こうしてそばにいるだけで、とても。とても心が暖かくなれること。
何時も気が付けば、貴方がそばにいてくれたから。何時も貴方がそばにいてくれたから。
「どうしたの?ほのか。ぼーっとしている」
頭上から掛けられた声に顔を上げれば、何時もの太陽のような貴方の笑顔があった。全てを照らす太陽のような、暖かい笑顔が。
「あ、クリスさん…」
びっくりしたような顔をしたら、逆に貴方のほうが困ったような顔をした。そんな貴方の顔がひどく可笑しくて笑ったら…笑ったら、貴方も微笑ってくれた。
「ぼーっとしていたのではなくて、考え事をしていたのです」
「考え事?オレの事とか?」
冗談交じりに言う貴方に、私はどんな顔をしていいのか分からずに困った顔をした。本当にこんな時に、どんな顔をすればいいのか分からない。今までずっと。ずっと主の為だけに、主だけを思って生きてきた私には。こんな瞬間にどんな表情をすればいいのか、本当に分からなかったから。
けれどもそんな私に。私に貴方はひとつ、優しく微笑う。そしてそっとその大きな手を、私の頬に重ねて。
「そんな顔をされると、オレの方が困ってしまう。まるでキミを困らせているみたいだ」
「そ、そんな事は…私は…その……」
どうしていいのか分からずに俯いてしまった私を、そっと。そっと貴方の手が髪を撫でる。頬に触れた手が離れて、私の髪に。でも私の頬は貴方が触れた手の感触がまだ残っていて。その大きくて暖かい、感触が。
「Sorry…キミを困らせるつもりじゃなかった。ただ」
何時しかその手の暖かさよりも私の頬の熱さの方が、勝るようになっていて。それに気付かれないようにと、そんな事ばかり考えるようになっていた。
「ただそうだったらいいなって、願望を言ってみただけだよ」
けれども気付かれて、しまったから。髪を撫でられたまま抱きしめられた、その腕によって。
知らなかったから。本当に知らなかったから。
ずっと主のためだけに生き、主に祈りを捧げていた私は。
私はそれだけの為に生きてきたから。だから。
だから、分からないのです。普通の女の子のように。
普通の少女のように恋をして、相手に接する事が。
好きな人にどうすればいいのか、そんな事が分からないのです。
祈りの言葉も、聖書の言葉も分かっていても。
ただ恋する少女の言葉が、態度が、分からないのです。
こんな時どうしていいのか…分からないのです。
…これが恋する気持ちだと気付くことすら…やっとだったから……
「…あ、あの…クリスさん……」
好きだって。大好きだって。神様を思う気持ちとは別の。
「ほのかは、イイ匂いがするね」
別の、気持ち。もっと苦しくて、でも暖かくなれる気持ち。
「甘い匂いがするよ」
とても、とても大切な気持ち。
――――それは聖書にも主の教えにもなかった…かけがえのない想い……
宙に浮いていた手を私はそっと貴方の背中へと廻した。こんな時どうすればいいのか…教えてくれたのは貴方だった。少し照れながら、でも嬉しそうに『背中に手を、廻して』と。
「やっぱり女の子は甘い匂いがするね、何も付けていなくても」
手を廻したら、ぎゅって抱きしめてくれた。少し痛かったけれど…でも凄く嬉しくて。嬉しくて、脚がふわりと浮いてしまうようなそんな感覚だった。
「…クリスさん…そのお腹空いているのですか?」
「What?どうして?」
「…だって甘い匂いがするって言うから…甘いものが食べたいのかな?って」
私の言葉に貴方は一瞬きょとんとした顔をして。そして次の瞬間に声を上げて笑った。楽しそうに笑って、そして。
「そうだね、食べたいね。お菓子よりも甘いキミを」
「―――え?……」
私がその言葉の意味を理解する前に、そっと。そっと私の唇が貴方のそれによって、塞がれた。
好き、大好き。貴方が好きです。
こんな風にそばにいるだけで。
そばにいるだけで、嬉しくなれるのは。
嬉しくなって、泣きたいくらい切なくなるのは。
貴方だから。他でもない貴方、だから。
大好きです。私の全部で、貴方だけが好きです。
何も知らないけど。私、主への言葉しか知らないけれど。
でも一つずつ貴方が。貴方が教えてくれるから。
恋する気持ちを、祈りではない言葉を。
本当に大切な想いを、貴方だけが私に教えてくれるから。
そばにいるだけで、貴方は私にたくさんの大切なものをくれるから。
「こんな時にそんな顔をするのは反則だよ、ほのか」
「―――え?」
「そんな可愛い顔をしたらオレ…どうしていいのか分からなくなる」
「…私も…その…分からないです…こんな時…どんな顔すればいいのか…」
「一緒だね」
「え?」
「分からないのは、一緒だね」
「…クリス…さん……」
「だったら今の顔でいよう。互いに、ね」
「…はい…クリスさん……」
見つめあって、そして笑った。
何だか可笑しくて、ふたりで笑った。
一緒だって言われて、嬉しくて。
とても嬉しかったから。
ふたり一緒なのが、嬉しかったから。
「…これからもずっと、こうして一緒にいよう……」
End