心に刻まれる音
――――心に刻まれるように、鳴り続ける時計の音。
こころの針が、刻まれる。
かちり、かちり、と。
鋭い針がこころを刻んでいく。
それはとても。とても痛かった。
切なく甘い痛みだった。
目を開いて、瞼を開いて。そして見つめた先の、ひと。見つめた先の、貴方。
「―――村雨……」
見つめた先の貴方は微笑っていた。ひどく優しく。この私ですら、こころが空っぽの筈の私ですら貴方の笑顔は優しいと…そう思った。
「そんな目、するなよ…変な気分になっちまう」
大きくて不器用な手が私の頬に触れた。あたたかい、と。とてもあたたかいと、思った。
「変な気分?」
その手に私は自らの指を重ねたいと思った。自分でも自然なほどそう思った。どうしてこんな風に、思うの?
「こんな風にな――芙蓉……」
貴方の手に重ねようと上げた手を引っ張られて、そして。そして私は抱きしめられた。その広く切なく、優しい腕の中に。
「…村雨……」
「―――芙蓉…おめー…あたたけーな……」
とくん、とくん、と。聴こえてくるのは優しい命の鼓動。私が決して持ちえないもの。私がひとと明らかに違うのは、この音を刻む事がないと言う事だけ。ただ、それだけ。それだけが、とても遠い。
「暖かいな」
耳元に降ってくる言葉に私はそっと目を閉じた。何時もなら無礼者と言って、引き離す腕を私は、今はこうして受け入れている。どうして?
――――どうして?……
言葉として説明が出来ない。
想いとして言葉に出来ない。
こころのない私に説明の出来ない感情。
―――感情?
そんなもの私にはないはず。存在しないはず。
私は命の音を刻む心がない。私は空っぽだ。
ただの人形。ただの空洞な人形。
それなのに。それなのにどうして?
…どうして私はこんなにも…こんなにも…切ないの?
こんなにも、苦しいの?
「…村…雨……」
離して、と。言葉にしようとする前に。言葉にする前に。
「―――好きだぜ、お前が」
唇が、そっと塞がれた。私はそれを拒む事が出来なかった。
甘い、痛みが胸に広がる。
ゆっくりと、広がって、そして。
そして、私の中に浸透していった。
彼方の腕が私を抱きしめたまま、そっと身体を床に押し倒す。身体に感じるのは畳の、伊草の匂いだった。
「抵抗するかと思ったぜ」
頭をひとつぽりぽりと掻きながら、貴方は苦笑した。本当に何時もならここで不埒だと頬を引っぱたくのに。今は。ただ今は。
――今はこうしてぬくもりを感じていたいと…思ったから。
「私もそう思いました」
「でもしねーって事は…このまま食っちまうぞ…いいのか?……」
口調は軽かったけど、瞳は真剣だった。そして。そして何よりも抱きしめている腕が震えているのが分かったから。だから私は。
「――――……い……」
小さく、頷いた。空洞な心に私は今、貴方で埋めてほしいと…そう思ったから。
こころがないから、魂がないから。
命がないから、何もないから。
だからこそ、貴方に埋めてほしいと。
貴方以外埋めてほしくないと、そう思ったから。
―――貴方がいいと…私の中が言っているから……
「…あっ……」
喉から鎖骨にヒゲと唇の感触が当たった。その感触に口から零れるのは甘い息だけだった。
「…あぁ…っ……」
鎖骨をくつく吸われ、その間に手が着物の裾をはだけさせる。胸が外界に出されると、そのままきゅっと揉まれた。
「…ああん……」
掬うように揉まれながら、指の腹で乳首をくりりと転がせられる。敏感に尖った先に爪を立てられて耐えきれずに私は背中にしがみ付いた。広いその背中に。
「信じられねーな、なんか…こうしてお前に触れているのが」
「…村…雨……」
乱れる息を押さえながら貴方を見上げれば、痛い程に真剣な瞳。そうだ貴方は何時も。何時も私にこの瞳を向けていてくれた。どんな時も、どんな時でも。ふざけた口調の中に何時も。何時も見え隠れしていたこの眼差し。
「信じられねーよ、芙蓉」
「―――あんっ!」
唇が胸に触れた。胸の谷間を一回キスされて、そのまま尖った乳首を口に含められる。舌で転がされ、突つかれ、そのたびにびくんっと身体が震えるのを押さえきれない。
