土曜日のわりに道は空いていて、ディズニーランドへは思ったよりもスムーズに行けそうだった。そのせいもあってか、ハンドルを握る如月の手さばきも軽快だった。
「しっかし高校生の癖に何で車なんて、持ってんだよ」
「ふっ、決まっているではないか。何時でもどんな時でも紅葉に逢いにいけるように、そのためさ」
「俺だってな〜車もバイクも持ってないけど…ひーちゃんに逢いたいと一言言えば夜中でも飛び出すぜっ!」
ガンっと、気持ちいい音がひとつする。その音に助手席に乗ってた壬生は思わず振り返る。そこには力強い演説の為立ち上がり、不幸にも天井に頭突きした京一の姿があった。
「大丈夫?京一」
心配そうに京一を見つめる龍麻の目は真剣だ。そんな龍麻の仕草に少しだけ壬生は、羨ましくなった。あんな風に、きっと自分は素直になれない。
「…いてて…あ、でもひーちゃんに心配してもらったから、痛みなんて飛んでっちゃったよ」
「本当に?」
「もちろん。俺にとってひーちゃんはどんな薬より、利くからな」
「…京一…あの……」
他人が見ても明らかな程、龍麻の頬が真っ赤になる。ちくしょうっひーちゃん…可愛すぎるぜ…と、京一は心の中で叫ぶが、所詮ここは人様の車内。どんなに押し倒した繰っても忍耐の一文字しか京一には許されていない。
「あ、ディズニーランド楽しみだね。俺どきどきして眠れなかった。何か、子供みたいだね」
恥かしくて話題を必死に逸らす龍麻だったが、京一には逆効果だった。そんな所ですら、京一には堪らない程愛しい。
「俺も、眠れなかった。ひーちゃんとデート出来るかと思うと、嬉しくて」
「…京一……」
「真神の皆にはわりーけど、今日は思いっきり楽しもうぜ」
「…うん……」
恥かしいのか、俯きながら呟く龍麻に京一の目尻は下がりっぱなしだった。もう無茶苦茶に可愛すぎる。本当にここが如月の車内じゃあなかったらと…乗せてもらっている恩すら忘れて、恨めしがる京一だった。
「どうした、紅葉?今日は何時にも増して、無口だけど」
先程から一言も喋らない壬生を心配して、如月が聞いてきた。壬生の視線が運転席の如月の横顔に移る。自分と同様に…いや、家まで送ってれた分だけ絶対自分より睡眠不足の筈の顔は、相変わらず綺麗で冷静だった。
「如月さん‘くー’は元気ですか?」
如月の質問には答えず壬生は違う事を聞いてきた。しかし如月はいやな顔一つせずに壬生の問いに答えてやる。
「元気だよ、君と眠れない夜は一緒に眠っているよ」
くーとは以前壬生が拾ってきた捨て猫だった。自宅では飼えない壬生の変わりに如月が受け取ったものだ。ちなみに‘くー’は‘紅葉’の‘く’である。
「あいつ、如月さんの事大好きだから」
こんな所が素直じゃないなと、壬生は思う。自分もくーと同じだと言えればいいのに。
「毎日君だと思って接しているからね」
如月は自分が不安になる事すら考える暇が無い程、こうやってたくさんの愛情を与えてくれる。どうしたら…自分は返せるだろうか?そんな事を考えると、あんなに素直になれる龍麻がとても、羨ましかった。
「よっしゃー目的地到着っ!!」
「わ〜っ人がいっぱいだね」
朝早くに出たにも関わらず、ディズニーランドには人の群れが大群で押し寄せていた。どこを見渡しても人、人、だった。
「迷子になったらかなわないな、紅葉」
そう言うと如月は壬生の肩に手を掛けると、そのまま歩き始めた。壬生は少し恥かしかったが、そのまま抵抗しなかった。
そして手に持ったパンフレットを見ながら、何処へ行くのかと如月に尋ねる。
そんなふたりを見て不覚にも龍麻はどきどきしてしまった。その一連の動作があまりにも自然で、本当にしっくりときたからだ。本物の恋人同士というのを見せ付けられた気がした。
「どうした?ひーちゃん。ぼっとして」
「あ、京一。何でもないよ。ただ人がいっぱいいるな…って思って」
実は今少し壬生の事が羨ましくなってしまった。あんな風に肩を抱かれて歩けたら…でも恥かしくて、京一には言えない。
