…それは突然のチャイムから始まる……。
「…き、如月さんっちょっと…まっ……んっ」
後ろからいきなり抱きしめられて、そのまま唇を奪われる。そのまま如月の手が、壬生のワイシャツのボタンに掛かる。
「待てない、紅葉」
唇が開放されたと同時に耳元に囁かれた言葉に、不覚にも壬生の瞼は震えてしまった。こんな時の如月の声は、ひどく腰にくる。甘く低く囁かれて、壬生の意識が溶かされてゆく。
「愛してるよ」
「…如月、さん……」
そのまま如月の冷たい手が、壬生のシャツの下に滑り込む。そのひんやりとした感触に壬生の肩が揺れた。そしてその冷たさが次第に熱くなってゆく…。その時、だった。
ぴんぽーん♪ぴんぽーん♪♪
「き、如月さん…チャイムが……」
「来客と君とでは、比べるまでもない。僕は何よりも君が大切だ」
そう言うと如月の手が再び壬生の中へと忍び込む。しなやかで巧みな指が、壬生の理性を奪ってゆく。…これは…マズイ……
「だっ駄目ですっ如月さんっ!!」
必死で如月の腕を引き剥がすと、壬生はドアへと向かった。けれどもドアノブに手をかけた途端、如月の手が壬生の指を包み込んだ。
「君との時間を誰にも邪魔されたくない」
そう言って再び壬生を背中から抱きしめたその時、だった。
「おーいっ如月―っ壬生―っいるんだろーっ?!!」
「…龍麻??……」
思いがけない来客に二人は互いの顔を見合わせた。そして更に二人の名前を呼ぶ辺り…思いっきりバレてる訳で…。
「…如月さん、これでも居留守使う気ですか?」
とがめるようなけれども少しだけ悪戯っぽい瞳で見上げてくる壬生を見つめながら、そんな彼をどうしようもなく可愛いと思いながら、如月は深いため息をひとつ付くと、ドアを開けたのだった。
外がよっぽど寒かったのか、龍麻の頬が赤くなってた。そんな彼に苦笑すると、壬生は台所に向かってホットコーヒーを入れた。勝手したる如月の部屋なので、どこに何があるなんて今更だった。手際良く三人分用意すると、リビングへそれを運ぶ。如月も壬生も基本的にプラック派なのだが、龍麻の為にミルクを温めるとそれをコーヒーに入れる。龍麻は驚くほどに甘党なのだ。
「ありがとう、壬生」
子供のように無邪気に笑うと、龍麻はそのコーヒーを飲み干した。冷えた身体が芯から温まってくる。
「でも珍しいね、君が僕の家に来るなんて…多分初めてじゃないか?」
「うん、最初は壬生の家に行ったんだ。けれどいなかったからここだなーって思って」
「見事に見破られているな、紅葉」
「…貴方が来てくれって言ったんじゃないですか……」
「まあ、否定はしない。しかし龍麻、わざわざ家に来てまでどんな用事が紅葉にあるのかい?」
「うん、壬生にお願いがあって」
…如月さん…今『わざわざ』を強調しませんでしたか?……
しかしそんな壬生の心の呟きなどどこ吹く風の龍麻は、にっこりと笑いながらそう言ってきた。ある意味彼は最強だろう。いや、絶対に最強な気がする…。
「僕に、お願いですか?」
「うんっ壬生でなきゃ駄目なんだっ!」
物凄くひたむきな瞳で自分を見上げてくる龍麻に、何だかこっちまで姿勢を正してしまう。そんな壬生の様子に如月はひどく優しく、微笑った。
「で、お願いとは?」
「あのね……壬生……」
「はーっくしょんっ!!」
何時しか空から雪が降り始めていた。そのせいでもないだろうが、京一の口からは特大のくしゃみが出てきた。風邪でも引いたのだろうか…少し頭がぼぅーとする。
「不覚だ、この蓬莱寺京一ともあろう者が風邪を引くなど…」
何が不覚なのだか良く分からないが、とにかく京一は納得いかずに呟いてみた。しかしそれにしても、寒い。
