NOSTALGHIA


…もしも帰る事が出来るのなら、あの夏に帰りたい。

貴方に、逢いたい。
貴方の声が、聴きたい。貴方の瞳が、見たい。
…貴方に…逢いたい…
ただそれだけ、なのに。

その頃の俺の世界はとても広くて、とても幸福だった。太陽は何時までも沈まないと信じていたし、子供特有の強さと無邪気さを持っていた。
俺はそんな、そんな幸福な『子供』の時を送っていた。

「…あ、もうこんな時間だ…」
龍麻は自らの腕時計に視線を巡らすと、一言呟いた。時計の針は10時を少し回った所を指していた。予想以上に時が、経っていた。
「…やっぱ、学校いかないとな……」
ほんの気まぐれだった。ただ何となくこの海岸へと来てしまった。誰もいない海岸。冷たく蒼い冬の海。それをぼんやりと眺めながら、龍麻は立ち上がった。
制服に付いた砂を叩く。それはぱらぱらとまるで雪のように、龍麻の全身から剥がれてゆく。まるで自分の持っている何か大事なものが剥がれていくような…そんな感覚だった。
その砂が落ちてゆくのをただ眺めて、そしてゆっくりと視線を海へと移した。

…もしも戻る事が出来るのなら、何も知らなかった子供の頃に戻りたい。

愛する事を知る前の。
愛される事を知る前の。
何も知らなかった。
…何も知らなかった自分に、戻りたい……

…ぴちゃん、と。
冷たい水の音だけが世界を埋めつくした。
蒼い空と、蒼い海。何一つ曇りなく澄みきったその蒼は、つま先すら凍えそうな程、冷たい色をしていた。
その中に、彼はいた。
まるで一枚の絵のように、そこに在るのが自然なように。本当に当たり前のように、彼はそこにいた。
そしてゆっくりとその身を海の中へと沈めてゆく。蒼い海の中へと彼は、溶けてゆく。それはひどく現実感のないものだった。まるで映画のワンシーンのように、幻想的で。幻想的で、そしてひどく夢に誘う力が強くて。だから。
…だからしばらく、自分はそこから動く事が出来なかった……

血の色が紅いって事を、しばらく忘れていた。
僕の瞳に映る血は、ただのべたつくだけの液体でしかなくて。
瞳に映る血なんて何時も色なんて認識していなかったから。
だから人の血が。
…あんなに紅いなんて、忘れていた……。

貴方を殺したのは、僕なのですか?

漆黒の筈の髪が、海と空の蒼が溶けたように自分の瞳には蒼い色に映った。そんな筈はないのに、まるで彼の全身が海の蒼に溶けているような錯覚に陥る。
「…あ……」
思わず声を、上げる。上げてみて初めて彼は振り返った。いや…声に振り返った訳ではなかった。
…何故ならば、彼の瞳は何も映してはしなかったのだから……
空っぽの、瞳。まるで硝子のように、透明で何もない。全ての映像が透けて、何一つ映してはいない、その空っぽの瞳。
「ちょっ…ちょっと待ってっ!!」
そのまま再び視線を宙に飛ばすと、彼は海の中へと身体を沈めてゆく。まるで全ての物質が彼の世界には消滅してしまったかのように、龍麻の声すら聴こえていないように。
「待ってよっ!」
…龍麻は無意識に飛び出していた。真冬の凍えるような水の冷たさすら忘れて……

気付いた時には、その細すぎる手首を掴んでいた。

『微笑って』
君が泣くと僕はどうしていいのか分からなくなる。
君の笑顔が見たいのに。
君を微笑わせてあげたいだけなのに。
どうしてだろうね。
…僕は君を泣かせてばかりだ……

