FINAL

貴方の、手。貴方の、髪。
貴方の、指先。貴方の、声。

全部、ああ全部…全部…真っ赤になって……



「…泣くなよ…八戒……」



血塗れの指先が、僕の頬に触れる。おかしいね、本当なら血塗れの手は僕の方なのに。僕の方が、穢れているのに。ねぇ、おかしいね…悟浄……。
「…ご…じょう……」
何時もなら何気なく呼んでいたその名前も声にしてみれば、ただ。ただ零れ落ちる音でしかなくて。声が零れてゆくだけで。
「…泣くなよ、バーカ…そんな顔したら…襲うぞ……」
襲っても、いいよ。何時もみたいに抱きしめて。そしてキスをして。数え切れないくらいたくさんのキスを。零れるくらいに、溢れるくらいにキスをして。
「…だから…泣く、な……」
血塗れの、手。真っ赤な手。貴方の髪と、貴方の瞳と一緒の色。大嫌いな色。そして逃れられない色。やっぱり僕は永遠にこの色から逃れられないのだろうか?貴方にとらわれた瞬間に、貴方を愛した瞬間に、この血がそっと零れて僕の中へと染み込んで。そして。そして内側から支配される、ただひとつの呪縛。逃れられない呪縛。
「…貴方がそんな…色をしていなければ……」
頬に掛かる貴方の手をぎゅっと握り締めた。そうしなければ貴方を死が浚っていってしまいそうで。貴方を連れ去ってしまいそうで。だから僕は、力の限りその手を握り締める。


何時もその色は、僕の大切なものを連れ去ってゆく。
真っ赤なその色は、僕の大切なものを全て奪ってゆく。


なのに僕は貴方が好きで、貴方を愛している。
紅い色をした貴方を。紅い髪と紅い瞳の貴方を。
戒めの色である筈のその紅ですら、貴方のものだと思ったら。
貴方の色だと思ったら。どうしようもなく。


――――どうしようもなく、愛しくなった……



「…行かないで…何処にも……」



てに、くちづけた。
ちまみれの、てに。
くちづけて、そして。
そして、そっと。
そっと、すべてを。
すべてを、けしさりたくて。

あなたにこびりつく『紅』を、けしてしまいたくて。



「…何時死んでも別に構わねと思ってたけど…お前残してゆくのが…つれーよ…」



微笑う、貴方。それは何時もの笑顔。何時も僕に向けてくれる笑顔。でもそこには何時もの腕がない。僕を抱きしめる腕がない。何処にも、ない。こうして手を重ねていなければ貴方の手はここから滑り落ちるでしょう。宙を舞い、そのまま。そのまま落ちてゆくのでしょう。


「…悟浄…好きです……」
「…ああ…知ってんよ……」
「…ずっと好きです…」
「…俺も…だ…ぜ…俺も…な…ずっと…」


「…ずっと…愛して……」




視界が、霞んで来る。視界が紅くなる。俺の瞳と同じ色に染まってゆく。ああ、待ってくれ。待ってくれ、まだ。まだ俺は。俺はお前を見ていたいんだ。お前が笑顔になるまで。何時もの笑顔になるまで。ダメだ、ダメだ、まだ俺は。俺は…


…お前を泣かせたままなんだ……


お前が、静かに。そっと、静かに。
微笑っていてくれたならば。俺はそれだけで。
それだけで、よかった。お前がこの地上で。
ゆっくりと開いた傷を塞いでいって、そして。
そしてお前が。お前がただ優しく。

―――優しく、微笑っていてくれたならば……



ああ、誰でもいい。もう少し…もう少し俺の視界を…お前を…お前をこの瞳に映させてくれ…死んでも…死んでからも…俺の瞼の裏には…お前を…お前を…見ていたいから……


だれでもいい…おれに…もういちどだけ…おまえを…おま…え…を……


この手で、癒したかった。お前の傷を。
切り開かれた傷を、この手で。
この手で俺が、そっと。
そっと、癒してやりたかった。

…でも俺はまた…またこうしてお前の傷口を開くことしか出来なかったんだな……




「…い…して…る………」



届くか?俺の言葉は。俺の声はお前に届くだろうか?
ただひとつの想い、ただひとつの願い。お前に届くだろうか?


微笑っていてくれ。ずっと、微笑っていてくれ。
お前が何もなく微笑っていられる世界が、望み。
それが俺の、ただひとつの願い。


――――誰でもいい…届けて…く…れ……




「―――悟浄っ!!!!」




冷たい、手。冷たい、頬。冷たい、唇。
その中で紅い血だけが、ただ暖かかった。




「…悟浄…悟浄……」
ふれる。てに、ふれる。ほほに、ふれる。くちびるに、ふれる。そっと、ふれる。
「…悟浄…悟浄…悟浄…ご…じょう……」
こびりついたちを、したでなめて。そうしてぜんぶ、なめて。あなたを、きれいに。きれいに、する。ぼくが、ぜんぶ、あなたを。
「…ご…じょ…う……」
あなたのものならば、こぼれたちでも。あなたのものならば、みにくくなったたいえきでも。ぜんぶ、ぜんぶ、いとしいものなの。



――――あなたと『名』のつくものならばすべて、いとしいものなの。



「…愛しています…貴方だけを……」


もう独りでなくていられないと。もう誰かを失う重みに耐えられないと。いい訳ならば幾らでも思いつく。でも本当は。本当はただひとつの想いだけが、僕を支配している。ただひとつの想いだけが。



――――貴方と、一緒にいたい、と。



目を閉じて、そっと。そっと舌を噛み切って、血塗れになった口で貴方に口付ける。僕の生暖かい血が、少しでも貴方にぬくもりをもたらすかもしれないと想いながら。こうやって体温を分け与えられたらと想いながら。



…血の味のする口付けが、僕の最期の記憶となって……



    END

 

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