君の笑顔

――――笑ったらきっと、綺麗だろうと思った。


何時も独り、その広い屋敷内で。
誰にも関わらずひっそりと。ひっそりと暮らしているから。
俺みたいなうるさい奴が行くとひどく迷惑そうな顔をして。
だからあまり近づかなかったけれど。けれども本当は。


本当は何時も、何処かで気にしていたんだ。


笑ったら、微笑んだら、きっと。
きっと綺麗だと思う。誰よりも綺麗だと思う。
けれどもその言葉を俺が言っても。

言っても、きっと。きっと微笑ってなくてくれないんだろうな。



「…相変わらず…でけーな……」
風祭はその屋敷を見上げながらため息混じりに呟いた。無理もない。雹の住む館はこの鬼哭村の中でも一番とも言えるほどの、大きさなのだから。それも彼女の『同居人』の為に。
「〜ってそんな事言ってられねーな、お邪魔するぜ」
がらりと勢いよく扉を開けて、風祭は中へと入ってゆく。小さな風祭にとってその屋敷の中身は、どれもこれもが大きく見えた。けれどもそれを納得させると自分が小さいという事が強調させるようだったから、首をぶんぶんと振って否定したが。
それでもやっぱり『でけーよなぁ』と無意識のうちに呟いてしまうのは愛嬌だろう。
「おーい、雹居るかーっ?」
大きな声を出すのは得意だったから、めいいっぱい声を張り上げた。その位しなければこの広い屋敷に声が届かないのではないかと思ったから。けれども逆にこの広すぎる屋敷の静けさならば、幾らでもその声は通る事もまた事実だったが。
しばらくすると地響きのような音と共に、この館の主が現れる。ただ独りの『同居者』と共に。
「―――そなたか…相変わらずうるさい奴じゃ…」
「うるさいって…この屋敷がでけーのがいけねーんだっ!」
「仕方あるまい、ガンリュウがいる以上この屋敷を狭くは出来ぬわ」
指で軽く漆黒の髪を掻き上げて、雹は呆れたように言った。自分の倍以上もありそうな大きな人形に抱きかかえられ、そしてこうして見下ろされるのが。見下ろされるのが何よりもイヤだった。バカにされているみたいなのと、自分が小さいのだと言われているようで。けれども歩く術を持たない彼女がこうする事は仕方ない事だとも、また風祭は分かっていたが。
「ち、まあいいよ。それよりも」
本当は真っ直ぐに見つめ合いたいと思った。視線を真っ直ぐに見つめあいたいと。対等に向き合いたいと。けれどもこの物理的な距離が、まるで心の距離のようにも風祭には思えて、少しだけ哀しかった。
どんな事があろうともどんな立場であろうとも、この村に住む以上『仲間』だと。大事な仲間だと風祭は思っていたから。だからもう少し。もう少し自分達に心を開いて欲しいと。

―――もう少し自分に、こころを開いて欲しい、と。



笑ったら、きっと綺麗だと思う。
凄く凄く綺麗だと思う。本当に。
本当にこころから、微笑ったならば。


どうしたら、その顔を笑顔に出来るのだろうか?



風祭はひとつ呼吸を置いた。ごくんと唾を飲み込む音が嫌に耳に響いた。
それでも意を決して雹を見上げる。そして。
そしてすうっと息を飲み込んで一気に目的の言葉を告げた。


「これ、お前にやるっ!」


目の前に差し出された小さな花たちに雹の表情が変化する。普段憂いを帯びてただ静かにしているだけの少女の。少女の顔が、子供のように驚いた顔になる。けれどもそれは目をぎゅっとつぶってしまった風祭には見ることが出来なかったが。
「…どうしたのじゃ?花など…気でも触れたのか?」
何を言っていいのか分からず、雹は思わず妙な事を言ってしまう。本当はもっと。もっと別の言葉が言いたかった筈なのに。
「触れてなんかねーよ。ただ…ただ、どーしたらお前が……」
そこまで言って風祭の顔がかああっと朱に染まる。耳まで真っ赤になってしまった。それにつられるように雹の陶器のような白い肌も微かに紅く色づく。
「…どーしたら…その…笑って…くれるのかなーって……」
それだけを言うと耐えきれないのか風祭は俯いてしまった。そんな彼を見下ろす雹もどうしていいのか分からずに言葉を捜している。けれども捜してもこんな時に。こんな時に何と言えばいいのか、言葉が見つからなくて。

見つからなくて、ただ。ただ困ったような照れたような…少女の顔で風祭を見つめるだけだった。


『なー、たんたん…どーしたら女の子って喜ぶかな?』
『って澳継どーした?急に色気づいて』
『ち、ちげーよっ!ただ…ただ笑った顔見るにはどーしたらいいのかって』
『ふーん、そうかぁ。澳継は…』
『って何にやけた顔してんだよっ!』
『いやいや、いいんじゃない。あのお姫様は一見冷たそうに見えるけど、けっこう淋しがりやみたいだし』
『ちょっと待て、誰も俺は雹の事だと―――あっ!!』
『ハハハハ、自分でばらすなんてまだまだ子供だな』
『子供扱いするなっ!』
『悪い、悪い。でもいいと思うよ。雹には君みたいなバカみたいに明るい子の方が、きっと本来の少女らしさを取り戻せる気がする』
『…バカは余計だっ!バカは……』
『とにかく、花でも持ってゆけばいいんじゃないか?君がそういう事をしたという事実がきっと』


『―――きっと彼女を笑わせてくれるよ』



本当にただ。ただ笑った顔が見たかったんだ。
何時も何処か淋しげで、うつむき加減のその表情が。
ただ楽しそうに、微笑ってくれたなら。


――――俺は、それだけで良かったんだ。


「…あ、その……」
頭上から降って来る戸惑った声が。
「…その…あの……」
その声が俺の顔を自然に上げさせて。そして。
「…あの……」


「…ありが…とう……」


少しだけはにかんで。少しだけ困ったような顔をして。
そして次の瞬間に。次の、瞬間に。そっと。
そっと口許が綻んだ。まるで蕾が開く花のように、そっと。



――――そっと、お前が、微笑う。それは初めて咲いた、春の花のように。



「あ、いや…その…喜んでくれて、よかった…」
上手く言葉が紡げない。上手く気持ちが言えない。でも。
「…そんで…笑ってくれて…よかった……」
でも、そなたが笑うから。嬉しそうに、笑うから。


わらわも自然と。自然と、そなたと同じように笑っていた。
太陽のような眩しい笑顔を向けるから。屈託のない笑顔を向けるから。


何時しか子供の頃に戻ったように、声を上げて微笑っていた。




「…やっと見れた…」
「―――え?」
「…あ、いや何でもねーよ独り言だよ」
「変な奴じゃなそなたは」
「おめーには言われたくねーよ」
「良いではないか、変な者同士で」
「…あ、そうだな。うん、そーだな」
「だったら言うがよい。何が見れたのじゃ?」
「…そ、それは…それはその……」


困ったような顔をして、そして。そして俯きながら風祭は言った。雹にだけ、聴こえる声で。




――――お前の綺麗な、笑顔、と。

End

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