抱きしめて、その涙を拭ってやりたいのに。

「バカっ何でこんな事っ?!」
まるで人形みたい、だった。腕を掴まれても力のない身体は全く抵抗せずに、龍麻のなすがままだった。海から強引に引き上げて砂浜に立たせても、やっぱり彼は空っぽの瞳で龍麻の顔を瞳に通過させるだけだった。
「こんな真冬の海で…死ぬ…つもりだったの?」
「……」
「死んで…どーすんだよっ?!」
何の反応もしない彼にそれでも龍麻は叫ばずにはいられなかった。どんな理由であれ自ら死へと向かう行為を見とめる訳には龍麻には出来なかった。
子供特有の、正義感。正しいものは絶対に正しいと言える強さ。それを龍麻は持っていた、から。
「……いる……って………」
「…え?……」
不意に彼は、呟いた。その声は小さすぎて、小さすぎて龍麻の耳元には完全には届かなかった。しかし彼はゆっくりと龍麻に掴まれた手を離して、もう一度呟いた。
「…ずっと、一緒にいるって…言ってくれたのに……」
「…な、に?……」
しかし龍麻がその言葉を完全に理解する前に…彼は龍麻の前から擦り抜けてゆく。
砂浜に残した足跡さえなければ。今彼がいたこと事態が夢だと思わせるくらい。
夢だと、思うくらいに。
……龍麻はしばらく茫然と、彼の残像を見つめていた………

きっと僕は永遠に夢から醒めない。
夢は、優しいから。
夢は僕を、傷つけないから。

…貴方に、逢えるから……

「ひーちゃん、何か最近変だなー」
何時ものように同じ道を歩いて、同じ電車に乗る。それが『日常』だった。
「え?」
「だってこの間学校サボっただろー?それにナンか最近授業は上の空だし」
そんな当たり前の『日常』に突然飛び込んできた、彼。まるで透明な水のように。足元から浸透して、じわりと全身を埋め尽くしてゆく。
「…そうかも、しれない……」
残像が、消えない。あの一面の海の蒼のイメージが。蒼い海と、蒼い空。そして、そして鏡のように反射して何も映さないあの瞳が。あの瞳が脳裏に、瞼の裏に焼き付いて…消えない。……消え、ない………
「…俺、急用思い出した。先、帰ってて」
「ひーちゃん?」
それだけを京一にいい残すと龍麻はその場を駆け出した。この時。この時どうして自分がこんな事をしてしまったのか、分からなかった。
…ただ。ただあまりにも、同じ事の繰り返しの日常に。
そんな日常に、飽きてしまったからかも…しれない……

優しく、しないで。
優しくしないでと、何度も言った。
優しくされると、期待してしまうから。
でも、本当は。
本当は優しくしてと、何度も思っていた。
貴方の優しさだけが、僕を癒してくれて。
貴方の優しさだけが、僕を『人』へと戻してくれたから。

…貴方の優しさだけが…僕をただのひとりの人間へと、戻してくれたから……

「待ってっ!」
すぐに『彼』だと分かった。どんな人ごみに紛れていても、彼の周りを纏う周辺の空気だけは、違っていたから。日常という世界の中でただ独り、彼だけが夢の住人だったから。
「待っててばっ」
細すぎるその手首を再び…あの時のように龍麻は掴んだ。そして時間が引き戻される。またあの時と同じ…現実から離れた場所へと。
「……な、に?……」
彼はひどくゆっくりと龍麻に尋ねた。やっぱり何も映していない瞳で。空っぽの瞳で。彼が会話をしているのは、自分ではなくて別の人間なのでは…と、思わせる程の。
「…あ、…その……」
けれども龍麻には即答する事が出来なかった。理由など、なかったから。ただ彼の残像が脳裏から瞼から消えなくて、消えなかったから無意識に呼び止めた。
ただ自分でも理解出来ない感情が自分を支配して。そして。そして自分の身体を、動かした。
「…名前…」
気付いたら龍麻の口からはそんな言葉が零れていた。そう、名前。彼の名前が知りたい。彼の名前を呼びたい。呼んで…その瞳をこちら側へと向けたい。
「…名前、何て言うの?…」
龍麻の言葉に彼は、微笑った。ひどく幼い顔で。まるで子供のような無邪気な笑顔で。そして龍麻の姿を映さない瞳で。
「…紅葉…壬生 紅葉…」
自分ではない誰かに、彼は答えた。
…生まれたての、赤ん坊のような剥き出しの瞳で…

