見つけた、もの
指先に絡まる糸を操りながら、自分が作り出した人形で遊ぶ。広い屋敷の中で、伴侶とも言える人形と、ただふたりきりで。
「―――雹」
名前を呼べば、漆黒の長い髪がふわりと揺れた。それを九角は見つめながら、彼女が振り返るのを待っていた。
「…御屋形様…このような所に…何故?」
夜も更け村も寝静まり、静寂だけが満たす時間。雹も指に絡めた糸を外して…彼女がこの糸を外すのは眠るその瞬間だけ。それ以外決して外されることのない糸、だった。あの日以来、村が焼けて無くなったあの日以来。
「いや…この間は済まなかった」
謝られたことに一瞬雹は何の事だか分からなかった。次の九角の言葉を聴くまでは。けれども。
「あの戦いは、お前には辛い目に合わせてしまった」
「御屋形様が…その様な事を気にすることは無いのじゃ…あの戦いはわらわが志願した事…御屋形様のおん為に……」
確かに辛い戦いだった。昔の事を嫌がおうでも思い出させ、そして。そして何よりも胸から消えない言葉がある。あの龍閃組の中にいたひどく綺麗な女が言った言葉。
――――仕方なかったのよ……
大儀の為に幕府が徳川を護るために、自分の村は焼かれ、そして。そしてこの脚は永遠に動かなくなってしまった。分かっている復讐のためだけに生きてもそれがどんなに空しい事かを。それでも。それでも『仕方ない』事で全てが片付けられるのだろうか?
「でもお前はあの日以来…何処か沈んでいる…俺の気のせいでなければいいが…」
「…御屋形様……」
雹は顔を上げ九角の顔を見つめた。真剣な真っ直ぐな瞳。誰にでもこの人はこんな瞳を向ける。自分の大事な者へは、誰にでも与えられる瞳。何時からか。
何時からか自分は、この瞳を自分だけに向けて欲しいと思うようになっていた。それがどんなに叶わない願いであろうとも、何時しか雹はそんな事を思うようになっていた。
「いいえ、わらわは平気じゃ。御屋形様もこんなに遅くにわざわざ来ていただいて、すみませぬ」
頭を下げて謝る雹に九角はいたたまれずに顔を上げさせた。彼女にこんな事をさせる為に自分は来たのではないのだから。
「それでも雹…お前がそのような顔をしていれば…俺は見逃すことは…出きん……」
優しい人。誰にでも優しい人。その愛情は皆に平等に注がれる。どんなちっぽけな存在であろうとも決して見逃されること無く、必ずその手が掬い上げてくれるから。
―――こんなちっぽけな存在である…わらわですらも……
「…ならば御屋形様……」
その優しさに付け込もうとしているわらわは、愚かなのだろうか?けれども。けれども、わらわは。わらわ、は。
「…わらわに……」
わらわは、ずっと。ずっと、貴方だけが好きだったのです。
震えながら目を閉じる少女に、九角はひどく愛しさを感じた。こんな風に彼女を思ったことは今までなかった。大切な村の仲間で、大事な者。それはずっと変わらなく続いている。けれども今。今もっと別の想いが、自分の心から涌き出てくるのを九角は抑え切れないでいた。
「…雹…俺は……」
向けられた想い。初めて彼女が自分に差し出してきた、別の想い。それが。それがこんなにも九角にとって心地よく…そして。そして欲しいと心から涌き出てくるとは自分でも予想しなかった。けれども今。今確かに自分は、彼女を抱きしめたいと…思っていた。
「…わらわを…御屋形様のものにして…ください……」
小刻みに震える身体。普段の凛とした彼女の印象から程遠い、そこには小さな少女の姿があるだけだった。小さくて、そして。そして強く抱きしめたら壊れてしまうほどの。けれども。
「…雹…俺はその言葉を自分の都合の良い言葉に解釈するぞ……」
けれども強く。強く抱きしめたいと思った。この腕に抱きしめ、そして離したくないと。
「…してください…御屋形様……」
震える睫毛が開き、自分を見つめる漆黒の瞳を瞼の裏に焼き付けて。そして九角はそのしなやかな身体を抱きしめた。力の限り、抱きしめた。
夢を、見ているようだと思った。夢ならば醒めないでと、思った。
愛しい人がわらわを抱きしめている。その腕が、わらわをきつく抱きしめてくれる。
ああ、醒めないで。醒めないで夢ならば。永遠に。永遠にわらわにこの夢を見せて。
指に絡まっていた糸が、そっと外される。そしてそのまま両の腕に身体を抱き上げられて、寝床へと運ばれた。薄い布団の引いてある部屋に寝かされ、そのまま着物の裾に冷たい手が滑りこんでくる。
「…あっ!……」
ひんやりとした感触に雹の身体がびくんっと震えた。けれども九角の手は止まることは無かった。止めて欲しく、なかった。
「…あぁ…御屋形…様……」
「…雹……」
すべらかな肌に指を這わし、胸の膨らみを手のひらで包む。白い乳房をぎゅっと揉めば、薄い色素の肌に色が付いた。さああっと朱の色が。
「…はぁっ…あっ…あんっ……」
手のひらで包みきれないほどの胸を揉み解しながら、尖った乳首を指の腹で転がす。そのたびに組み敷いた身体が小刻みに痙攣して、九角の身体をも熱くさせていった。
