここに、いる。これからどうなるのか分かっているのに・・。分かっているのに、逃げない自分が、いる。
『君はどうして待っているなんて、言ったのかい?僕には理解出来ないな』
『・・如月が俺の立場なら・・付いてゆくのか?・・』
『僕ならば、いかせないよ。自らの腕の中に閉じ込めて・・何処へもやらない』
『・・壬生が、羨ましいな・・・』
『そういう事か』
『如月?』
『君は本当に不器用な人間だ。正直に言えばいいのに・・君はついてゆきたいんじゃなくて・・連れて行ってほしかったんだ。それも、強引にね』
『・・・・』
『本当は無理やりにでも、奪ってほしかったんだ』
バスローブ姿で出てきた自分を見つめる霧島の視線が、痛い程真剣だった。無意識に身体が、震えてしまう。
「・・・龍麻先輩・・・」
「・・あ、待っ・・・」
後ろから抱きしめられて、強引に唇を奪われる。無理な態勢からの口付けが、龍麻の身体の動きを閉じ込めてしまう。
「・・んっ・・ふ・・・」
息を奪われる程口付けられ、こめかみのあたりが疼いてくる。舌を強引に絡められ、根元から吸い尽くされた。
「・・んん・・んっ・・・」
飲みきれなくなった唾液が口元から顎、そして首筋まで伝う。けれども霧島は口付けを止めなかった。
「・・好きです・・先輩・・僕ずっと・・・」
「・・あ・・・」
やっと開放されたかと思うと、再び力強く抱きしめられた。その熱さが、心の隙間に染み込んでゆく。
「・・ずっと・・こうなる日を夢見てました・・いえ、これって夢じゃないんですよね。先輩がこうして僕の腕の中にいるのは」
「・・霧島・・・」
「夢じゃ・・ないんですよね・・・」
肩に顔を埋められると、柔らかい髪が首筋に当たった。その感触がまた、龍麻の何かを呼び戻す。
柔らかくて茶色い髪の毛。後ろから抱きしめられるたびにくすぐったくて、何度も止めろといったのに。
・・へへ、後姿のひーちゃんも俺のもんだ・・・
そう笑って髪に何度もキスしてくれた。そして何度も、抱きしめてくれた。
「・・先輩の・・匂いがする・・・」
首筋に鼻先が当たったかと思うと、いつのまにかそこには唇が降りてきた。首筋のラインを舌が丁寧に辿る。
「龍麻先輩・・僕もう我慢出来ません。今すぐ貴方が欲しいっ」
「・・あっ・・・」
そのまま抱き上げられて、ベッドに運ばれる。抵抗する間もなく霧島の逞しい身体が覆い被さってきた。
「先輩好きです・・愛してます・・僕には先輩だけだ・・」
バスローブをいとも簡単に外され、龍麻は生まれたままの姿にされる。それを見つめる霧島の視線は、熱い・・。
「・・先輩・・凄い・・綺麗・・・」
舐めるような視線が全身に注がれ、羞恥のあまりに龍麻はシーツに顔を埋めてしまう。けれども霧島はそれを許さずに、龍麻の顔を自分へと向けさせた。
「恥かしがらないで、先輩。僕は先輩の全てがみたい。そして先輩の全てが欲しい」
「・・霧・・島・・・」
「ほら・・僕は先輩が欲しくて・・こんなになってる・・」
霧島の腕が龍麻のそれを掴むと、それを自らの股間へと導いた。それは確かに龍麻を求めて、どくどくと脈打っていた。
「これが言っているんです・・先輩の中に入りたいって・・さっきからずっと・・」
「・・ぁっ・・・」
空いている方の手が、龍麻の胸の突起を摘んだ。そしてそれを指の腹で転がした。
「・・あ・・ぁ・・・」
敏感な龍麻のそれは簡単にぷくりと立ち上がった。霧島はその反応に満足すると、今度はそれを舌先でつついてやる。
「・・あっ・・ぁ・・」
桜色に色づいた突起に執拗に舌で愛撫しながらも、霧島の手は休むことなく龍麻の身体を滑る。その手は龍麻の全てに触れようかとでも言うように、何度も何度も身体を滑った。
「・・先輩・・可愛い・・・」
「・・あっ!」
そして最期に霧島の指が辿りついたのは、龍麻自身だった。そこは先ほどの愛撫のせいで、微妙に形を変えていた。
「やだっ・・」
龍麻は変化させた己自身の恥かしさに足を閉じてしまう。けれども霧島はそれを許さずに、強引に膝を割った。
そしてあらわになったそれに顔を埋める。
「・・あっ・・だめ・・やめっ・・」
顔を剥がそうと霧島の髪に手が伸びるが、力が入らない。その指は彼の髪を掴むのが精一杯だった。さらりとした、髪の感触。見かけよりもずっと細くて指先を擦り抜けてしまう髪・・。
「・・だ・・め・・あん・・・」
節くれだった、指。強引で優しい愛撫。細かい無数の傷跡と、八剣によって刻まれた背中の、大きな傷。龍麻だけしか知らないはずのその傷・・・。
「・・・ああっ!!」
限界まで昇りつめた龍麻のそれが、霧島の口内に注がれる。霧島はその白い液体を全て飲み干した。
「先輩の、味だ」
飲みきれず口元に伝った一筋の白い液体を、霧島はぺろりと舌で舐め取ると、再び龍麻に口付けた。
「・・先輩の・・味だよ・・」
「・・ふぅ・・・んっ・・」
残った液体が龍麻の口内に運ばれる。それを無意識に飲みこんだ。そして無意識に・・背中の傷を、探す。
「・・先輩?・・・」
指先が、幾ら広い背中を辿っても。その感触を、探しても。それは何処にも、ない。
・・・傷が、ない・・・。