「そうだな、土曜日だし。やっぱデートと言えばここだよなっ」
「恋人同士が、いっぱいだね」
「…俺達も、だろ?……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、京一は言った。その仕草は彼なりに照れている証拠だ。そんな京一の仕草が、龍麻には嬉しかった。彼の気持ちが自分と同じだと、感じられて。
凄く、嬉しかった。
「へへっ俺たちも行こうぜ。あいつらに置いていかれちまう」
そう言うと京一は龍麻の手を取ると、そのまますたすたと歩き始めた。…触れてきた京一の手は少し、熱かった…。
「…京一……」
「迷子になったら大変だもんなっ」
京一は前を見たまま龍麻には振り返らなかった。けれども、彼の今の表情は龍麻にも予想が出来た。きっと、自分も同じような顔をしている。そう思うと龍麻は恥かしくて、嬉しくて、つい口許に笑みを浮かべてしまう。
…肩を抱かれるのも、いいけど…手をつないで歩くのも、いいよね…。
龍麻は心の中で、呟いた。触れ合っている指先の暖かさが互いの気持ちならば。こんなに確かなものは、ないと。そう感じられるから…。
「予想外の展開だ…」
「蓬莱寺、君の言う通りですよ」
乗れる限りのアトラクションを堪能した後、元々人ごみの苦手な壬生が早々と離脱した。そして不覚にも(実はあまりジェットコースターが得意ではない)故についに京一もリタイアしてしまった。
そんな二人を余所に無邪気にも龍麻は再びスペースマウンテンに乗りたいと言い出し、実は意外とこういうのが好きらしい如月がO.Kを出し二人で並びに行ってしまったのだった。
故に京一と壬生は近くのベンチに座り、ふたりを待っているという構図が出来あがった。
「ひーちゃんはともかく…如月は意外だ…。無茶苦茶キャラクターが違うぞっ」
「あの人ああ見えて、子供っぽい所があるんですよ」
「流石、分かってるね♪本当、お前らって‘できて’るよなぁ」
「…そう見えますか?……」
「初めて知った時は、何て意外な組み合わせなんだって思ったけどさー、見てて納得しちまった。お前みたいな淋しがりやは、あれっくらい愛されてないと不安になるだろう?」
「流石ですね、他人を見る目は本当に鋭いですよ」
「そりゃあね伊達にひーちゃんに惚れてないって。それは関係ないか…。でも本当の話、お前が他人を寄せ付けなかったのは、お前が他人よりも傷つきやすいからだろ?まあ、確かに自分の懐に入らなければ、傷つく事もないもんな」
「…ただの臆病者ですよ…僕は…」
「でも如月は、違っていた。あいつは絶対にお前を裏切らないだろう?そしてその事をお前自身が一番知っている」
「貴方はよく分からない人だ。普段の言動を見ていると、ただの能天気なだけに見えるのに、他人の事は怖いくらい見えている」
「…でも、ひーちゃんに関しては…全敗だぜ…俺でも…」
「それは貴方にとって龍麻が‘他人’ではないからでしょう?」
「へへ、その通りだな。俺にとってひーちゃんは、もう俺の一部になっている。それくらい大事だ」
「僕にとって如月さんは‘全部’ですよ」
「おっ言うねぇ♪お前でも素直になる事があるんだな」
「…こんな事、如月さんの前では言えないですよ…僕にも分からないんだ。何故貴方に言ってしまったのか」
「そりゃ〜俺の人徳ってやつだろう?それともひーちゃんの素直さに感化されたのか?」
「そうかもしれませんね。きっとそうなんでしょう…」
そう言って少しだけ微笑った壬生の顔はとても、綺麗で。少しだけ京一は如月の気持ちを理解出来た気がした。
「楽しかった〜っ!!」
無邪気に喜ぶ龍麻に、如月は思わず微笑ってしまう。こう見ていると龍麻は本当に普通の少年だ。その華奢な身体には何よりも深い宿命が埋め込まれているというのに、彼はそんな様子をおくびにも見せはしない。
「済まないな、龍麻。連れが蓬莱寺ではなくて」