『紅葉』
名前を初めて、呼ばれた時。
ひどく泣きたくなった事を覚えている。
その声があまりにも、優しくて。
優しくて、泣きたくなった。

…僕は貴方の前では…本当に子供のようになってしまう……

夢は、終わらない。
終わってしまったらもう、何処へもゆけない。
だから夢は、終わらない。

海の見える小さな丘に、小さな家があった。誰かの別荘だと前に何処かで聞いた事があった。そこに、彼は居た。
何をする訳ではなくただ一日中。ただずっと彼はその家にある一番大きな窓の前に座って、外を…海を見つめているだけだった。
「…紅葉……」
あれから毎日のように龍麻はここへと通った。彼が何者なのか、そしてどうしてこの広い家に独り、閉じ込められているのか。何一つ分からないまま。
…名前以外なにひとつ、知らないまま……
「君、いくつなの?」
椅子に座ったまま、海を見ている彼。相変わらずその瞳は硝子細工のようで。何時も遠くを、遠くを見ている彼。
「17」
「えっ?」
その言葉に龍麻は驚愕を隠しきれなかった。…同い年?…こんなにも細くて、こんなにも華奢な彼が?
「17って俺と同い年…そう言えば君、学校とか行っていないのか?」
「僕は、病気なんです」
「…病気、何処の?」
「こ、こ…です」
龍麻の質問に、彼はくすっと微笑った。そして自分の胸元を指差した。こうやって向かい合って話しても永遠に彼の瞳が自分を映す事はないのだろうか?
「心臓?心臓が悪いの?」
「……こころ、ですよ………」
龍麻の心配そうな表情を余所に、彼は一言そう言った。そしてまた無邪気な顔で笑う。本当にその顔は子供みたい、だった。

手を、伸ばして。
貴方にそっと触れてみた。
そして拒まない唇に口付ける。
…貴方は…
貴方はどんな時でも僕を拒まない。
その広い腕と広い心で僕の全てを包み込んでくれる。
貴方だけが。

僕の『生きてゆく』場所を与えてくれた。

「…龍麻……」
教室の廊下で不意に醍醐に呼び止められた。その顔は心底自分を心配している顔だった。
「何、醍醐」
「最近お前、何があった?」
「え?」
「こんな事言うのは何だが…最近のお前…何処かおかしいぞ…。お前は俺から見ても真面目で…優等生なのに…何だかこの頃…」
「何でもないよ、醍醐。俺の事なら気にしないで」
…『優等生』その言葉が龍麻にはイヤだった。どうして?優等生だと学校をサボったらいけないのか?優等生なら何時でも成績はトップクラスではなくてはいけないのか?
俺だってただの一人の人間なのに…。
「じゃあ俺用事があるから」
「あ、龍麻っ!」
龍麻は醍醐の声を余所にそのまま駆け出した。何も、聞きたくなかった。

『傍に、いるよ』
言葉を、信じられない君だから。
だから約束はひとつだけにした。
ずっと君の傍にいる事。
それだけを、誓った。それだけを、契った。

君のそばにいると。たとえこの身が滅びても…永遠に……

彼と居れば、自分は自分のままでいられた。
緋勇龍麻と言う名を持つ自分とは違う。
ただの一人の子供となって。ただの一人の人間になって。
彼の誘う夢へと、逃避していた。

「どうして何時も海を見ているの?」
「………が、…見えるかも…しれないから…」
「え?」
それきり彼は何も言わなかった。再び視線を海へと向けて。海を、見ていた。…海を?…
…違う、彼は海を見ているんじゃない。もっと遠くを、遠くを見ている。
「何を、見ているの?」
再び龍麻は尋ねた。知りたかった。彼を。彼の見ているものを。彼のいる夢の中を。
「君は何時も何を見ているの?」
透明な空っぽの瞳の奥で。全てを反射している硝子細工の瞳で。何時も彼は、見ていた。『何か』を、見ていた。
「…知りたい…ですか?……」
その言葉にゆっくりと彼は振り返った。そして龍麻を、見つめた。初めて。そう、この時初めて。初めて彼の瞳は龍麻自身を捕らえた。
…初めて、彼は龍麻に…話しかけた……
「僕の事…知りたい…ですか?……」
「…ああ…」
「…帰れなく、なっても?……」
「え?」
彼の瞳が微妙に変化する。それは『狂気』の色、だった。ああ、そうだ…彼は病気だと言った。こころの、病気だと。その意味が今初めて、初めて理解した。
彼の意識は現実にはない。狂気という名の夢の世界にいる。現実から逃避した、夢の世界。だから自分は…自分はその彼の作る狂気に魅せられた。
…その彼の作る、優しくて残酷な夢の世界へと誘われた。
「…それでも…いいですか?……」
多分以前にこのセリフを聞いた『誰か』がいるのだろう。そしてそれに答えた『誰か』。彼が探しているのは…彼が見ているのは…きっと……
「…いいよ……」
それでも。それでもと、思った。もう何処にも帰れなくても、もう何処にも戻れなくても。彼が誰を見ていても。
龍麻はその優しい夢の狂気へと、その身を埋める。

