天使の約束
そっと、指を絡めて。ただひとつ。
ただひとつ貴方とした、約束。
―――君を、護るよ…と……。
優しく微笑みながら貴方は言いました。静かなただ。ただ静かなこの場所で、貴方はそれだけを、言いました。ただそれだけを、私に告げてくれました。
何も出来ない恋でした。ただ見つめるだけの恋でした。
貴方の、運命の輪の中に私は入ることは出来ないから。
私はその中へと入ってゆく事が出来ないから、ただ。
ただずっと、見つめているだけでした。
貴方の小指に繋がっている紅い糸は、巡りゆく輪の中でずっと。ずっとただ独りの人に繋がっている。ずっと、繋がっているのが私には見えるから。私には、見えるから。
だから私は、ずっと。ずっと貴方を見ていました。
貴方がしあわせになれるようにと、ずっと祈っていました。
貴方の笑顔が消えないようにと。貴方がこれ以上傷つかないようにと。
貴方の重たい運命を、少しでも。少しでも打ち消すことが出来たならば。
それだけで私は。私は、しあわせでした。
ずっと君だけを、見ていたよ。
初めて出逢った時から、俺は君だけを見ていた。
俺に課せられた運命と。俺が巡りゆく輪の中で。
ただ君だけが、一番綺麗な場所にいた。
運命に躍らされたわけでもない。導かれたレールの上でもない。
俺にとってただひとつの。ただひとつの綺麗な場所に。君だけが。
―――君だけが、いたんだ。
君を護りたかった。君の華奢な肩をそっと抱きしめて。そして。
そして全てを包みこんであげたかった。君だけを、護りたかった。
―――君を、護るよ……
それが俺の『緋勇龍麻』の意思、だから。黄龍の器でもない、運命に従っている訳でもない、ただひとつの。ただひとつの俺の想い、だから。
君の心の傷をこの手のひらで掬い上げ、そして癒してあげたかったんだ。
好きだよ。君だけが、好きだよ。
俺には紅い糸が結ばれていると君は言うけれど。
でもそんな糸は何時でも引き千切ってしまえるんだ。
君が、好きだから。君だけが、好きだから。
小さな白い花のような、君を。そんな君をただ抱きしめて。
抱きしめて、そして。君を傷つける全てのものから、ただ。
ただ君をこの腕でで、背中で、手のひらで、護りたかった。
―――ただそれだけ、だったんだ……
「…龍麻さん……」
貴方がしあわせでいてくれれば、それだけで良かった。貴方が微笑んでいてくれれば、それだけでよかった。
「―――比良坂……」
貴方が何時も優しい気持ちでいられれば。貴方の心が満たされていれば、それだけでよかった。
「…嬉しいです…そう言ってくれて…私はそれだけで、満足です」
だから貴方は綺麗な運命を。選ばれた道を歩んでください。
手を、伸ばした。君に手を伸ばした。
そしてそのまま細い肩を、そっと。そっと抱きしめる。
びっくりしたように見開かれた瞳を、瞼の裏に焼き付けて。
そのまま君にひとつ、キスをした。
「―――満足なんて…言わないで…俺は君と共に未来を歩みたいのに……」
「…龍麻…さん……」
「運命の紅い糸って何?俺はそんなものよりも君がいいのに…」
「…でも…私は…貴方の運命の中には必要のない……」
「どうして?どうしてそんな事を言うの?俺の中に君は」
「君はこんなにも、溢れているのに」
いらないよ、運命なんて。いらないよ、宿命なんて。
何もいらないから君が。君がそばにいて欲しい。
他に何も望まないから、君が微笑っていてくれれば。
君がしあわせな笑顔を俺に向けてくれたら。
―――全部、投げ出したって…いいんだ……
「…好きだよ…比良坂…ううん…紗夜……」
名前で呼んだ瞬間、不覚にも俺はひどく緊張して。緊張して顔が強張ってしまった。そんな俺に君は。君はそっと微笑む。まるで静かに花が咲くように、そっと。
「…龍麻さん……」
そしてその細い腕を俺の背中に廻して、ぎゅっと。ぎゅっと、抱き付いてくれた。その細い腕で、必死に俺に。
「…好きだよ…俺がずっと君を護るから…ずっと俺のそばにいて……」
何もいりません。何も欲しくないです。だから君を俺にください。君だけを俺にください。
「…ずっとそばに……」
―――君を俺だけに、ください。
「…はい…ずっと……」
見つめるだけの恋だった。それだけでしあわせだと思っていた。
でもこうして。こうして見つめあってする恋はもっと。
もっとしあわせで、切なくて、そして満たされてゆく、から。
「―――約束しよう…俺はずっと…君を護ってゆくから……」
End