君への想い
――――君とともに、生きてゆく世界を。君とともにある未来を。
戦いの中で、器に支配されながらも。それでも。
それでも僕の心が望んだものは。僕自身の心が望んだものが。
それは、ただひとつ。ただひとつだけだった。
君とともにいる、未来。君とともに歩む未来。
時代と宿命に支配され、器に支配され。
それでもやはり僕自身として生きる事を諦めきれずに。
緋勇龍麻として、生きたいと願い。そして。
そして全てから開放されて、僕自身に残ったものは。
――――ただひとつ、君への想いだけだった。
「ダーリン、これね。これ舞子が作ったんだよ」
子供みたいな無邪気な笑顔で、差し出されたピンクの包みに僕はそっと微笑った。君らしい甘い色のリボンと、可愛いラッピングに。
「嬉しい?ね、嬉しい?」
小首を傾げて聴いてくる君に、僕はその栗色の髪を撫でながら抱きしめた。そして耳元で囁く、なによりも嬉しいよと。
「へへへ、嬉しいな。ダーリンにそう言ってもらいたくて舞子…頑張ったんだよ」
ご褒美とばかりに両手を僕の背中に廻して目を閉じる君に、僕は何よりも甘いキスでその答えを出した。甘い、甘い、キスで。
僕のにしがみ付いて離れない君が愛しい。何よりも愛しい。ずっとこうしていたら、何もいらないと思えるほどに。
「開けても、いい?」
その問いに少しだけ恥ずかしそうな顔をしながら君はこくりと頷いた。そんな君の瞼にひとつキスをして僕はその包みを開ける。そこには少しだけいびつだけど気持ちのこもった大きなハート型のチョコレートが入っていた。
「ちょっと失敗しちゃったけど…でもね、気持ちはいっぱい入っているよ」
「うんそうだね。いっぱい…感じるよ」
そのハート型のチョコレートを口に一つ含みそのまま。そのまま君にキスをする。口移しに君の中にチョコレートの破片を渡したら。渡したら君は、微笑って。
「へへへ、美味しい。舞子凄い」
そう言う君を。そんな君を、僕はずっと見ていたいんだ。
僕の心の声を、聴いてくれたのは君だけだった。
本当の僕の弱い心を、聴いてくれたのは君だけ。
運命に押し潰されそうになった僕を。心が壊れそうな僕を。
君だけが、気付いてくれた。君だけが、分かってくれた。
本当は器である運命に潰されそうだった『僕自身』を。
君が。君だけが、その声を聴いてくれた。
『…舞子の前でだけは…無理しないでいいよ……』
何時か君が僕に言ってくれた言葉。
君だけが、言ってくれた言葉。
黄龍の器である僕ではなく緋勇龍麻としての僕に。
僕に、告げてくれた言葉。
ただひとつ、僕を救う言葉。
「ねぇ、ダーリン…しあわせだね」
ぽつりと呟く君の言葉に、僕はこくりと頷いた。戦いが終わって平凡な日々を手に入れた時、皆がそれぞれの生活に戻ってゆく中で。そんな中で君は、僕のそばにいた。君だけが僕のそばに、いた。
「ああ、しあわせだね。君がいるからしあわせだよ」
時が経っても仲間は仲間で、友情と絆は結ばれ続いてゆく。それでも時が少しずつその絆の形を変えてゆくのを止められない。大人になってゆく僕らは、それぞれに進むべき道があるのだから。何時までもあの頃のままでは、いられない。それでも、君は。
「舞子も、ダーリンがいればそれだけでいいよ」
君だけは変わらずに。変わらないまま僕のそばにいる。あの時の純粋な瞳のまま、穢れなき心で僕だけを真っ直ぐに見てくれるから。僕の弱い部分も、僕の脆い部分も全て。全て君だけが気付いて、そして包み込んでくれるから。だから、僕も。
――――僕も…君の弱い部分を…脆い部分を、全て護りたいから……
「ダーリン、あーんして」
僕の手にあった箱からチョコレートを取り出すと一口サイズに砕いて、指で摘みながら差し出した。僕は言われるままに口を開くと、そのチョコレートを君は口中に放り込んだ。
「こーいうのやってみたかったの」
「じゃあお返し」
君と同じように僕もチョコレートを割って君の口に放り込む。そんな僕に君はチョコレートを口に含みながら、キスをしてきた。さっき僕がしたように、甘い破片を口内に移し込んで。そして。
「チョコレート、甘いね」
そして、見つめあって微笑う。端から見たらきっと僕らは嫌になるくらい、べたべたしているんだろう。でも。でも、こんな端から見たら馬鹿げた事が、一番僕らには必要なことなんだ。
全ての重たいものから開放されて。宿命から開放されて。
そしてこの手のひらに残ったものが、僕に残ったものが。
君への想い、だから。黄龍ではない僕自身が残ったものは、君への想いだけだから。
だから必要なんだ。だから、護りたいんだ。
僕が僕として生きてゆくために。
運命に縛られず、宿命に縛られず。
僕自身の脚で生きてゆくために、君が。
君がそばにいてくれることが。君を想う事が。
君とともに生きてゆくことが、それが。
…それが緋勇龍麻として、生きる僕には…何よりも必要なんだ……。
「…でも舞子、チョコよりも…君の方がずっと甘いよ……」
耳元で囁いた言葉に、君は顔まで真っ赤になって俯いた。そんな君を僕は愛しているんだ。
「…もぉ…ダーリンったら……」
君だけをずっと。ずっとこれから先も。大事で大切で、愛しい存在だから。
「本当だよ、チョコよりも甘い君をいっぱい食べたいと思っている」
「もーダーリンのえっちっ!」
ぽかっとひとつ頭を叩かれて、そして。
そして次の瞬間に、大声で笑った。
ふたりして、顔を見合わせながら大きな声で。
大きな声で、笑った。それが。
―――それがきっと、僕らには一番大事な時間だから。
「…でも…舞子は…何時でも…ダーリンだけの…甘いお菓子、だよ……」
End