寒いのだがここを、離れる訳にはいかなかった。何せ龍麻が指定してきたのだ。今日の12時にこの場所へ来いと。しかし幾ら愛する龍麻の頼みとはいえ、真夜中のまして雪まで降ってきたここは…あまりにも寒い。
「しかしひーちゃん…何の用だろーか……」
降り積もる雪を見上げながら、京一は誰に呟くでもなく呟いた。
「凄いーっ壬生っ!!」
「龍麻…横で拍手してないで貴方もやるんですよ」
「は、はいっ壬生先生っ!」
龍麻の先生と言うセリフに壬生は彼には分からないようにひとつ、ため息を付いた。そしてそんな二人を見ながら後ろで如月が苦笑を押さえきれない。
「いい?生クリームを泡立てる時は、力任せにしては駄目だよ。こうやって…」
「凄―い凄―い壬生先生――っ!!」
「…拍手はいいから…貴方がやってください……」
壬生から渡されたボールと泡立て器を受け取ると、龍麻は力任せに捏ねた。それを見ていられなくて、壬生は龍麻の手に自らのそれを重ねて、力を弱めるようにして再び回させた。
「これくらいの力で、いいんですよ。分かりましたか?」
「うんっ♪」
嬉しそうに頷く龍麻を確認した壬生はその手を離す。離した途端、如月にその手を掴まれた。
「幾ら龍麻でも、この手は上げないよ」
「き、如月さん…」
「如月ってやきもちやきだね」
何処から入手してきたのか知らないが、ピンクのうさぎのプリント入りエプロンをした龍麻が、楽しそうに如月に言ってきた。しかし男の癖して妙にこのエプロンが似合うのは、如月の目の錯覚だろうか?
「君だって嫌だろう?蓬莱寺が誰かと手を繋いでいたら」
「…嫌、かも……」
「だからこれは僕のものだ」
そう言うと如月は壬生の手の甲にひとつ、キスをした。時々壬生は、思う。…如月さんはひどく子供っぽいところがある…と。でもそんな。そんな彼を自分は……。
「如月さん、あまり邪魔しないでくださいね。龍麻だって一生懸命やっているんだから」
「でも半分以上が君がやっている気がするのは…気のせいかな?」
「う…否定出来ない……」
やっとの事で生クリームを泡立て終わった龍麻が、バツが悪そうに答えた。確かに半分以上は壬生が作っている気が、するが。
「でもまあ、気持ちがこもっているからな。あの男ならそう言う事は分かるだろう」
そう言って微笑う、如月を。壬生は本当に自分はこの人が好きだと思った。好きだと、思った。
「へへ、如月のお墨付きを貰っちゃった♪」
「よかったですね、龍麻。だからもう少しだから、がんばりましょう」
「はーいっ!!」
元気に答える龍麻に、二人はやっぱり笑みを隠しきれなかった……。
「出来たーっ!!!!」
そう言って飛びあがって龍麻は喜ぶとそのままそのケーキを包み込んで、来た時と同じように突然に帰っていった。出来た事がよっぽど嬉しかったらしい。
そのお礼にとうさぎのエプロンを壬生にプレゼントしたのは…まあ、愛嬌という事で…。
「紅葉、これ君が使いなよ」
エプロンを渡された壬生は困ったように如月を見つめ返した。エプロンは確かに欲しかったが、自分にピンクのうさぎちゃんは…無謀な気がする。
「僕にこれ、似合うと思いますか?」
「紅葉なら何だって、似合うよ」
真顔で言われて、不覚にも壬生の頬が赤く染まった。この人はどこまで本気なんだか…。
「君が龍麻にケーキの作り方教えているのを見てて…僕はひどく幸せな気持ちになった」
「どうしてですか?」
如月の腕が壬生の身体を包み込む。もう壬生は抵抗しなかった。
「こんな風に何時も、そんな君を見ていたいと思った」
「何時も見て、いないんですか?」
如月の唇が壬生の髪に降ってくる。そこから匂うシャンプーの香りにそっと、顔を埋めながら。
「見ているよ、紅葉。でもこれからはもっと見ていたい」
「…如月、さん?……」
