絆
――――言葉などなくとも、ぬくもりなどなくとも。
わらわと、そなたを結ぶもの。それはこの糸だけ。
血も肉も通っていない、この糸だけ。この糸だけが。
わらわと、そなたを結ぶもの。結ぶ、もの。
でもそれが何よりも。何よりも、ふたりにとっての絆だと。
命の暖かさがなくとも、ふたりにとってのただひとつの絆だと。
―――わらわのそばに、何時もそなただけがいた。
嬉しかった時も、哀しかった時も、全て。全てそなたがいた。
どんな瞬間にもそなただけが、わらわの。わらわの『本当』を、見ていた。
『…ガンリュウよ……』
その身体は、作り物。その命は、作り物。
『…我とともに…ずっと…』
ぬくもりは分け合えない。体温は伝わらない。
『…ずっと…ともにいて……』
それでも。それでも感じることが。それでも、感じるものが。
―――そなたと、わらわには…あるのだから……。
全てを失った日。何もかもを失った日。自由になる脚も、大切な家族も、大事な故郷も、全て。
全てが火の中に消えていったあの日。全てを失ったあの日も、そなただけがわらわのそばにいた。
何も言わず、何も語らない。命の鼓動も、肌のぬくもりもない。それでも。それでもそなただけが、そばにいてくれた。そなただけが、わらわの。わらわの心を、想いを、知っている。
『…わらわの…半身……』
指で触れれば、それはただの木の感触でしかない。
『わらわの、伴侶』
ただの作り物でしかない。それでも。それでも。
『…そなただけは…わらわを決して独りにはしない…』
それでも確かに、伝わるものがある。確かに…感じるものがある。
それを絆と呼ぶには…わらわは、子供過ぎるのか?
動かない脚の代わりに、そなたが大地を歩く。その土の匂いと、感触と、そして。そして暖かなぬくもりを、わらわの代わりに感じるのはそなただから。
そしてそんなそなたから、わらわは感じる。この大地の命を。この暖かき命を。わらわが感じられないものを、そなたが変わりに感じ。わらわが得られないものを、そなたが得る。こうして。こうして、ともに感じる。ともに、分け合える。
「…ガンリュウ……」
あの日何もかもを、奪われたけれど。何もかもを失くしたけれど。それでも。それでもそなただけは。そなただけは、わらわとともに。わらわの、そばに。
ずっとそばにいてくれた。わらわを独りにはしなかった。わらわに、そなたと云う存在を残してくれた。そなたと云う存在を与えてくれた。
「―――いや…そなたに言葉などいらない」
そなたはただの人形。ただの作り物。それでも。それでもこうして。こうして伝わるものがある。伝わるものが、あるから。
言葉など語らなくとも。
命の音が聴こえなくても。
それよりも大切なものが、それよりも大事なものがふたりにはあるのだから。
そなただけが、見てきた。そなただけが、知っている。
わらわの、想い。わらわの、哀しみ。わらわの…本当の顔。
笑顔も、泣き顔も、喜びも、哀しみも、全て。
全て見てきた。ずっと、見てきた。わらわの全てを、ずっと。
それは何よりも、得がたいもの。
それは何よりも、大切なもの。
わらわ達は、結ばれている。紅の糸ではなく、この操りの糸だけれども。
それは決して千切れることも、離れることもない。
この指先だけが、世界の全てだと言うように。ずっと。ずっと、ずっと。
血よりも生よりも、もっと。もっと大事なもので結ばれているから。
「…ガンリュウ……」
独りでは眠れない。炎が夢を焼き尽くすから。悲鳴が言葉を遮るから。だから。
「…わらわの…命……」
だからそなたがいて欲しい。わらわの夢を、そなただけが護る。そなただけが。だから。
――――だから、永遠に。わらわが死ぬその瞬間まで…そばにいて……
End