暖かい光が、私に注がれる。瞳に映る事なくても、それでも注がれる光。
暖かい、光。瞼を擦り抜ける優しさが、私には泣きたいくらいにしあわせだった。
――――そばにいて、ください。それだけでいいから。
「…痕が…消えないね」
私の手に繋がれた鎖は、貴方にって解かれた。永遠とも思える黄泉の鎖を、貴方が引き千切ってくれた。
「…龍斗さん……」
指先が、触れる。貴方の指先が私の手首に触れる。そこから染みこむ暖かさと、優しさは。それがどんなに私を包み込むか、貴方は気付いているのでしょうか?
「でも俺が必ず、消すから」
「…あ……」
手首に濡れた感触を感じる。貴方の唇が押し当てられ、そのまま。そのままそっと口付けられた。鎖の痕で真っ赤になっているであろう、手首に。
「…比良坂…俺が必ず…お前を……」
そのまま指が絡まり、身体を抱きしめられた。広い、胸。広い、腕。その感触があるから私は。私は、こんなにも。
――――こんなにも…泣きたくなるくらいに…しあわせ……
消える事のない鎖の痕が、今までのお前の全てを現しているようで辛かった。ずっと闇に捕らわれ、運命に弄ばれながらも、それでも。それでもこうして俺の前に現れたただ独りの女。俺にとっては…ただ独りの女。
「…比良坂……」
細い身体を抱きしめた。きつく抱きしめ、その髪に顔を埋める。金色の綺麗な髪だった。さらさらの指を擦り抜ける細い髪だった。微かに甘い薫りのする…髪だった。
「…龍斗さん、痛いです……」
くすりとひとつ微笑いながらお前は言うと、おずおずと背中に手を廻した。細い腕が、透けるほどの白い肌を持つその腕が。俺にとっては痛々しいほどに苦しいものに思えた。
どうしてもっと。もっとお前を早く見つけられなかったのかと。
呼んでいる声があった。遠くから呼んでいる声が。
俺だけを呼び続ける、哀しい歌声が。優しい歌声が。
それが何時も俺を包み込み、そして。そして護ってくれていたのに。
どうして気付かなかった?どうしてもっと早くに気付かなかった?
お前の腕の痕が消えなくなる前に。その鎖が繋がれる前に。
見世物にされる前に。運命に弄ばれる前に。
―――どうして俺は…お前を…見つけられなかったのか?……
「…すまない…俺が……」
聴こえていたのに。ずっとお前の歌が。
「…俺がお前を見つけられなかった……」
優しく哀しい歌が、ずっと。
「…この痕が残る前に……」
ずっと俺の中に響いて、そして流れていたのに。
「…いいえ…私は貴方の傍にいられるだけで…それだけでしあわせです……」
長くなんてなかった。辛くなんてなかった。
貴方のことを考えている間は、何も苦しい事なんてなかった。
この胸に宿る貴方への想いが、こうやって育まれてゆく時間すら愛しいものだから。
貴方の事を考えている間は、貴方のそばにいられる気がしたから。
貴方がこうやって私のそばにいてくれる気がしたから。だから。
だから全然平気だった。全然、辛くなんてなかった。
私、しあわせだから。ずっと貴方を想う事が出来て、しあわせだから。
あかぎれの傷だらけの手でも、貴方は綺麗だと言ってくれた。
この手が、好きだって言ってくれた。指先一つ一つに口付けてくれた。
目の見えない私の睫毛を、好きだと言ってくれた。瞳が閉ざされていても。
そんな私を好きだと言ってくれた。瞳が見えなくても、分かるからと。
こころが綺麗だから、暖かいから、分かるからと。
――――そんな貴方が…私は何よりも好き…何よりも大好きだから……
「…比良坂……」
しあわせ。貴方とともにいられるしあわせ。
「…貴方がこうしてそばにいてくれるだけで」
一緒にいられるしあわせ。こうして。
「…私はしあわせです……」
こうして伸ばした指先が触れる、しあわせ。
貴方に出逢えてよかった。貴方が私の光で、よかった。
そっと、指先が触れる。
触れて絡まって、そして。
そして結び合う手のひらが。
何よりもあたたかく、何よりもやさしい。
「―――俺も、だ…比良坂…お前がいるから俺は…どんな運命も乗り越えられる……」
End