雨の、におい

細かい雨が頭上から、降り注ぐ。
細かい雨なのに、それはこころへと。
こころへと、直接突き刺さる。

―――痛い程に、突き刺さる……


降り注ぐ雨の中、ふたり視線を合わせて。合わせて、そのまま。そのまま見つめ合いながら、口付けを交わした。
「…三蔵…貴方も……」
手を、伸ばして。伸ばしてその背中に抱きついた。濡れた布が指先に張り付いて、それがひどく不快だった。貴方に、こうして触れているのに。
「…雨、嫌いでしたね……」
ふたりを包み込む冷たい雨。こうして身体を抱きしめても、その雨がぬくもりを冷やしてゆく。大事なものを全て奪ってゆく雨。今こうして触れているぬくもりも…奪っていってしまうのか?
―――大切なものを…こうして洗い流していってしまうのか?……
「嫌いだな、お前も…だろうが?」
指が伸びて来て、僕の前髪をそっと掻き上げた。濡れて張りついて、そして水分を含んだこの前髪を。
「嫌いです、雨は何時も大切なものを奪ってゆくから。大嫌いです」
微笑って、そのまま。そのまま唇を奪った。伝わらないぬくもりが、イヤだから。伝わるぬくもりが欲しかったから。体温を…感じたかったから……。
「…んっ…ふぅっ…ん……」
唇を開いて、舌を迎え入れた。絡みつく舌に、自ら積極的に答えた。ぴちゃりっと濡れた音が耳に響く。もっとその音で埋めたくて、何度も何度も唇を合わせる。濡れた音で全てが埋まれば。他の音が聴こえなくなったら。
――――この雨すらも…消えてくれるような気が…したから……。


鼻孔をそっと霞む雨の匂い。この匂いが嫌いだった。
この匂いが何時も僕を。僕を闇へと運ぶから。
こころに巣食らう闇が、僕を深い場所へと。漆黒の闇へと。
遠い場所へと引きずり落とそうとするから。


「…はぁっ…ん…あ…ん……」
濡れて張りついた上着をたくし上げ、貴方の指が僕の素肌に触れる。ひんやりと冷たい感触に、ぞくりと僕の身体が震えた。けれどもそれは最初だけで、触れられた個所から広がる熱が何時しか全てを奪っていったけれども。
「…あぁっ…三蔵…ここで……」
指が胸の果実に、触れる。それは貴方の手の感触を待ちわびていたかのように、ぷくりと立ちあがった。指の腹で転がされ、口から甘い息を堪えることが出来ない。零れる吐息を、止める事が…出来ない。
「…ここで…するの…ですか?……」
「――今更だろう?それにお前の方が誘った」
再び唇を塞がれた。その間にも貴方の指は的確に僕の弱い所を滑ってゆく。僕の身体を知り尽くした指が…滑ってゆく。
「…ふぅ…はぁっ…ぁぁ……」
どさりと音がして、背後にあった木に身体を押し付けられた。けれどももう。もう僕はそうでもしなければここに立っていることすら出来なくなっていた。一人で、立っている事すら。
深い森の中。人の気配の無い森の中。頭上から降り続ける雨。それは線となり、僕達に突き刺さる。まるで刃物のように、全身に突き刺さってゆく。
「…はっ…あ…ああっ!」
脚を広げられたと思った瞬間に、僕自身に指が添えられた。与えられていた愛撫に微妙に形を変えたソレを、貴方の器用な指先が包み込む。どくんどくんと、脈打つそれを。
「…あぁぁっ…あ…三蔵っ…はぁ……」
熱い。触れられている個所が、熱い。雨の雫の冷たさも感じられないほどに。貴方が、触れている個所が熱いから。
―――その熱さが…雨を…鋭い雨を…溶かしてゆく……
「八戒」
「…あ…三蔵……はっ…」
名前を呼ばれて瞼を開く。霧に煙る景色の中で、貴方の紫色の瞳だけが鮮やかに映る。快楽に濡れた僕の瞳でも、貴方のその瞳だけが鮮やかに。鮮やかに映し出されて。
「俺も雨は嫌いだ。大事なものを連れ去るのは何時も雨だから」
「…三…蔵……」
「けれども、こうして」
「―――あっ!」
前に触れていた指が、何時しか僕の最奥へと滑ってゆく。ひくひくと蠢く蕾に指が指し入れられ、そのまま中を掻き乱された。くちゃくゃと、内壁を押し広げられながら。
「…くふっ…はぁっ…くんっ!……」
耐えきれずに貴方にぎゅっとしがみ付いた。そのまま片足を上げて、指を奥へと導く。深い場所で貴方の指を、感じたかったから。貴方の、指先を。
「こうして雨の中でお前を抱いたら」
「…三蔵…はぁぁぁっ……」
くちゅんっと言う音と共に指が引き抜かれる。その感触にすら敏感になった僕の身体は小刻みに震えた。そして。そして貴方の手が僕の膝裏に忍び込み、そのまま持ち上げられて。
「少しは雨を、好きになれるかも――しれねーからな」


雨の音が、遠くになってゆく。
「―――あああっ!!!」
耳に遠くなってゆく。遠くに、聴こる。
「…あああっ…あぁぁっ…あ……」
貴方の鼓動と、繋がった個所の濡れた音のせいで。
「…ああっ…あぁ…はあっ…んっ……」
雨の音は、遠ざかってゆく。


――――貴方の存在が…雨を遠ざけてゆく……


唇を重ねる。触れたり、離れたりしながら。何度も何度も、重ね合う。
「…三蔵…三…蔵っ……」
離れた瞬間に貴方の名前を呼びながら。何度も何度も、呼びながら。
「…八戒……」
繋がり合って。重なり合って。上も下も全部。全部、繋がり合って。
「…もう…僕は…あぁ…もぉ……」
濡れた肌を、舌を、全部。全部、重ねあったならば。
「…もぉ…イク…っ…ああああっ!!!」
……この雨すらも…好きになれるだろうか?



煙草の匂いが、する。
湿った雨の匂いが消えて。
貴方の煙草の。
煙草の匂いだけが、僕を。

―――僕を…包みこんで……



「…三蔵……」
濡れた貴方の髪を指先で掬い上げる。
「…貴方がいれば……」
綺麗な貴方の顔を見たくて。ずっと、見ていたくて。
「…雨も…イヤじゃない……」
ずっと、見ていたいから。





「偶然だな、俺も。お前となら…イヤじゃねーよ」




    END

 

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