LOVE SONGS
―――歌う事が、好き。
優しい気持ちになれるから。
暖かい気持ちになれるから。
だから私は歌い続ける。
うたい、つづける。
…私の声が、届くといいな……
「アイドルは、大変だね」
初めて逢った時、不思議なものを感じた。それが何だったのかは今でも分からない。ただ。ただひどく不思議な何かを…言葉に出来ないものを、感じた。
「…えっと…貴方は?」
仲間。霧島くんや龍麻さんの仲間。その中で貴方だけが何処か違っていた。龍麻さんの作り出す暖かい輪の中で独りだけ…独りだけ離れた場所にいたひと。
「如月 翡翠」
静かに言葉を綴る人。それはどんな歌声よりも何処か心に響く。痛い程に、響く声。
「でも僕は君の歌が、好きだよ」
ゆっくりと静かに降り積もる、その声。私はずっとその声を聴いていたいと思った。
言葉よりも、どんな言葉よりも。
その歌声は僕を癒す。
君の唇から零れるその歌声は。
ゆっくりと僕を、癒してゆく。
―――降り積もる君のその声が……
初めて触れたのは、私からだった。
「…如月…さん……」
どうしてだか分からない。理由なんて分からない。ただ、私は。
「――舞園さん」
その綺麗な髪に触れて、みたかった。指を擦り抜けるそのさらさらの髪に。
「…どうしてかな?……」
触れてはいけないと分かっているのに。私には霧島くんがいる。何時も何時も私の傍にいて護ってくれる人がいる。それなのにどうして、こんなにも。
――――こんなにも、貴方に惹かれるの?
「…どうして私…こんなにも……」
貴方に触れていた指先に、その大きな手がそっと包み込む。その手はひどく、暖かかった。とても、暖かかった。
「…こんなにも貴方に……」
交わした言葉は数回だけ。見つめ合った瞳も数える程だけ。それなのに。それなのにどうしてこんなにも貴方に私は近付きたいの?
「君の声をずっと聴いていた」
「…如月さん?…」
「僕はずっと君の声を、聴いていた」
包み込まれた指先にそのまま唇が触れられる。そこから広がる甘い痛みは。この甘い痺れは多分…多分、霧島くんへの罪悪感。そしてそれ以上に募る貴方への想い。貴方への、想い。
「君が全てのひとの幸せを願う歌を…僕はずっと聴いていた」
そうして抱きしめられた腕を、私は拒む事が出来なかった。
縛られていたものは『宿命』。
玄武として四神として、黄龍の器を護る宿命。
何時しかそれが当然だと思い、それを成し得る事が自分の運命だと思っていた。
それが自分の命の意味だと。
そんな僕の心に。そんな乾いた僕の心に。
聴こえたのは君の歌声。
冷たく凍ったこころを癒す、君の声。
―――笑うかい?
僕は君と出逢う前から、君に。
君に恋をしていたんだ。
「…如月…さん……」
言葉なんて、いらないよ。
「…私は……」
言葉なんてなくても、僕には。
「…舞園さん……」
僕には君の声が、聴こえるから。
好きだと言葉にする前に、貴方の唇によって言葉は閉じ込められる。
そのまま私はその想いを、吐息にして貴方へと運ぶ。
何度も何度も口付けを交わして、貴方へと想いを運ぶ。
―――好きです、と。貴方が好きですと…そう……
唇が痺れるまで口付けを交わし、何時しか私達は身体を重ねあっていた。
歌う事が、大好き。
歌っていると、何時も。
何時も誰かの気持ちが降って来る。
それは誰だか分からない。
けれども何時も私に降り注ぐ。
暖かい想いが。優しい想いが。
―――ありがとう、と……
その声が貴方の声だと、今こうして肌を重ねて気がついた。
「―――ああっ!」
奥まで貫かれた痛みに涙が零れる。けれども。けれどもそれ以上にひどく安心感を覚えるのはどうして?
「…あぁ…あ…如月…さ…ん……」
貴方を受け入れてそして。そして包み込む事が出来るしあわせ。貴方とひとつになれたしあわせ。今、今こうして初めて貴方の声をじかに聴いている。
「…舞園さん…好きだよ……」
「…ああんっ…はぁ…あ……」
こうして貴方の声を、聴いている。遠くからずっと聴こえていた声を。ずっとずっと私の傍で優しく降り積もっていた声を、私は今こうして。
「ああああっ!!」
―――きいて、いる。
奥深く貴方の想いを受け止めながら、私は。
私はどうしようもないしあわせを、感じていた。
抱きしめて、抱きしめられる。
包み込んで、包み込まれる。
ただひとつのメロディーが奏でる中で。
ゆっくりとふたりで。
ふたりで、聴いている。そして。
そしてふたりだけが、知っている。
―――優しい愛の、歌……。
End