零れ落ちる真っ白な羽が。
降り注ぐ真っ白な羽が。
静かに紅く、染まってゆく。
それは孤独の船に眠る、ただひとつの幻。
―――目覚めたくは…なかった……
綺麗な夢だけが、そっと。そっと瞼の裏に焼き付いて。
それだけが俺の世界となって。それだけが、俺の全てになって。
ただゆっくりと。ゆっくりと堕ちてゆけたならば。
『…王子様、朝だよ……』
それでもその声は俺を呼ぶ。
不快な音となり、不協和音となり、俺の目を無理やりに開かせる。
ああ、俺は。俺はずっと。ずっとここで眠っていたいのに。
『くすくす、そうイイ子だね』
手が伸びてくる。ひんやりと冷たい手が。
まるでマネキンのような感触。冷たい『生』のしない手。
でも今。今俺が感じられるのはこの感触だけで。
『イイコだね、王子様』
冷たい、手。冷たい、唇。
キスって愛する人とするモノじゃなかったのか?
大事な奴とするものじゃなかったのか?
こんな。こんな風に、するものだったのか?
「…ニィ……」
「くすくす、名前を呼んでくれるんだね。可愛いよ」
「…俺…は……」
「可愛いよ、僕だけのウサギ」
白い小さな生き物が、目だけが紅い生き物が。
わらわらと、地上を埋めてゆく。
ふわふわの白い毛と、真っ赤な目だけが。
俺の世界に、染み込んでくる。
―――イヤだ…そんなモノは、欲しくない……
白い、羽。真っ白な羽が欲しい。
天上から降り注ぐ穢れなき白い羽が。
その羽で全て、俺を。俺を埋めて。
まっしろなはねで、おれをうめて。
肌に触れる手は、冷たい。気持ちよくなんて全然ないはずなのに。
それなのに感じる身体。それなのに甘くなる吐息。
硬くて熱いソレに身体を貫かれても、痛みよりも勝るのは快楽。
ただ、溺れてゆく。ただ、堕ちてゆく。
突き刺され、犯され、掻きまわされ。そして。
そして俺はよがり狂った。イイと、イイと、何度も声を上げて。
内側から広がる、漆黒の闇と。外側を埋める、狂気の紅。
白い羽が、静かに紅く染まってゆく。
ぽたりぽたりと、輪を描いて零れ落ちる水が。
真っ赤な水が、羽に染み込んで。
真っ白な羽に、ひたひたと染み込んでいって。
俺の身体にへばりつき、そして絡み付き。
ぽたぽたぽたぽたと。
何時しか『俺自身』から、それは零れていった。
「可愛いよ、王子様…もっとイイ声で鳴くんだね」
そう言えば、光って何処にあるんだろう?
眩しくて、目を開けていられないほどの光。
あの光は何処へ、行ったのだろう?
――――金色の髪、紫色の瞳。
眩しい。ああ、眩しい。
目を開けてはいられない。
金色の髪と、そして。
そしてもう一人別の。別の金色の瞳。
そこだけが、ふたりだけが、眩しかった。
「…蔵……」
好きだったんだ、きっと。きっと、好きだった。
敵だったけど、殺すべき相手だったけど。でも、俺。
俺、本当はきっと、好きだった。
あの隣にいるチビが何時しか羨ましいと思うようになっていた。
綺麗な金色の瞳。
俺とは違う穢れなき瞳。
―――俺は…お前に…なりたかったのかな?……
「くすくす、君は本当は『王子様』ではなく『お姫様』だったんだね…でも君の王子様は…永遠に君を助けはしないだろう…可哀想にね……」
天上の翼が真っ赤に染まり、白い羽がどす黒く染まり。
何時しか俺の手も身体も、真っ赤になって。
そして真っ黒になってゆくだろう。
それでも。それでも瞼の裏の夢だけは。
――――ずっと、綺麗なままで…綺麗なお前の…ままで……
END