「…あぁ…ん…あ…村雨……」
ぺろぺろと舐められる音がする。そのたびに身体の芯がじんっと疼くのが分かった。こんな事は初めてだった。初めて、だった。
「…はぁぁっ…あ…ん……」
私は今まで言わば道具だった。代々ご主人様のそういった事の捌け口になるための。そういった事の為に、私の身体は作られていたから。
今の晴明様はこういった行為を私にした事は無かったけれども、私が仕えてきたご主人様の中には当然のように私を欲望の捌け口に使う人達もいたから。
けれども。けれどもどんなに抱かれても、こんな風になった事は、私は今までなかったから。
「…あぁっ…はぁ…ん……」
唾液でてかてかになるほど胸をしゃぶられて、やっとそこから開放された。胸から離れた舌は谷間を通って、わき腹から臍の窪みへと辿り着く。そこをきつく吸われ、指と舌は下腹部へと辿り着いた。
「―――あっ!」
ビクンっと、身体が跳ねた。一番敏感な個所を舌が触れたからだ。私のココはひどく精巧に作られていて本物の女性のものとなんだ変わりが無かった。ただ一つだけ違う事と言えば、子宮がないから子供が産めないだけ。そして、子供のようにそこはつるつるで毛が生えていないと言う事だけだった。
「ココ、感じるのか?」
「…ああんっ……」
ぺろりと舌が忍び込むたびに、私の口からは甘い息が零れる。ざらりとしたひげの感覚が花びらに当たるたびに、私の身体は鮮魚のように跳ねた。
「――感じてんだな…ココこんなになってる」
「…あぁ…ああん…村…雨…んっ……」
指が差し入れられて、花びらのひだが開かれた。奥を掻き分け、媚肉を押し広げてゆく。くいっと中で折り曲げられれば、とろとろと蜜が零れてきた。
「嬉しいぜ、芙蓉…お前が『女』だと確認出来て……」
「…村雨……」
「ほらちゃんと感じれる場所がある」
「やぁぁんっ!!」
一瞬意識が真っ白になった。剥き出しになっているクリトリスをきつく摘まれたからだ。その痛い程の刺激が私をどんどん追い詰めてゆく。
「…やぁぁっ…あん…そこは…村雨…駄目…あぁぁ……」
「よかった…芙蓉」
「―――ああああんっ!!」
どくんっと何かが弾けて、私は貴方の手に大量の蜜を零した。
私を埋めてください。
空っぽの私を。何もない私を。
貴方の手で、貴方の熱さで。
―――私の全てを、埋めてください。
―――グプ…ズズズ…濡れた音がして、私の中に貴方が挿いってくる。熱い塊が侵入してくる。
「ああああんっ!!」
ぐいっと腰を引かれ、中へ中へと貴方が侵入してくる。熱くて硬いモノが私の中に。どくんどくんと脈を打ちながら。
「…キツイな…おめーの中は……」
「…あああっ…ああんっ…村雨……ああああ……」
「でもスゲーイイぜ…芙蓉……」
がくがくと身体を揺さぶられながら何度も貫かれる。抜き差しを繰り返しながら、ソレは益々熱く硬くなってゆく。
私の中に刻まれてゆく。どくんどくんと、刻まれてゆく。私の中に、空っぽの私の中に。
「…村雨…村雨…あああんっ……」
「――愛しているぜ、芙蓉…この言葉を云うのはお前だけだ……」
「…村雨…私…も……」
「…私…も……」
ドクンっと私の中で弾けて、熱い液体が中に注がれた。その熱さが私を埋めてゆく。空っぽだった私を埋めてゆく。みっしりと、隙間なく私を。
―――貴方の熱さが、私の全てを埋めてくれた……
かちり、かちりと。
こころを刻む音。それは。
その音は、貴方が。
貴方が私に与えてくれたものだった。
空っぽだった私の心に『貴方』と云う針が刻まれてゆく。
指を、絡めた。
私から、絡めて。
そして口付けて。
もう一度。もう、一度。
―――身体を、重ね合った……
「…村雨……」
「ん?」
「私のここ音がします」
「…芙蓉……」
「…とくん、とくんと……」
貴方の手に指を重ね、そっと胸に充てた。
聴こえる筈の無い命の音。心の音。でも。
でもきっと貴方にだけは…聴こえていると…信じたいから……
「―――ああ、聴こえるぜ…芙蓉……」
End