「こっちこそごめんね。相手が壬生じゃなくて」
本当に、無垢で無邪気だ。その綺麗な心と魂に惹かれない者などいはしない。だからこそ…彼の廻りには沢山の人間が集まる。自分も例外ではない。
「…前にも聞いたかもしれんが…何故、蓬莱寺なんだ?君には運命の女性がいるのに」
「それは如月にも言えるよ。どうして壬生なのかって?」
「確かに、そうだな。他人を愛するのに理由などいらない。気付いてしまった時にはもう、愛していたのだから」
「そうだよ…理由なんて後から幾らでも付け足せる。でも気持ちは付け足す事なんて、出来ないよ。その時感じた事が全てなんだから」
「君の心は蓬莱寺で埋められている。それだけなのだな」
「そう言う事。だからもう俺は何も怖くない。誰が何と言ったって、運命がそれを否定したって決めるのは俺だ。俺が京一を選んだんだ」
「君は、強いな」
「分かっているから、俺には全部。俺がどんな事になっても、京一だけは傍にいてくれるって…分かっているから……」
「そうだな、君の見る目は間違っていなかったようだな」
「当たり前だよ、京一は世界で一番かっこいいもの」
迷う事の無い真っ直ぐな瞳で告げる龍麻は。確かに黄龍の器だ。でなければこんなにも如月を、頷かせはしないだろうから…。
仕上げは土産物だという事で、ディズニーショップを巡った四人はそれぞれ目的のものを物色していた。
「如月、壬生見てくれよっ!」
壬生が母親への土産物を選ぶのを付き合っていた如月が、その声に振り返ったとたんにがっくり肩を落とした。そんな如月の様子に驚いて振り返った壬生も…苦笑してしまった。
「何だよっその顔は〜っっペアだぞっペアっ」
ふてくされながら言う京一の頭には…ミッキーの耳があった。横でどんな顔をすればいいのか分からない龍麻の頭には…ミニーの耳が乗っていた…。
「可愛いだろっ?!これ。お前らも買えよっ何だったら、ドナルドでもいいぜっ!!」
「僕は君程バカではない。龍麻…さっきも言った言葉取り消してもいいか?」
「何だよっ?!さっき言った事って?俺にも教えろっ如月っ!!」
「…はは…ありがとう如月、心配してくれて。でもここまでいったら、俺は京一に付き合うよ」
理解出来ない京一を余所に二人は勝手に話を進めて、勝手に完了させてしまった。しかし京一にはそれが気に入らない。
「何なんだっ俺に内緒で話を進めるなっっおい、壬生。お前は悔しくないのかっ?!」
「僕は如月さんを信じていますから」
そう言ってみた自分に、壬生は驚いた。こんな簡単に、素直になれた事に。こんなに自然に、自分の気持ちが言えた事に。
「…紅葉…」
「…信じて、ますよ…如月さん…」
精一杯の、勇気。でもその扉を開けてしまえば、そこには。
「愛しているよ、紅葉」
誰よりも大切な人の、何よりも大好きな笑顔が、ある。
「何なんだっっお前らとっとと二人だけの世界作りやがってっっ」
自分を見事に無視してらぶらぶになってしまった如月と壬生に恨み言を叫んでも、後の祭だった。所詮ふたりの世界になってしまえば、他人など割り込めないのは世の中の常識。
「京一、羨ましいの?」
そんな京一のTシャツの裾をくいっと引っ張ると、龍麻は悪戯をする子供のような瞳でそう聞いてきた。その顔とミニーの耳があまりにマッチしていて、京一の顔が無意識ににやけてしまう。
「…う…うん…実は…」
「ならば俺達も、いちゃつこう」
「ひーちゃん?」
「ねっ」
それだけを言うと龍麻は京一の腕に自らのそれを滑り込ませてきた。そしてこつんっと小さな頭を預けてくる。
「…ひーちゃん……」
「さっきの如月との話は、ね…」
龍麻の顔が伸びてきて、京一の耳元へと唇が届く。不覚にも京一はそれだけで、心臓が跳ねあがってしまった。そして更に。
次にくれた龍麻の言葉が、京一の鼓動をMAX状態にさせたのだった…。
「…俺が京一を世界一大好きだって言う、話だよ…」
ずっと、一緒にいれたらいいね。
End