貴方を、抱いて。そして夜に、溶けてゆく。
冷たい水の中にいるようで。静かな水底にいるみたいで。
目を閉じれば零れてゆくのは、透明な水。流れてゆく、水。
その中に、僕の紅が。僕の血の紅が混じりあって。
そして絡まり、ぐちゃぐちゃになって。
――――足許から、静かに埋められてゆく……
目を閉じれば聴こえてくる、細かい水の音が僕を狂わせる。少しずつ、神経を苛み。そして狂った時計だけが時を刻んで。何もかもが少しずつ、ずれてゆく。世界が、歪んでくる。
「…八戒…てめー…っ!」
紅い髪が綺麗だと、思った。紅い瞳が綺麗だと、思った。綺麗でそして。そして怖いと、思った。血の色が、ゆっくりと僕の中へと浸透してくるから。
「たまには可愛げのある言葉も吐いて欲しいものですね」
「って吐けるかっボケっ!!いきなり押し倒してそれは―――んっ!」
顎を捕らえて強引に口付けた。抵抗されるのは分かっていたけれど。けれどもそれがすぐに収まる事も僕には分かっていたから。
「…んっ…んん…ふっ……」
薄く開いた唇に舌を忍び込ませ、そのまま貪った。きつく根元を吸い上げれば、瞼が震えるのが分かる。何時しか僕を撥ね退けようと抵抗していた手も、僕の衣服を握り締めていた。
「…ふぅっ…はぁっ…ん……」
舌が、絡まって。ぴちゃぴちゃと濡れた音を立てる。その音が何時しか細かい雨の音を消し去って。
「…八戒…お前……あっ……」
唇が離れて貴方が真っ先に呼ぶのは僕の名前。それだけでひどく満たされる自分がここに、いる。そしてそれでもやっぱり満たされない自分も。
舌を伸ばし顎に伝う唾液を舐め取った。透明な液体はけれども何処か微かに、血の味がした。貴方の紅い髪が、貴方の紅い瞳が、それを感じさせるのだろうか?
「…雨…の…せーか?……」
伸びて来る手が、俺の髪を撫でた。そうして貴方はひとつ、微笑んで。何時もの人を食ったような笑顔で。
「…じゃ、しゃーねぇなあ…来いよ、ほら」
そうして貴方からキスを、してきた。その笑顔が、その行動が、僕を現実の世界へと何時も導いてくれると気付かずに。
聴こえてくるのは、何時も。何時も冷たい水の音と、そして。
そして『あちら側』へと誘う声。あちら、側へと。
その声に身を委ね、眠ってしまえたら楽になれるのだろう。
優しい囁きに全てを委ね、ただ。ただ堕ちてゆけたならば。
―――けれども、その紅い瞳が僕を現実へと引き戻す、から。
真っ赤な色。真っ赤な髪、真っ赤な瞳。
罪の色が、消せない罪の色が何時も。
何時もこうやって僕を引き戻してゆく。
現実へと、こちら側へと。僕を、引き戻してゆく。
―――貴方の瞳と、貴方の声、だけが……
首筋に口付けて、そっと噛んだ。肌に痕を残るのを極端に嫌がった貴方だから、余計僕はこうして痕を付けた。
「…はぁっ…あ…止めろって…言ってんのに…はぁっ…」
多分シルシを残したかったのだろう。僕が生きているんだと確認する為に。僕が現実にこうしているんだと確認する為に。こうやって、痕を残すことで。生きている貴方に痕を残すことで。
――――僕は『生』を、確かめている。
「…はぁっ…あぁ……」
首筋から鎖骨のラインを舐め上げ痕を残し、そのまま胸元へと舌を滑らせた。胸の飾りに辿り着くとそのまま口に含んで舌で転がした。それだけで胸の果実はぷくりと、立ち上がる。
「…あぁっ…はぁ…八…戒…っ…」
紅い髪が、ふわりと靡く。純粋にそれを綺麗だと思った。綺麗だと、思った。この瞬間だけは何故か血の色を忘れさせる。どうしてだろうか?どうして、なんだろうか?
「―――悟浄……」
抱いているのは僕だけど、抱かれているような気がする。何時も、そう思う。こうして行為を進めながらも、ひどく。ひどく護られているような気がするのはどうしてだろう?
「…ああ…あっ…んっ……」
胸を指で弄りながら、もう一方の手を身体に滑らせた。わき腹から臍のくぼみ、そして下半身へと。脚を開かせそのまま中心部に手を這わす。ソコはすでに微かに形を変化させていた。
「…くふぅっ…あぁ…っ……」
側面を撫で上げ、先端に爪を立てる。そのまま抉るように爪を突き刺したら、びくんっ!と身体が跳ねた。それと同時に紅い髪もふわりと跳ねる。それが。それがやっぱり何よりも綺麗に見えて。
「貴方だけが何時も…何時も僕を、導くのですね……」
その髪にそっと。そっと口付けた。血の味は、しなかった。
深い水底にいる僕の頭上に。
真っ赤な光が覆ってくる。
足許を浸す水すら蒸発させる強いモノ。
強い、光。ただひとつの光。
―――それだけが、僕をココから引き上げてゆく……
「あああ―――っ!!」
一気に身体を引き寄せ貫いた。抱いている時が一番。一番満たされ、そして一番孤独を感じる。何かに溺れることで、何かから逃げているようで。何かに満たされることで、何かから隠れているようで。ただ、ただ切ない。
「…あああっ…あああ…八戒…あぁぁっ!!」
それでもこういう事でしか、こうやって肌を重ね合うことでしか、生きる事を感じられないのならば。こうして、鼓動を重ね合うことで。
「貴方だけが僕を『現実』へと引き止める」
地上に結ばれた鎖。それを握っているのは貴方で、それを外すことが出来るのも貴方だけ。死と言う優しい眠りから僕を引っ張り出すのも、貴方だけ。
「…あたり…めーだろうが…おめーは…仲間だ……」
貴方の声だけが。貴方の腕だけが。貴方の瞳だけが。貴方の、こころだけが。
「…大事な…仲間だ…だから勝手になんて…させねーっ……」
「そうですね、悟浄。僕は何時も貴方の言葉に…救われている……」
手が、伸びて。そのまま僕の頬に触れて。触れて、引き寄せられて、そして口付けを交わして。
「…んんんっ…んんん……」
繋がり合う。舌が、身体が、絡まり合う。そうして隙間を埋めて。足りない部分を埋めあって。
「…ふぅんっ…んんんっ…んん―――っ!!!」
埋めあって、そして。そして満たし合う事そこが、僕が生きている『シルシ』だから。
頬の傷に、触れる時。
多分貴方は僕の目に触れている。
なくした僕の瞳に、そっと。
そっと、触れている。
そうして僕らは互いの傷を、埋め合っている。
「…ちーとは…元気出たか?……」
「もう一回させてくれたら完璧ですよ」
「〜〜ってしゃーねぇ奴……ってまあいいか…」
「…お前とすんの…イヤじゃねーからよ……」
深い海の底、冷たい水の音。でも貴方の声を、貴方の鼓動を感じていれば。
―――何時しか、全てが消えてなくなるのだろう。
END