Hearted
…優しいひとが、好き。
「私、貴方の事が好き」
振り返った桃香は悪戯をする前の子供みたいな瞳で、紫暮にそう告げた。上目遣いで見上げるその瞳がひどく、子悪魔的だった。
「…本郷?…」
紫暮は言葉の真意が掴めなくて、戸惑いながらも尋ねてみた。そんな紫暮に相変わらず悪戯な瞳を桃香は向けながら。
「言葉通りよ。私紫暮さんが好きなの」
細い指先が紫暮の頬に触れた。柔らかい小さな手。普段から女性との接触のあまりない紫暮にとって、その小さな手はまるで自分とは別の生き物のような感じだった。
「えっと…そのだな…」
何て言っていいのか分からずに微かに頬を染める紫暮に…桃香はとびっきりの笑顔を向けて。
「そんな貴方だから、大好きなの」
と、言った。その顔を紫暮は純粋に可愛いと…思った。
優しいひとが好き。
カッコ良くなくてもいい。
頭なんて良くなくてもいい。
他人の痛みの分かる人が好き。
小さな命を大切にしてくれる人が好き。
最初はどちらかと言えば嫌いだった。全然ヒーロー顔じゃないし。大きいだけで、何だか怖かったから。でも。でも本当は違っていた。
ヒーロー顔じゃなくても、貴方の心は充分ヒーローだったから。
怖そうに見えた顔も笑うと凄く優しいって気付いたから。
だから私は…貴方が誰よりもヒーローだって、思っている。
「私の事、好きじゃない?」
何時も彼女には振りまわされている気がする。突然我が侭言ったり、拗ねたり笑ったり。でもそれを自分は全然イヤじゃないと思っていた。それどころか何時しかそんな風に振り回されるのさえ、楽しいと思うようになっていた。
「…えっと…そのだな…」
だからと言ってまさか、彼女からそんな言葉を言われるとは思ってもみなかった。こんなに可愛くて明るくて、モテる彼女が自分に振り向くなんて思ってもみなかったから。
「…俺も…好き…だよ…」
言った途端に耳まで赤くなってしまった…紫暮兵庫一生の不覚。でもその途端ぱあっと花が咲くように彼女は、笑ったから。その笑顔を見れただけでも…幸せという事にしよう。
「私も紫暮さんが大好きっ!!」
満面の笑顔とともに彼女の細い身体が抱きついてきた。それを俺は咄嗟に受け止める。女の子の、身体。自分なんかよりも小さくて細い身体。それでもちゃんとこうして動いているのが凄く、不思議だった。
ちょっとでも力を入れたら壊れてしまうんじゃないかって、そんな事を考えたら受け止めるだけで精一杯になってしまった。こんな時、気の効いた男ならそっと抱きしめ返すのだろうけれども。
「…大好き…紫暮さん…」
それでも嬉しそうに笑って自分の胸に顔を埋める彼女を見ていたら。
見ていたら自然に…自然に手がその髪を撫でていた。
…そんな貴方の不器用な優しさが…好き。
大きくて拾い胸に顔を埋めながら、ちょっとだけ不覚にも泣きたくなってしまった。本当は自信なんてなかった。この気持ちを受け止めてもらえる自信が。
だって貴方は誰にでも優しいから。それに私が気付いてしまったから。
貴方は何時も危険な場所に真っ先に行って、そして仲間達を護ってくれる。何時も一生懸命に戦って、傷ついて…それでも笑顔を向けてくれるから。
その笑顔と優しさが仲間達全てに平等に注がれているのかと思うと。そう思うとちょっとたけ淋しかった。貴方のそんな所を好きになったのに、そんな風に思ってしまう自分が我が侭でイヤだった。
でも今こうして私の髪を、不器用な動作で撫でてくれるから。だから、私は。
…私は世界一の贅沢者だなって…思った。
どんな小さな痛みでも、哀しんでくれる貴方が好き。
どんな小さな傷でも、一生懸命癒してくれる貴方が好き。
綺麗な想いも、完璧な想いも、いらないから。
…その優しい想いだけで…いいから……
「…本郷?…」
中々顔を上げてこない彼女が心配になって、名前を呼んでみた。すると彼女はその可愛い顔を上げて、俺を見つめた。
その瞳が何処か潤んで見えたのは…見えたのは俺の…気のせい?
「紫暮さん、少し屈んで」
「こうか?」
「うん、ちょうどいい」
言われた通りにした俺に、また彼女は悪戯をする前の子供のような瞳を向けて。そして。
「大好きです、紫暮さん」
そして俺の唇にひとつ、キスをした。
不器用で、全然スマートじゃないけど。
でも貴方は私にとって最高のヒーローだから。
「…あ、……」
「くすくす、紫暮さん顔、真っ赤ー」
「…いやその俺は…えっとー…」
「でもね、紫暮さん」
「私の顔も真っ赤なんだよ」
優しいひとが、好き。
こころの広い人が、好き。
お金も外見もプライドも何もいらない。
不器用な優しさを持っている貴方が好き。
ふたりで真っ赤になって。
そして見つめあいながら。
…見つめあいながら…笑った…
…本当に優しいひとはきっと。
きっととても。とても不器用なひとだと思います。
End