聖女

――――巡り合って結ばれた運命の輪。


運命という言葉を私は貴方に出逢うまで、信じていなかった。
運命は自分で切り開くものだと信じていたし、そう思っていた。
自分の意思で決めるものだと、選ぶものだとそう思っていたから。


――――でも分かった、から。すぐに分かったから。


貴方と出逢い、そして言葉を交わし。その暖かさに触れた瞬間に、私は心の何処かで気付いていた。この身体を流れる血が、貴方に引き寄せられる事を。
「…龍麻……」
こうして指を絡めて、ぬくもりを感じて。伝わるものが、伝わってくるものが。ただひたすらに切なく、泣きたくなった。ただ、泣きたくなった。
「―――葵……」
運命なんて言葉を信じてはいなかったけれど。そんなものには流されないと思っていたけれど。けれども。けれども今は。今、は。
「…俺達…背負うものが…大きすぎるな」
ぽつりと呟く貴方の言葉に、私は小さく頷いた。今どんな言葉を告げても意味がないように思えたから。だから言葉よりも、もっと違う伝わる術を選ぶ。
「…大きすぎるな……」
腕を伸ばし、貴方を抱きしめた。線の細い身体だった。見掛けよりずっと細い肩だった。けれども貴方は背負っている。この肩に誰よりも重たい運命を、背負っている。
「―――葵…俺……」
貴方の手が私の背中に廻ると、そのままきつく抱きしめられた。抱きしめられたのに…どうしてだろう。私の方が抱きしめているような気がするのは。どうして、だろう?
「…何時まで黄龍の器であり続ければいいんだろう……」
貴方の言葉に私はそっと。そっと髪を、撫でた。柔らかい漆黒の貴方の髪を。こうして指先に伝わるものが、溢れてしまわないようにと祈りながら。


巡りゆく運命の輪。その中心に貴方がいて。
そして宿星は巡り、在るべき場所へと辿り着く。
それを止める事は。それを遮る事は。
誰にも出来ないの。誰にも、出来ないから。

だから私達は流される。強い運命の元へと、流されてゆく。


それでも、貴方ともにいられるなら。
「…龍麻…ずっと私が……」
それが逃れられない運命でも、貴方とともに。
「…私が貴方のそばにいるから……」
貴方とともに生き、そして愛する事が出来るのならば。
「…ずっと…貴方とともに…」
その運命すらも、いとおしい。


愛しているの、貴方だけを。それが許されるのならば、運命すらも私は嬉しい。


「…葵…お前だけは……」
耐えきれない重み。器の重み。
「…お前だけは俺のそばに……」
器であるために得るものがあり。
「…どんなになっても…お前だけは……」
器であるために失うものがある。
「…いてくれ…そばに……」
大きな力を得るための代償はその肩にはあまりにも重すぎる。


「――――いるわ…ずっと…ずっとそばに……」


大切な人。ただ一人の人。運命が選んだ、ただひとつの器。でも貴方はただの緋勇龍麻で。そしてただの一人の少年で。本当なら何処にでもいるただの高校生だった。けれども貴方はそれすらも、許されない場所へと来てしまったから。
「私がいるわ。貴方が運命を背負うなら、私も共に背負う。だって私は菩薩眼の娘なのだから」
だからその場所まで私も共に行く。共に行く事が出来る。それが嬉しいと言ったら、貴方は怒るかしら?でもいられるから。貴方とともに、何処までも。何処、までも。
「そうだな、葵…俺にはお前がいる…」
漆黒の綺麗な瞳が私を見つめる。曇り一つない綺麗な、瞳。大好きよ。大好きなの。貴方だけを、愛している。
「ええ、いるわ。どんなになろうとも私だけは」
その瞳を瞼の裏に焼きつけ、私達は口付けを交わした。そこから広がる泣きたくなるくらいの切なさは、一体何処までゆくのだろうか?



お前の長い髪に指を絡めて、そして眠る夜が。
その白い胸に顔を埋めて、そして迎える朝が。


ただひとつ俺が。俺が『自分自身』でいられる場所。自分自身が辿り着ける場所。


お前だけが俺の救いの手を持っている。
その差し伸べられる白い手だけが。その手、だけが。
俺を龍からヒトへと戻してゆく。ひとにして、くれる。


抱いて、抱きしめて、ぬくもりを刻み付けて眠る夜だけが。




「―――愛している、葵…これが血が結ぶものであっても、俺はそれ以外に何も見つけられなかった」


End

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