「・・な、い・・・」
同じ、髪の感触なのに。同じ、匂いなのに。同じ、腕なのに。
・・でも違う。
「・・傷が・・ない・・・」
違う、彼の髪はもっと手に馴染んでいる。彼の匂いはもっと、自然の匂いがする。彼の腕はもっと・・もっと・・淋しく、ない・・。
「・・京一じゃ・・ない・・・」
違う、違う、違う。そんな事始めから分かっていた。彼は京一じゃない。いや、京一の変わりなど誰も、出来ないのだ。
・・誰も彼の、変わりになんてなれない・・・。
「・・そうですよ・・先輩・・・」
不安定に揺れる龍麻の瞳に映る霧島の姿は・・・苦しい程、怖かった。怖い程真剣で、苦しい程切ない。そして・・哀しい・・。
「僕は京一先輩じゃない。霧島諸刃だ。そして京一先輩と同じ貴方を愛したただのひとりの男ですよ」
「・・・霧島・・俺・・・」
「今更、逃がしませんよ・・先輩・・・」
そう言った霧島の表情は声とは裏腹に・・ひどく切なかった。
『僕なら、考える事すらしない』
『・・どうして?壬生』
『僕が如月さんの傍を離れるって言っても、あの人がそれを許すわけがない』
『・・如月も・・同じ事・・言っていた・・だったら壬生。もしも如月が君から離れたら?』
『そうしたら、僕があの人を殺すよ。そして僕も死ぬ』
・・・自分にはそこまで言いきれる自信が、なかった。
違う、京一を殺すなんて絶対に出来ない。たとえ自分から彼が離れていっても、自分以外のひとを愛しても。彼がこの地上で生きてさえいてくれれば。そして。そして、彼が幸せでさえいてくれれば。
分かっている、ひとを愛することに正しいも間違えも、ない。
そんな事なんて、関係ない。ただ、好きいればいい。
ただ好きでいれば、それだけでいいのに。
何時の間に自分はこんなにも、欲張りになってしまったのだろうか?
「ひぃ!!」
何の準備も施されずに、強引に霧島は龍麻の中に侵入した。狭すぎる龍麻のそこは、霧島のそれを先端しか飲みこむ事が出来ない。
「いっ・・いやっ・・痛いっ・・」
「・・くっ・・先輩の・・ココ、狭すぎますよ・・よく京一先輩の銜えてましたね」
「・・やっ・・やだ・・止め・・て・・・」
けれども霧島は構わずに龍麻の中へと進めてゆく。巨きさに耐え切れずに蕾からは血が溢れ出す。それが逆に皮肉にも霧島の動きを助けた。
「・・やめ・・・ああっ!」
ぐいっと腰を引き寄せられ、霧島の全てが龍麻の中に埋められる。引き裂かれる痛みが龍麻の全身を襲った。そして同じだけの心の痛みもまた、龍麻の精神に食い込んでくる。
「・・先輩・・凄い・・僕・・これだけでイッちゃいそう・・」
「止めて・・もう・・お願い・・・」
その行為を止めてほしいのか?それとも自分が彼を替わりにした事への罪の苦しさか?もう龍麻には、分からない。
わから、ない。頭がぐちゃぐちゃして。
「・・・止めませんよ・・先輩・・今だけは僕のものだ・・・」
「・・ああっ・・・」
「今だけは、僕だけのものだ」
「・・お願い・・・もう・・許し・・・」
何に、許されたいのか?誰に、許されたいのか?
「・・・許しませんよ・・先輩・・いや・・・」
誰が自分を許すのか?誰が自分を救うのか?
・・・誰も・・自分を・・許しはしない・・・・。
「・・・龍麻・・・愛してる・・・・」
そうだ。全て俺のせいだ。京一を信じる事が出来ず、ついてゆくとも言えず、そして。
そして、霧島を拒まず、京一の替わりにその腕に縋った。
・・全て、自分のせいだ・・・。
「・・・愛して・・・いる・・・・」
ならばこの身体の痛みも、心の痛みも、全てが自分で受けなければいけない贖罪、だ。
『俺が淋しくなったら、その時だけは傍にいて。
その時だけは自分のもとへと帰ってきて』
・・・本当にしたかった、たった一つの約束。
それだけで、よかった。
気を失うまで、何度も何度も貫かれた。
何度もその肉を抉られた。強引に、何度も何度も。
今にも泣きそうな瞳で、壊れそうな表情で。
・・・霧島は自分を、抱いた。
俺の罪は決して、許されない。
「・・先輩・・僕は謝りませんよ。貴方を抱いたことを」
分かっている。お前が悪いわけじゃ、ない。悪いのは全て自分だから。お前の腕を拒否出来なかった、自分。
「・・謝りません・・僕が貴方を抱いたんだ。貴方が僕に抱かれたわけじゃない」
「・・霧島?・・・」
「そう、でしょう?先輩?」
そう言って微笑った霧島の笑顔は。苦しい程、優しくて。
「だから貴方は何も気にする事はない。僕が貴方を欲しかっただけだから」
優しすぎて・・・俺は・・・。
「そうしないと、貴方が壊れてしまう。僕は貴方を壊したくはない」
「・・きり・・しま・・・」
「先輩を愛してるから。貴方だけをずっと愛するから。だから僕は」
「貴方の哀しむ顔は、見たくはない」
「・・俺を・・許して・・くれるのか?・・・」
「許すも許さないも、僕が貴方を無理やり犯したんだ。それだけですよ」
泣きそうな顔で自分を抱く、霧島。苦しそうな顔で、追い詰められた顔で。
「だから・・もう・・泣かないで、ください・・・」
その時俺は、後悔と言う言葉の真実の意味を。
・・・初めて、知った・・・。
End