夢幻夜奏
長い髪に指を絡めて、眠った夜。
最初で最期の夜。
ただ一度だけの、運命。
―――たった一度だけの、運命。
「お前が生きていれば…何もいらない…」
白い素肌に顔を埋めて。透明な程その白い肌に。そしてそこから香る甘い匂いに、全てを包まれた。
「…何も…」
世界も、未来も、全て。全て必要のないものだ。ただ俺は。俺はお前がこの地上に生きていてさえくれば。それだけが、それだけが望みなのだから。
「いらない」
ただひとりの運命の、女。ただひとり、愛した女。
探し続け、迷い続け、そして見つけた道。
私の生きる道。私の存在意義。
なんの為に生を受け、そしてなんの為に生きているのか。
その答えを、今見つけた。
貴方の腕に包まれ、貴方に抱かれ、そして見つけた。
この愛だけが、私の真実だと。
「…生きてさえいれば…貴方は幸せ?…」
私の幸せ。菩薩眼としてではなく、女としての幸せ。それは。
それは貴方の望みを叶えること。愛する貴方の望みを。
貴方の想いに答えること。ただひとり、愛した貴方に。
「―――ああ、この地上に咲いていてくれ…俺の華……」
ならば咲きましょう。貴方の望むままに。人々の血を吸って鮮やかな紅い華となって、私はこの地上に咲き続ける。鋭い刺を持って。
「ええ、華になるわ。貴方の為だけに咲く…だから…私だけを想っていて…」
また巡り合えるから。今こうして離れ離れになったとしても。こうしてこの現世で結ばれなくても。私達の絆は時間の流れなんて、なんの障害にもならない。転生すらも無意味だから。
無意味なのよ、私達の絆には。だってほらこんなにも紅い色をしている…。
たくさんの人々の血を吸い続けた絆。それでも切れなかった運命の糸。血を吸い続けた糸は支えきれないほど重たくなって、私達を縛りつける。
でもそれは。その絆は互いが望んだ事だから。望んだ事、だから。
全ての人間を傷つけようとも、全ての人間を皆殺しにしようとも、それでも互いへの愛を貫きたかったから。貫き、たかったから。
「愛しているさ、永遠に」
永遠と言う言葉を信じるなんてバカでしょう?でも私は信じるわ。貴方の言葉だから信じるの。他の誰でもない、貴方の言葉だから。
「私もよ。私も貴方だけを愛しているわ」
抱きしめる、貴方を。全てを包み込む。このひとだけが私の生きる力。私の生きる意味。
―――貴方だけが、私の道しるべ。
滅びゆく、運命。
俺は滅びゆく運命でしかない。
黄龍の器の敵としての道を選んだ以上。
俺は滅びる以外に道はない。
でも、それで構わない。
あの男はお前を護るだろう。
菩薩眼の娘を、護るだろう。
それでいい。
俺には出来なかった。
お前を護れなかった。
徳川からお前を、この手に戻す事が出来なかった。
だから。
だから俺は。
俺は選ぶ。自らの命を懸けて。
―――お前を護る、道を。
滅びる事など怖くはない。
何故なら俺達はまた出逢えるのだから。
「…抱いて…この時代でもう二度と逢えないのならば…この時代の私を…刻んで…」
髪に顔を埋めて、そして抱きしめる。
その白い肌に指を這わせ、俺を刻んでゆく。
忘れるな、と。
俺の指を舌を、俺の熱さを忘れるなと。
この先誰に抱かれても、忘れるなと。
「…愛して…いるわ……」
喉を仰け反らせて、堪える事なく喘いだ。
背中に爪を立てて。爪が白くなる程に。
子宮の中に貴方を受け止める。
…もしも…今貴方の子供が授かったなら…いいな…と思った。
そうしたら貴方の居ない淋しさに、耐えられるから。
「…もっと…もっと…貫いて…」
「壊れるぞ」
「…壊れてもいいのっ…もっと奥まで…」
「壊してもいいのか?」
「…壊して…ああっ……」
何度も奥まで貫かれ、熱い精液を受け止める。
これが貴方の愛だと実感しながら。
これが貴方の愛だと感じながら。
ああ、このまま。
このまま貫かれたまま、死んでしまいたい。
このまま抱いたまま。
繋がったまま、死ねたなら。
それも、幸せなのか?
それでも。それでも俺はお前に生きて欲しい。
紅い華となって。
強かに生きて欲しい。
愛しているから。愛して、いるから。
―――生きて、欲しい。
生きろ、お前は。そしてこの地上の何よりも美しい華になれ。
胸の中で眠る貴方の寝顔を見ていたら、貴方の頬にひとつ雫が落ちた。
それは。
それは私の涙、だった。
End