誘い
与えられた歪んだ愛情が、何時しか何よりも心地よいものへと変化する。
『君を誰にも渡さないよ』
そう言って俺を抱きしめる腕が、苦しいほどに心地よいと気付いた頃。俺はお前から…そしてお前の妹から、逃れられなくなっていた。倒錯するこの愛に身を委ね、逃れない波へと呑まれてゆく。何処にも行けないと分かったから、何処にも行かなかった。
行きたい場所も、もう何処にもなかった。新撰組も、正義も、それはもうただの幻でしかなく。今はこうして。こうして新たに手に入れた場所を。この場所をひたすら無くしたくないと、そんな想いだけで埋められて。
『…愛しているよ…壬生……』
ずっと独りだった。それが当たり前だと思っていた。それでよかった筈なのに。他人に縛られることが、息苦しさを覚える程に抱きしめられることが…こんなにも。
…こんなにも…満たされるのだと…気付かなかった…から……。
身体を滑る細い指よりも、自分を見下ろす視線の方が…身体が疼いた。自分が乱れてゆく姿を、そっと見下ろす双眸の方が。
「…んっ…はっ……」
両手を縄で縛られ、そのまま頭上に掲げられた。そうして身動きを取れなくさせられて、服を脱がされた。そしてそのまま、白い細い身体が俺の上に被さって来る。
「…止め…涼浬っ…あ……」
「…霜葉殿……」
何も身につけていない彼女の柔らかさが、俺の皮膚に直接伝わる。男には無い胸の二つの膨らみと、そして柔らかい身体。それが俺の肌に触れ、中心を熱くさせた。
「…止め…んっ……」
舌が喉を滑り、鎖骨をちろちろと舐める。その間に細く白い指先が、俺の胸の突起を摘んだ。普段触れられている奈涸の…男の手とは違う、細くてしなやかな指が俺の敏感な部分を甚振る。ぎゅっと指で摘まれて、耐えきれずに俺は女のように声を上げた。
「敏感ですね…霜葉殿は…それとも兄上に仕込まれたのですか?」
鎖骨から唇を離して、くすりとひとつ涼浬は微笑った。そんな顔が兄とそっくりだと思った。笑った時の表情が、少し冷たい印象を与えるその表情が似ていると思った。
「…違っ…俺は…はぁっ……」
声を堪えようと手を口許に持ってゆこうとして、自分の手が縛られている事を思い出した。今自分が出来る事と言ったら、身体を捩って少しでもこの愛撫から逃れることしかなかった。けれども。
「―――元々だ、涼浬。初めから…壬生は敏感だったよ」
そんな彼女の背後から、自分を見つめていた男。同じ顔でもっと涼しい瞳をして、もっと激しい瞳をして俺を見下ろしていた男。
「…奈涸…腕を…外せっ……」
上目遣いに睨みつけるように言えば、お前は柔らかく微笑った。俺を抱く時、俺を抱きしめる時のあの笑顔で。
「駄目だよ、壬生。外さない…今日は」
ゆっくりと涼浬の横を擦り抜け、俺の前に立つと顎に手を掛けた。そしてひとつ、俺の唇に口付けをして。慈しむような、口付けをして。
「…どうして?……」
零れ落ちる俺の疑問に、お前はただ静かに微笑う。そっと俺の髪を撫でながら。宥めるように撫でながら。そして、言った。
「…外したら俺が…君を抱きしめずにはいられないから……」
あの日を境に俺達の関係は微妙に変化した。俺がこの兄妹に、同時に抱かれたあの日から。奈涸は言った。俺を愛していると。
そして。そして妹を愛していると。嘘偽りの無い言葉。それはお前にとっての逃れられない事実だった。そして、それは俺にとっても涼浬にとっても逃れられない事実として埋め込まれた。
―――兄が愛する者ならば、私も愛しています。
それが彼女にとっての真実になり、その事がこの兄妹の唯一の共有出来る愛の形になった。血が繋がっているが故に結ばれない二人の。そんな二人の、唯一の絆が。それが俺を通して結ばれるただひとつの行為。こうして俺の身体を通して、ふたりが繋がること。
そしてそれを。それを受け入れている俺がいる。こうして二人にがんじがらめに縛られる事に何時しか心地よさすら見出している俺が。俺が、いる。
何処かで気付いていた。俺は独りだから、そうして生きてきたから。
そうするしか生きる術を知らないから。だから、それすらも考えられないように俺を。
俺を閉じ込め、独占してくれる相手を何処かで望んでいたことを。
