人を殺すことしか知らないと。戦いの中でしか生きられないと。
そうやってずっと過ごしてきたから、知らないって。
それ以外のことを、知らないんだって言った。
だからボクは、教えたかったんだ。それ以外のことを、キミに。
「壬生クンだよね」
何処か幼さの残る顔で微笑う、彼女を霜葉は知っていた。以前龍閃組として自分ら鬼道衆の前に立ちはだかった、一人。そしてその時、自分を真っ直ぐと見つめた少女。
「ボクの事、憶えている?」
見上げてくる瞳は初めて出逢った時と同じ真っ直ぐで。大きな曇り一つない瞳が、迷う事無く見つめてくる。忘れようとも忘れられない強い印象を持つ瞳。
「―――ああ……」
普段ならば忘れた、と。知らないとそう言ったはずなのに、何故か口から零れて来たのは、肯定の言葉だった。
この真っ直ぐな瞳に引き寄せられるように、唇が自然とそう言っていた。
「へへへ、よかった。憶えててくれたんだね、嬉しいよ。ボクは小鈴。桜井小鈴って言うんだ」
無邪気に微笑う彼女。そこには悪意も探りも何もない。ただ純粋に、自分に再会出来た事を喜んでいる表情だった。ただあの時数回言葉を交わしただけの相手なのに。
「えっとー壬生…」
軽く首を傾げて一つ指を立てて、頬に当てる。子供のような仕草。彼女にとって敵だった事はきっと些細なことなのだろう。それよりも今仲間だという事実のほうが…大事なのだろう。
「―――霜葉、だ」
何故だか分からない。けれどもその素直さが、自分の口を心とは別方向に滑らせる。他人とは関わらないようにと、まして女とは関わらないようにとしてきた自分が。そんな、自分が。
「壬生霜葉、いい名前だね。霜葉クンだね」
こんなに自然に彼女に近づこうとしているのは、どうしてだろうか?
『初めはね、ちょっと緊張したんだよ』
背中から俺に抱き付いて、そして。そしてはしゃぐ彼女。
『でもキミの瞳がまだあの時のように淋しそうだったから』
はしゃぎながら俺を抱きしめて。抱きしめて、包み込む彼女。
『だからボク…キミに笑って欲しかったんだ』
俺の孤独を、俺の心を包み込む彼女。
『キミのね、微笑った顔が…見たかったんだ』
好きだって気付いたのは、何時だったのかな?
初めから好きだったのかな?それとも突然好きになったのかな?
今となっては分からないけれど。ううん、一生分からなくていい。
分からない限りずっと、君がどうして好きなのか考えるから。
―――考えるから、一緒にいようね。
戦いの中で彼女は何時も俺の後ろにいた。単独行動を取りがちな俺に、彼女はいつも付いてきた。なぜだと聴くと一言、笑いながら言う―――ボクらは仲間なんだよ、と。
他人と交わることが苦手な俺は何時も独りでいた。ある意味孤立していたのかもしれない。けれどもそれで構わなかった。俺は一向に構わなかった。今までそうやって生きてきたから、あえて自分の生き方など変える理由もなかったのだから。けれども。
「ダメ、一緒にいようっキミも大事な仲間なんだから」
けれどもそんな俺に彼女だけは着いて来た。他の仲間が何処か距離を置きながら付き合う中で、それこそ土足のまま俺の心にずかずかと入り込んでくる彼女。
それが何時しか。何時しか俺にとっては……。
「―――かつて仲間だった者は変わっていった…だからもう俺には仲間は…」
愛しいものへと、変化していた。護りたいと想うものなど、大切にしたいと想うものなど、もう俺には持てないと思っていたのに。
「でも今キミはボクたちと一緒にいる。一緒にいるのはやっぱり仲間が欲しいからだよね」
この真っ直ぐに俺を見つめる瞳が。壁を作る俺の中に迷いなく飛び込んでくる彼女が。その全てが、今の俺にとって。
「…桜井……」
どうしようもない程に愛しいと。どうしようもない程に大切だと。そう思わずにはいられない、から。
「小鈴でいいよ…ううん、小鈴って呼んで欲しい…キミにはそう…」
気が付いた時には俺は。俺はその小さな身体を、そっと抱きしめていた。
キミの背中を、護りたい。
何時も前だけを見て戦うキミの。
キミの無防備な背中を、ボクが。
ボクが、護りたいんだ。キミを。
――――ねえ、これが好きって気持ち…なんだよね……
「…霜葉…クン?……」
驚いたように俺を見上げる彼女は、けれども腕の中から逃げようとはしなかった。
ただ本当に驚きに見開かれた瞳を俺に向けるだけで。
「―――お前が…好きだ……」
顔を見るのが怖くて…どんな顔をされるのか分からなくて、俺はその身体をきつく抱きしめた。表情が見れないようにと。こんな時自分がひどく餓鬼だった事に、気付く。
「…あ、あの…あの……」
そんな俺にどうしていいのか分からないと言った声を上げて、そして。そしておずおずとその両手が俺の背中に廻されて。
「…あっえっと…その…ボクも……」
「…ボクも…好き………」
キミの笑った顔が、ずっと見たかった。
戦い以外で『生きる』キミが、見たかった。
そしてそんなキミの隣に。そんなキミと一緒に。
――――ボクはキミと一緒に…いたかった……
「へへ、好き。大好き、キミが大好きだよ」
見上げて、笑う彼女。無邪気な笑顔の彼女。
「―――ああ…俺も…」
この笑顔が見られるならば。この笑顔を護るためなら、俺は。
「…俺も…好きだ……」
どんな事でも出来る気がする。どんな事でも、出来る気が。
「よく言えました。なでなでしてあげるね」
ひょいっと爪先立ちになって俺の頭を撫でる彼女がひどく可愛くて。
こんな事で俺はバカみたいにしあわせだと、生きている事を感じた。
戦い以外の場所で、戦場以外の場所で、彼女と。
彼女と生きたいと、思った。
「…なでなでって…俺は餓鬼か……」
「へへ、だって霜葉くん。なーんにも知らないもん」
「戦う以外にか?」
「うん、だからね。だからこれから一緒に」
「―――ああ、そうだな…俺は餓鬼で何も知らないから…お前と」
「…お前と一緒に…色んなことを…知りたい」
一緒にいようね、いっぱいいっぱい教えてあげるから。
いっぱいいっぱい、感じたいから。
楽しいことがたくさんある事を。戦い以外に大事なものがある事を。
ふたりでいれば、きっと。きっといっぱい、見つかるから。だから一緒にいようね。
End