だぶる☆でーと・前編


それは一本の電話から、始まる…。

「…ちょっ如月さん…どこ触っ…」
「つれないな、紅葉。久し振りに逢えたと言うのに」
「だからって何で車の中で押し倒すんですかっ?!」
如月の愛車黒のスープラの中でいきなり押し倒された壬生は、たまらずに無駄な反撃を試みる。ただしその反撃に勝てたためしは彼は今だかつてなかった。が、しかし。
「ピピピピ…」
いきなり如月の携帯が鳴り始める。つい、如月は何時もの癖で反射的に取ってしまった。取ってしまってから、気付くのが後悔。
「…もしもし……」
思いっきり声が不機嫌になる。今の如月の声を聴いたら誰だって電話を切りたくなる。が、しかし今回の相手は手強かった。
「やっ〜ほ〜っっ如月くんいやいや亀くん元気かね〜♪」
「…蓬莱寺…何故貴様が…」
今度は逆に壬生の方が驚く番だった。それこそ地の這うような声で如月が告げた名は、壬生の予想の遥か彼方の地平線のような相手だった。
「びっくりした〜?へへっひーちゃんに教えて貰ったんだ。この電話番号。まあ俺とひーちゃんに秘密など何もないけどなっ」
「…だから何なのだ、貴様はっ」
珍しく如月の眉間が険しくなる。何時も恐ろしい程のポーカーフェースなので、壬生にとっては物凄く珍しかった。珍しさついでについ、観察してしまう。
「何でそんなに怒ってんの?分かった、壬生とイイ事でもしてたんだろ?だったら携帯切っとけよ」
「…これからしようとしていたのだ…それなのに貴様は…」
「もしかして、出刃亀?」
「その通りだっこの馬鹿者が」
…一体…どんな会話をしているのだろうか?壬生には見当が付かなかった。大体京一と如月の会話など、壬生には想像も付かない。何せ京一と、如月である。他の人間でも分からないだろう。
「でも亀は如月の専売特許だろ?」
「……」
「…如月、さん?……」
壬生でなくても分かる程、如月の顔は怒りに満ちていた。
…一体、何を言ったんだ、蓬莱寺?!思わず壬生は彼らしくなく心の中で叫んでしまった。
「切るぞ」
「わ〜っっ待って切らないで〜っっ俺が悪かったって如月。冗談だよ、冗談」
「…言っていい冗談と悪い冗談くらい、区別がつかんのか貴様は」
「悪かったよ、如月がそんな事気にしているとは思わなかったからさっ。そうだよな〜如月に‘亀’は無いよな〜。あんなに美形なのになあ。ま、そんな事どうでもいいとして」
「貴様が言い出したのだろうが」
「悪りー、悪りー、まあ気にすんなって」
一体、何なんだこいつは…。本気で電話を切ろうとしたその時。
「明日暇?暇ならディズニーランド行こうぜ」
…切る前に、電話を落とした。壬生が慌てて拾わなければ、間違えなく携帯一台パーになっていた所だった。
「もしもし…僕だけど…蓬莱寺、君如月さんに何いったの?」
戦線離脱してしまった如月の変わりに、仕方なく壬生が出る。一方如月と言えば今聞いた言葉を信じたくないらしく、いきなり鉄のポーカーフェース作戦に出ていた。こうなってしまえば、もう何を言っても無駄だ。
「よお、壬生。相変わらず色っぽい声してんな♪まあひーちゃんに比べればまだまだだけど」
「…死にたいのなら何時でもどうぞ……」
「わ〜っっ止めてくれよ、壬生。お前が言うと冗談にならん」
「だったら用件だけ言ってくれる?」
「…わかったよ…」
さすがに壬生相手ではからかうのが気が引けるのか、京一は素直に用件を話し始めた…。