…たとえ二度と、戻れなくなっても構わないと…思った……

…たった一つだけ、約束をした。

僕が唯一信じた『約束』
全てのものに裏切られ、絶望以外の何もかもを無くした自分の。
自分の唯一の、もの。唯一の、ひと。

貴方さえいれば…何もいらない……

色素のない、肌だった。
透明な程白い、ぬけるように白い肌、だった。
「…約束、してください…」
「え?」
彼は自分の前に立つと、無造作にワイシャツのボタンを外し始めた。そこから見え隠れする鎖骨のラインが、ひどく龍麻の脳裏に焼きついた。
「…もう僕を……」
ぱらりと音を発てて、彼のワイシャツが床に落ちた。それがスローモーションのように、龍麻の視界に降りてくる。それを他人事のように、龍麻は見つめた。
「…独りに…しないでください………」
最期に誰かの名前を呟いて、そして自分の腕に崩れ落ちた彼を。龍麻には拒む事が出来なかった。気付いた時には、彼の華奢な身体をきつく、抱きしめていた。

…他人と寝るのは、初めてだった。
ぎこちない指先で、その身体に指を滑らせた。きめ細かい肌はひどく龍麻の指に馴染んで、そして極上の感触が指先に伝わる。
「…あっ……」
自分が触れるたびに、彼の肌が朱に染まってゆく。それがひどく、欲望を煽った。
「…紅葉……」
名前を、呼んでみる。すると潤んだ瞳が自分を見返した。自分以外の誰かを、見返した。
「…あぁ…ん……」
その瞳が、許せなくなる。彼を支配したいと言う欲望に駆られる。彼を、彼を支配して自分だけのものにしたいと。
『自分』という存在全てで彼を埋め尽くしてしまいたい。彼の心に自分だけを焼き尽くさせたい。
「…はぁ…あ…」
彼の細い肢体を無茶苦茶にして…自分だけに縋らせたい……けれども……。
「…あっ…や……」
彼の細い足首を掴むとそのまま自らの肩に乗せた。そしてそのまま一気に彼の内部に侵入する。
「…ああっ!」
背中に爪が、食い込む。しかしその痛みすら龍麻は感じる事はなかった。ただ今は、目の前の彼を自分と言う存在だけで支配したくて。でも。
でも決してその瞳は…自分を映さない……。最期の時を迎えた瞬間でも。
…彼は遠くを…夢の中を、見つめていた……。