如月の顔が見たくて顔を上げようとしたが、それは叶わなかった。ゆっくりと降り積もる唇が壬生の瞼を開かせてはくれなかったから。
「…もっと君を…見ていたい……」
キスの雨が、壬生を包み込む。優しく、何処までもやさしく。
「…一緒に…暮らそう……」
その言葉に、壬生は。否定することなんて出来なかった……。
「や、やばいもうこんな時間だっ!!」
腕時計を見ると既に時刻は11時五十分を廻っていた。なんとしても12時に…一番最初に彼に逢いたいのに。龍麻は必死の思いで駆け出した。
けれども思いがけずに降り積もる雪は視界を遮り、足を縺れさせた。懸命に走っても、中々龍麻の思い通りにはいかない。
それでも龍麻は走った。彼に、逢う為に。
……雪は何処までも、降り積もる………
見上げればそこには一本の木。今は白く染まっているが、あの時は萌える緑が鮮やかだった。初めて二人背中を合わせて戦った、あの瞬間。あれから全てが始まった。全てが廻り始めた。
「真夜中の学校も悪くねーな」
しんしんと降り積もる雪だけが世界の全てになって、今だけは全ての雑音を遮断してくれる。今だけは何も余計な事を考えずにただ。ただ…
「ひーちゃん…好きだぜ……」
ただ彼のこと、だけを…。
「俺も好きだよ、京一」
白い息が口から零れた。よほど急いで来たのか、頬が真っ赤だ。けれどもその表情はひどく嬉しそうに笑っている。
「…ひーちゃん?……」
「よかった…間に合った」
腕時計の時刻を確認して。そして本当に龍麻は安堵の笑みを零した。11時五十八分。
「京一」
十一時五十九分。そして。
「何、ひーちゃん?」
「誕生日、おめでとう。京一」
そして十二時に針が指した……。
「ひーちゃん…」
「一番に言いたかった。誰よりも最初にお前におめでとうって言いたかったんだ」
京一の首筋に龍麻の手が伸びて、そのままその細い身体が抱き付いてきた。京一はその暖かい身体をそっと、抱きとめる。
「誰よりも一番に……」
「ああ…ありがとう…ひーちゃん……」
そのまままだ暖かい頬を京一は包み込む。その手は冷たかったけれど、心はひどく暖かかったから。
「最高のバースデープレゼント、だよ」
そっと拒まない唇に口付ける。それだけで、幸せだった。とても、幸せだった。
「京一、大好き」
「俺もひーちゃんが好きだ」
「世界一、大好き」
「なら俺は、宇宙一好きだ」
「むーじゃあ俺は……」
そこまで言い合って瞳が、かち合った。その途端耐え切れずに二人で笑った。
「何でも、いい。京一が好き」
「うん、俺も。俺も好きだよ。ひーちゃん」
そして再びキスを、した。唇が冷たくなる前に。
「あ、京一そうだっ」
思い出したように龍麻は持ってきた紙袋の中から箱を取り出すと、京一にそれを手渡した。
「へへ、これ俺からの誕生日プレゼント」
「え、ひーちゃん…俺ひーちゃんさえいてくれれは何もいらねーのに…でもありがとう、嬉しいぜひーちゃん」
「開けてみて」
わくわくしながら自分を見上げてくる龍麻がひどく可愛いい。まあ、京一にしてみれば何時でも龍麻は可愛いのだが…。
「すげーっこれひーちゃん作ったの??」
開けてみて出てきたケーキに京一は驚愕を隠し切れない。どう見てもこれは手作りだ。ちょっと不器用な形がそれを主張している。
「壬生に手伝って、もらったけど…。でも俺作ったんだよっ」
一生懸命に言ってくる龍麻の髪をそっと撫でながら、京一は笑った。真実はどっちでも構わない。大切なのはその気持ちだから。
「ああ、ありがとひーちゃん、大好きだぜ」
その、気持ちだから……。
「うん、大好き京一。そしておめでとう」
…お前という命を与えてくれたこの日に、ありがとうと俺は心の中で呟いた。
HAPPY BARTHDAY!!
End