「お前の肌は、雪のように白いな」
「―――あっ!」
揉まれていないほうの乳房が、九角の口に含まれる。そのまま舌先で嬲られて、軽く歯を立てられた。その刺激に両の胸がぷるんっと揺れて、彼女の感じる様子を伝えていた。
胸元は全て肌蹴られ、着物は乱れた。胸が全て外に出されて、腕からも着物が外される。帯が無ければ下半身すらも全て曝け出されていただろう。
「…ああんっ…あんっ…御…屋形…様っ…ぁぁっ……」
両の胸に与えられる刺激に雹の漆黒の髪が乱れた。布団の上に黒い波を作り、そこから汗が零れて来る。ぽたり、ぽたり、と。それが髪を照らし、ひどく目に綺麗に見えた。
「…雹…下も、いいか?」
耳元に囁かれる優しい響きに雹は小さくこくりと頷いた。そこから先は脚を無くして以来誰にも見せたことは無かった。けれども、この人になら。このひとになら見られてもいい…と思った。
「…御屋形様…驚かないでく゛さい……」
「大丈夫だ、雹。お前が何であろうとも俺にとってはお前はお前だけだ」
「…御屋形様……」
「―――俺の…雹……」
その言葉に雹は瞼を震わせ、そして。そして降りて来た唇に、涙を一つ零さずにはいられなかった。
脚にはからくりが埋められていた。普段着物で隠れていて決して見えることの無かった雹の脚は、半分が『からくり』となっていた。
「…醜いでしょう?…御屋形様…わらわは…こんな事までして歩こうとしたのじゃ……」
雹の言葉に答える前に九角はそのからくりの脚に口付けをした。丁寧に全てに舌を這わせる。そこに雹の神経も感覚も通ってはいないけれど。けれども雹は…感じた。自分の一番奥の部分が濡れているのが、分かった。
感覚など無くても、神経などなくとも。こうして、こうして、優しく全てのものへ口付けを与えてくれるこのひとが。このひとが、何よりも。
「…御屋形…様……」
「これもお前の一部だ。大事なお前の一部だ」
「…御屋形様…っ……」
耐えきれずに雹はその広い背中に手を廻しきつく抱き付いた。そんな子供のような仕草に九角はそっと目を細め、慈しむように抱き止めた。
「…あっ…ああんっ…くふっ……」
九角の舌が雹の秘所へと忍びこんでくる。ざらついた舌が敏感な花びらを舐め、奥へと侵入してくる。
「…はぁっぁ…んっ…はぁ……」
指で秘所を広げられて、一番感じる場所を剥き出しにされる。そのぷくりと張り詰めたソレに、九角の舌が辿りつく。ちろちろと舐め、軽く歯を立てれば雹の口からは悲鳴のような声が零れた。
「…あああっ…御屋形様…っそこはっ…ああんっ!」
指で摘み上げぎゅっと潰すようにしてやれば身体が鮮魚のように跳ねた。それと同時にとろりと蜜が花びらから溢れてくる。それを九角は口を寄せ、そのまま吸った。溢れる大量の蜜を、その口で。そして。
「―――雹…よいか?……」
「…御…屋形様……」
秘所から顔を離し、雹の身体に九角は再び覆い被さる。そして自らの着物の裾を割って自身を取り出すと、雹の入り口へと当てた。それは既に熱く脈を打ち、彼女を激しく求めていた。
「…来てくだされ…御屋形様…の…御屋形様のそれを…雹の中に…わらわの…中に……」
その熱さと硬さが雹の瞼を震わせ、そして。そして身体の芯を疼かせた。ひくひくと蕾が生き物のように蠢き、早く呑み込みたいとねだっている。それを感じながら九角は、ゆっくりと彼女の中へと挿っていった。
ずぶずぶと濡れた音ともに九角の肉棒が雹の中へと埋め込まれてゆく。内壁が淫らに絡みつき、ぎゅっと楔を締め付けた。
「…あああんっ…あんっ…あんっ!!」
黒髪が乱れて、零れる息が熱い。玉のような汗が綺麗な雹の額から零れ、つううと彼女の頬を流れた。それを九角はそっと舌で掬うと、腰を進めていった。
「…ああ…あぁぁ…御…屋形様っ…御屋形さまぁっ…!」
「―――雹…雹……」
「…あああっ…あああんっ…ああああっ!!」
がくがくと腰を揺さぶられ、出し入れされる楔に雹は溺れた。擦れ合う肉の感触と、粘膜から伝わる熱に、溺れた。愛しい人が、自分の中にいる。愛する人が、自分を貫いている。そう思えば子宮がじゅんっと鳴り、愛液を大量に溢れさせる。それが九角自身を包み込み、中を滑りやすくさせる。
「…俺の…雹……」
「―――あああああっ!!!」
その滑りに身を任せ、九角は激しく彼女の中を抉った。限界まで貫くとそのまま大量の欲望を、彼女の中へと注ぎ込んだ。
ずっと捜していたもの。捜していた、もの。
糸以外にこの指に。この指に絡めるものを。
絡められるものを、捜していた。ずっと、捜していた。
―――この指先に、絡めるぬくもりを。
「…雹…これからは…」
背中に腕を廻して、その髪に指を絡める。
「…御屋形様……」
貴方の紅い髪に。紅蓮の髪に、指を。
「…俺がお前の脚になる…だから……」
見つけた。やっと、見つけた。わらわの指が。
「…だから…微笑っていてくれ……」
わらわの指が、糸以外に絡めるものを。
「…はい…御屋形様……」
――――見つけた、もの。ただひとつ見つけた、もの。わらわの一番欲しかったもの……
End