初めから、帰る場所なんて。
たったひとつしか、なかった。
…たった、ひとつしか……

貴方だけを、愛している。

「…どうして?……」
…どうして、俺と寝たの?
「…こんな事を?…」
龍麻が服を着終えても、彼は自らのワイシャツを一枚羽織っただけだった。そこから覗く白い肌に自分が付けた無数の所有の跡が、まるで花びらのようだった。
花びらが舞っているよう、だった。
「……『如月』…さん………」
白い太ももに自分の放った精液が淫らに絡みついていたが、彼はそれに全く気にする事なく自分の前に立つ。そして初めて…『誰か』の名前を、呼んだ。
「…一つだけ…約束してくださいね……」
「…え?……」
遠くから波の音が、聴こえる。静かな波の音が。波の音が、聴こえる。
「何もいらないから…何も欲しくないから…ひとつ、だけ……」
彼の肩越しの窓の外から、蒼い海が一面に広がっている。そしてその水面に映るのは、儚げに揺れる蒼い月。
「…ひとつだけ…約束を僕に…ください……」
「…紅葉…君……」
「…ずっと…僕の傍にいて…ください……」
儚げに脆く揺れる、水面の月。手のひらで掬ったら、壊れてしまう幻想の月。決して掴む事の出来ない、決して手に入れる事の出来ない…幻想と、夢…。あの蒼い、月は……
「…紅葉…」
あの蒼い月は、君自身だ。瞳にはその存在が映っているのに、決して手に届く事の無い、届く事の無い、その存在。
「…君は、本当に…本当に、ここに…いるの?…」
確かにこの腕に抱いたのに。さっきまで自分の腕の中で熱い吐息を零したのに。それなのに。彼は、ここには居ない。彼の心は魂は、ここには無い。
…水面に映る月のように、ただ幻影がこの瞳に映っているだけで。
「…愛してます…如月さん……」
彼は、微笑った。それは本当に幸福そうに。本当に幸せそうに。無邪気に、微笑う。でもどうしてだろう?どうして、その笑顔は自分の身体を無意識に震わせる?
「…貴方だけを…如月さん……」
きしっと床が軋む音がした。その音だけが彼が『ここ』に存在する唯一の証だった。しかしその音すら龍麻には、龍麻には遠くに聴こえた。
「…如月さん…だから…」
彼はそのままふわりと、龍麻の前を擦り抜けて行った。そしてそのまま蒼い月の下へと。そのまま蒼い海の中へと…。
「…貴方の、傍に……」
その言葉は波にかき消されて、龍麻の耳には…届かなかった……。

…彼は夢の中に、いた。
決して醒める事の無い、夢の中に。
幸福な、夢の中に。

僕が貴方を殺したの。
僕が貴方愛したから。貴方だけを愛したから。
だから『あの人』は、貴方を許さなかった。
僕の目の前で貴方を殺したの。
僕への見せしめの為に。
…だから…だら貴方を殺したのは…僕なんだ……

彼の夢への呪縛が解けたと同時に、自分は海へと向かった。しかし。しかし何物かの力強い腕が、自分を抑えつけて離さなかった。
「駄目だ、このままあいつを逝かせろ」
後ろ手に縛られて、姿を確認する事は出来なかった。でも降って来るその圧倒的な存在感とその威圧する声が、自分より遥かに格上の相手だと知らせていた。
「…あ、貴方は?……」
龍麻にはそれを言うのがやっとだった。それ以上何も聞けなかった。でも。でもその声の主は、答えた。まるで龍麻を生き証人にでもするかのように。
「あいつの飼い主だよ。そしてあいつの男を殺した…」
…事実だけを、まるで機械のように述べた……。

銀色の濡れた砂を指に絡めながら。
彼は蒼い波間へと消えてゆく。
彼は、選んだ。
現実の自分よりも、夢の中の真実の人を。
永遠に醒める事の無い夢の中で。
…永遠に…幸福な幻の中で……

…帰る場所はたったひとつだけ。優しい貴方の腕の、中………

「…ごめんなさい、如月さん……」
蒼い、海。貴方の、海。貴方の、眠る場所。
「痛かったでしょう?苦しかったでしょう?」
初めて知った紅い血。貴方の血。生暖かい、その血。
「…僕のせいで…ごめんなさい……」
ぽたりと、海に雫がひとつ零れ落ちた。そこから出来た水の輪が、まるでその涙を包み込むように優しく広がった。
「…ごめんな…さい……如月…さん……」
…そして彼の身体を全てを、優しく包み込んだ……。

俺はとても幸福な子供の時間を過ごしていた。
でももう、帰れない。
俺は現実の中で生きているから。
…永遠に夢の中で眠る事は…出来なかった…。

「ひーちゃん、知ってっか?この間あそこの海で自殺があったんだってよー」
「……」
「ちょっと前にもさーあの海って殺人事件の死体が放り込まれてたって事件があったし…怖ええよなー…っと、待てよっひーちゃん」
「……さよなら……」
「…え?…」

…さよなら、俺の…ノスタルジア……

 

End

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