―――こころの何処かで、それを欲していたのだと……
「…霜葉殿……」
彼女の潤んだ瞳が俺を見つめ、そしてそのまま唇を塞がれた。唇を舌でなぞられその感覚に耐えきれずに口を開けば、生き物のような舌が俺の中へと入ってくる。
「…んっ…ふっ……」
絡めてくる舌の動きはまだ何処かぎこちない。奈涸とは違う、慣れていない動きだった。けれどもその予想もつかない動きが逆に俺の身体を煽った。
「…はぁっ…ん…霜葉…殿…んんっ……」
「…はふっ…んん…んっ……」
くちゃくちゃと絡み合う舌の音が俺の耳に響く。その音がこめかみを熱くさせた。何時しか俺は夢中になって彼女の舌の動きに合わせ、その口中を貪っていた。
「…はぁっ…あっ……」
長いため息とともに彼女は俺の唇を開放する。互いの口許に零れた唾液が、ぽたりと肌に零れた。その唾液の筋を、涼浬は自らの舌で辿る。
「…んんっ…はむっ…ん……」
俺の口許から首筋へそして鎖骨の窪みを辿り、胸の上に舌が触れる。先ほど指で甚振られたソレは、ぷくりと立ち上がり痛いほどに充血をしていた。その果実を彼女の舌が捉える。
「―――あっ……」
歯で噛まれて思わず俺は声を上げた。痛いほどの刺激に身体が痙攣する。それでも彼女の舌は、歯は、止まらなかった。カリリと音を立てながら歯を立てられ、その廻りをぺろぺろと舌で嬲られる。その刺激に声が零れるのを、抑え切れない。
「…あぁ…涼浬…止めろ…歯を…立て…くっ……」
「…んん…んんん……」
突起を舐められるたびに、彼女の二つの膨らみが俺の身体に押し付けられる。潰れるように俺の肌に触れる、柔らかい膨らみが。彼女も感じているのか、彼女自身の胸の突起も硬くなり、それが俺にぐいっと押しつけられる。その擦れる感触がまた。また二人の快楽を煽った。
「…霜葉殿…こちらは……」
「――――っ!!」
彼女のしなやかな手が、何時の間にか俺自身に絡みついていた。細い指が震えながら立ち上がろうとしている俺自身に触れる。胸へ与える舌の愛撫を止める事無く、俺自身を手のひらで包み込んだ。
「…はぁっ…あぁ…涼浬っ…あ…」
何度も指で撫でられ、袋の部分を包み込まれる。そのもどかしいほどの柔らかい愛撫が、逆に新鮮だった。奈涸は何時も巧みな愛撫で思考すら与える前に俺を追い詰めるから。不器用とも思える指で俺自身を愛撫するその動きが。形を辿り先端の割れ目を何度も指の腹で擦る、その手が。俺を、追い詰めてゆく。
「…駄目だ…涼浬…出…る…っ……」
どくんどくんと熱く脈打つソレは、もう既に先走りの雫を零れさせ限界まで来ていた。とろりと零れる蜜が彼女の指先に伝う。それを確認して彼女は俺から手を離した。そして。
「…まだです、霜葉殿…まだ待ってくださいね……」
そしてのろりと身体を起こすと俺の股下にそのしなやかな身体を滑りこませ、そのまま限界まで膨んでいる俺自身を口で咥えた。
「…んんっ…ふぅっ…んっ!……」
小さな彼女の口では膨張したソレは、限界だっただろう。それでも眉を歪め、苦しそうにしながらも必死で俺に奉仕する。その姿がひどく…いじらしく思えた。ひどく、愛しく思えた。
「…涼…浬…っ…」
たとえそれが俺を通して自らの兄へと向けられているものであっても。これが倒錯した関係であっても。それでも必死になって俺を咥える彼女を、俺は。
「…霜葉殿…出して…ください…遠慮なさらずに…私に…んっ……」
潤んだ濡れた瞳で俺を見上げる彼女。彼と同じ顔で、全く別の表情で。ああ、俺は。俺は今気が付いた。今、分かった。
「―――んんんんっ!!!」
彼女の中に精液を放出しながら、俺は思っていた。何時しか俺も彼の妹としてではなく『彼女自身』にも惹かれていた事に。
ぽたぽたと、彼女の口許から白い液体が零れ落ちる。俺が彼女の中に放った精液が。もしも俺の腕が動かせたら、この手で拭ってやりたいと思った。
「…兄上……」
上半身を起こした彼女に、奈涸は背後から抱きしめた。その腕にうっとりとしたように涼浬は目を閉じる。口許に甘い吐息を零しながら。
「…涼浬……」
「…あっ…ああんっ…」