京一は、本気で悩んでいた。彼にしては珍しく悩んでいた。それも今夜のオカズは何だとか、龍麻は今どーしてるかなぁ、とか。そんな悩みではなかった。
今彼の目の前にはディズニーランドの入場券が四枚程あった。普段なら真神の五人でいけばいいが、あいにく券は四枚しかない。誰かを誘わないと言う訳にもいかない。
「…かと言ってもなぁ……」
ならば他の奴らを誘おうと色々考えたのだが、いかんせん皆隙あらば龍麻を狙おうと虎視眈々とした奴らばかりである。そんな奴らと行くにはあまりにも、危険過ぎる。デンジャラスだ。
「安全なのは…御門とか…紫暮とか……」
言ってみて京一は後悔した。あの御門や紫暮とミッキーで戯れるのも中々…怖いものが、ある。
「…後霧島…駄目だあいつはことごとく邪魔をするっ!」
京一を慕う霧島は自分と龍麻が仲睦まじくしているのが気に入らないらしい。故にやたら邪魔ばかりする。
「でなければ…如月…そうかっ!」
思わず京一は立ち上がってガッツポーズを取ってしまった。そうだ、如月だ。安全というならばこれ以上に安全な相手はいない。何せ彼は筋金入りの壬生一筋なのだ。それも半端じゃない。自分には壬生以外見えていないと、公言してはばからない奴なのだ。
「そして一緒に壬生を誘えば、如月が嫌という訳がない。何て完璧だっ完璧な作戦なんだっ!!」
京一は嬉しさのあまり思わずその場で小躍りをしてしまった。本当にお気楽な奴である。
「それにあいつらがいちゃいちゃしてくれれば…ひーちゃんだって少しは刺激されて…」
そう思い始めると後はもう、彼の独壇場だった…。

「と、言う訳で後は宜しく♪」
と浮かれた声を残して京一の電話は切れた。結局壬生はO.Kをしてしまったのだった。何故なら…
「何故僕が蓬莱寺なんかと、ディズニーランドに行かねばならんのだ」
未だ如月は拗ねているらしく、運転も再開せずに壬生にあからさまに嫌な顔をした。そんな如月に壬生は彼にしては珍しい程、無邪気に笑って。
「でも僕そんな如月さんの顔見れて、嬉しいです」
「…紅葉?…」
「僕にはあまり見せてくれないでしょう?そういった怒った顔とか」
壬生の手が如月の頬に伸びてきて、そこにそっと触れた。白い綺麗な肌。かと言って女の持っている色素とは、明らかに違う…。
「君の目の前でかっこ悪い真似は出来ない」
「かっこ悪い如月さんは、かっこいいですよ」
そう言って壬生は如月にキスを、した。彼からキスをしてくれるなんて事、滅多にない。
どうも機嫌がいいようだ。
「で、我が姫君。どうしてそんなに機嫌がいいんだい?」
柔らかい壬生の髪の毛を撫でてやりながら、如月は彼の耳元でそう囁いた。その声は、どこまでも、甘い。
「…笑わないでくださいね、如月さん。僕ディズニーランド行った事がないんです…」
壬生の意外な言葉に、今度は如月の方が口許を綻ばせる番だった。こんな自分にだけ見せてくれるようになった子供のような無邪気さが、如月には何よりも嬉しかった。
「君が嬉しいのなら、僕には断る理由はないな」
そう言うと今度は如月の方から、彼にキスをする。甘くて優しくて蕩けるような、キス。ずっと、していたくなるような。
「今ここで押し倒したら、君は拒否するかい?」
如月の問いに。壬生は微かに首を横に振った…。

…その頃。龍麻は自分がひどくどきどきしている事に、気付いた。あまりにも心臓の音が耳に響いて、眠る事が出来なかった。
何て事はない、京一にディズニーランドに行こうと誘われただけだ。それも如月と壬生と四人でだ。たったそれだけの事なのに…眠れない。
原因は分かっている。どんな理由であれ、京一からこう言った誘いを受けたのは龍麻は初めてだったのだ。
もちろん、互いの気持ちは確かめ合っている。自分は京一の事を好きだし、京一も自分を好きだと言ってくれている。
身体だって、重ねた。それは互いに不器用だったけど、一生懸命心を結び合った。けれど。
日々の戦いに巻き込まれ気付けばふたりになれる場所と言ったら、自分か京一の部屋くらいだった。だから、嬉しかった。
どんな理由であれ、外でこうして京一と逢えると言う事は。まるでデート、みたいだ。
「…バカみたい…俺何照れてるんだ…」
そう言いつつも顔の火照りが抑えられない。本当にこれではまるで初恋をしている少女のようだ。でも…。
一緒に行く相手は真神の何時ものメンバーじゃない。如月と壬生なのだ。こんな事を言うのは何だが、向こうだって自分達と同じような関係なのだ。ならば…。
(…これってダブルデート…だよな…)
心で呟いてみてそのあまりの恥かしさに、龍麻は枕に顔を埋めてしまう。これでは益々眠れない。
眠らなければ明日に響くと思って、違う事を考えようとしても無駄だった。浮かんでくるのは、大好きな京一の笑顔だけ、だった。

…そして、朝が来る。

如月さんが家まで車で迎えに来ると言うのを断って、壬生は待ち合わせの場所に来た。そこには既に龍麻がいた。
「おはよう、龍麻」
「おはよう、壬生」
如月と京一の会話も想像出来ないが、自分と龍麻の会話もあまり想像出来ない。と、言うかあまり互いに喋る方ではない。
「君、あまり寝ていないの?」
龍麻の目が充血している事に気付いて、壬生は尋ねてみた。まあ、自分も人の事を言えた義理ではないが。
「壬生の方こそ、何か寝不足っぽいよ」
「…ああ、昨日は如月さんが…」
言いかけて咄嗟に壬生は止めた。やっぱり寝不足だろうか?普段ならおくびにも出さない事を、つい漏らしてしまいそうになるのは。
しかしその事に気付いても後の祭りだった。龍麻の顔がさあっと朱に染まる。壬生が言いかけて止めた言葉の理由に思い当たったのだろう。
「…あ、その……」
言ってみたが言葉が続かなかった。壬生も龍麻もどうしていいのか分からず、気まずい沈黙が訪れる。と、その時だった。
「よっ、そこの可愛いにーちゃん」
「綺麗なお兄さん、今暇?」
それは殆ど、同時に左右から声が発せられた。ロン毛のチーマー風の少年が龍麻に近づき、どこかホスト系の匂いがする男が壬生に声をかけた。
「やっマジで超かわいい。俺とどっか遊びに行こうぜ」
「本当に美人だね。こんな美人に出逢えるとは思わなかったよ」
その二人は互いにそれぞれの目標に近づき、チーマーは龍麻の手に、ホストは壬生の腰に手を掛けた瞬間、だった。

「俺のひーちゃんに手をだすなっ!!」
「僕の紅葉に汚らわしい手で触るなっ!!」

「…京一?…」
「…如月、さん?…」

「剣聖・天地無双っとりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「玄武変+飛水流奥義・朧遡刀っ参るっ!!!!!!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

………そして…………

「…お二人とも…少しは反省してください…」
「…俺達って‘東京’を護るんじゃ、なかったっけ…」
呆れる二人を余所に、京一と如月はひどく満足げだった。
「何を言っているんだい?君があんな輩に絡まれていて、僕が放っておけるわけないだろう?」
「そうだ、俺のひーちゃんがケダモノの毒牙に掛かっているのを、助けないわけないだろう?」
「…だからって…」
「そうですよ、それだからって…」

「地面を切断していいわけないだろう?!」
「街を洪水にしていいわけないでしょう?!」

「何だ、そんな些細な事。君の貞操に比べれば何でも無い」
「そうだ、如月の言う通りだ。ひーちゃんの無事に比べればへでもねぇ」
「………」
「………」
「如月、お前ってただの亀だと思っていたけれど案外話の分かる奴だな」
「亀は余計だが、蓬莱寺。僕も少し君を誤解していたようだ」
「何か俺達、気が合いそうだな」
「そのようだな、僕も少し認識を改めさせてもらうよ」
そう言って『分かり合った男たち』はしっかりと硬い握手で友情を誓い合ったのだった…。そして。
「さあ、行こうぜ♪俺らの桃源郷へっひーちゃん」
「行こう、紅葉。お楽しみはこれからだ」
呆れる二人を余所に、自らの信じた道を進むのだった…

 

End

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