涼浬の耳たぶを噛みながら、奈涸は彼女の小ぶりの胸を揉んだ。身体を重ね合えないふたりが許されるのは、こうした。こうした互いの肌に触れるだけ。それしか許されない二人。
「…あぁん…兄上…あんっ……」
乳房を揉みながら、首の裏に口付ける。その顔は何時も俺を抱く時の顔だった。冷たいとも思える表情でその瞳だけが熱い…あの時の顔だった。
「…あぁ…あん…はぁっ……」
あの顔で俺に愛しているよと囁き、俺の身体に指を這わして。そして脚を開かれ深く貫かれる。お前の楔が俺の身体を引き裂き、そして。そして腰を揺さぶられる。
「…奈…涸……」
欲しいと、思った。今さっき涼浬の口の中に出したばかりなのに、俺自身は再び立ち上がり、そして。そして俺の秘所がひくひくと蠢いているのが分かる。ココに、お前の。お前のモノが欲しくて。
「…どうした?壬生…涼浬が乱れるのを見て欲情したのか?」
「…違…俺は……」
…俺は…お前が欲しい。お前に貫かれたい。お前の熱さと、硬さが…欲しい…お前が……。
「…違います…兄上…霜葉殿は……」
涼浬の手が奈涸の分身に滑ってゆく。それは充分な硬さになって、存在を主張していた。ソレを彼女の手が愛しげに包み込み、愛撫を始める。
「―――涼浬……」
「…霜葉殿は…これが…欲しいのです…兄上のが……」
「ふ、そうなのか?壬生」
奈涸の言葉に俺は瞳だけで答えた。ただ夜に濡れた瞳だけで。けれどもその瞳は涼浬によって、遮られてしまった。
「…今日は駄目…今日だけは…」
奈涸自身を涼浬は強く扱くと、彼女の手のひらに白い液体がぶちまけられた。それを指先につけたまま、涼浬は再び俺の上に覆い被さる。そして奈涸の精液の付いたままの指で、俺の秘所を貫いた。
「…くっ!……」
ひくひくと蠢き刺激を求めていた蕾は、彼女の指を招き入れそのままきつく締め付ける。奈涸の吐き出した精液の付いた、指が。何時もなら直接この中に注がれる液体が。
「…くふっ…はぁ……」
何度も何度も指で掻き乱され、中を広げさせられる。指に付いた液体を内壁に擦り付け、その刺激が俺の睫毛を震わせる。そして果てたはずの分身も再び勃ち上がった。
「…霜葉殿は…私の口よりも…ココをこうされる方がよいのですか?…」
「…違っ…そんな事は…涼浬……」
「…いいのです…分かっています…貴方も同じ…兄上に捕らえられたのですから…でも……」
「…違う…涼浬…俺は…あ……」
「…でも私も兄上と同じく…貴方を捕らえます……」
「…はぁっ!……」
指が一気に引き抜かれる。その刺激にすら俺は身体を震わせた。そして。そして彼女はそんな俺を見つめながら、内股に忍ばせていた暗器を取り出した。柄に収められたままのソレを俺の秘所に当てて、そして。
―――そしてそのままずぷりと俺の中へと埋め込んだ。
「…霜葉…殿…あああっ……」
埋め込んだ暗器を脚で押し込みながら、俺自身を自らの花びらで飲み込む。後ろを引き裂く痛みで一瞬萎えた自身は、包み込む淫らな内壁の刺激で再び立ち上がり彼女を喘がせた。
「…あああっ…イイ…霜葉殿…ああんっ!!」
「…止め…涼浬…抜いてくれっ…はぁぁぁっ……」
腰を振りながら俺を飲み込み、喉を仰け反らせて喘ぐ彼女。そのたびに俺の秘所は暗器を締めつけ、自身の媚肉を淫らにさせた。
自身の肉で追い詰められながら、彼女の締め付けに意識を呑みこまれる。もう何がなんだか、自分には分からなくなっていた。分からず気付けば彼女に合わせて腰を振り、そして。
「…あぁぁ…霜葉殿…霜葉殿……」
「―――あああっ!!」
「…ああああんっ!……」
そして俺は自分が彼女の中に欲望を注ぎ込んだのを感じながら、意識を手放した……。
遠くから声が、聴こえる。
『…ごめんなさい兄上……』
涼浬の声…泣いているような、声。
『こんな兄上を試すような事』
泣いているのか?でも俺の手は縛られているから。
『いいんだ、涼浬…お前を巻き込んだのは俺だ』
縛られているから、涙は拭えない。
『お前も…壬生も…選べなかった俺のせいだ…』
…ああでも。でも奈涸が変わりにお前の涙…拭ってくれるから……
『…いいのです兄上…私は…しあわせです……』
涼浬のその言葉を確認して、俺は再び意識を手放した。彼女が『しあわせ』だと、そう呟いたのを確認して……。
End