ひまわり

 
―――きらきらと、光る太陽の破片。

その破片が欲しくて、一生懸命に手を伸ばした。
きらきらと輝くその破片を。
子供みたいに夢中になって、子供みたいに無邪気な気持ちで。
手を、伸ばした。

ひまわりが上を向いているのは、太陽を見つめているからだよ。


「藤真」
お前の名前を、呼ぶ。その声に振り返ったその笑顔に、俺は無意識に口許を柔らかくした。
「何?花形」
振り返ったお前の瞳は真っ直ぐに俺を見上げてくる。きらきらとした、瞳で。そこには曇りひとつない、強い光を放つ瞳。強い、瞳。
「――いや…お前には…夏が似合うなと思って」
瞳に映る太陽の光。お前の瞳に、映っている。綺麗だよ。とても、綺麗だよ。
「うん、俺夏が一番好き」
近づいて、そして。そして、その手が俺の髪に触れる。お前は何故か俺の前髪をこうして引っ張るのが好きだ。気付くと何時も。何時もこうやって触れられて、いる。
「焼けるような暑さが、大好きなんだ」
「そんな感じだな、お前は」
「なんだよ、それ…どう言う意味だよ」
少しだけ拗ねながら、唇を尖らせて。そしてちょっときつく髪を引っ張るお前。可愛いね。そんな所が俺は可愛くて仕方ないんだ。
「いや、似合っている。太陽が…お前には光が一番似合っている」
その言葉にお前は、微笑う。太陽なんかよりも眩しい笑顔で。


夏の日差し。
じりじりと肌を焦すその日差し。
眩しくて目を開けていられない程のその日差し。
まるでお前、みたいだ。
強い存在感で、見る者全てを焦がれさせ。
そして。そしてどうしようもない程に。
惹かれずには、いられない。

―――お前は真夏の、太陽。


手を、繋ぐ。その細い指に、指を絡める。
「…花形?……」
そんな俺の手を拒む事なく、お前はそっと指を絡めてきた。
「何、藤真?」
「ううん、ちょっと意外だなぁって。お前からこんな手を繋いでくるなんて」
「意外か?」
「意外だよ、だって透くんは何よりも世間体を気にする男だからねー」
子供のような無邪気な瞳で、悪戯っ子のような瞳で。俺を見上げて、そしてこつんっと額に指を充てる。でもその顔は、笑っているから。
「たまには、バカップルを演じてみたくなった」
「なんだよーそれは…バカップルの何が悪いんだよ」
「…藤真は肯定派なのか?…」
「いいじゃん。俺はいちゃいちゃしたい」
お前はそう笑うと、繋いだ手を子供のように振り始めた。ひどく、楽しそうに。
「お前のこと好きだから何時も一緒にいたいし、こうやって手を繋いでいたい。誰に見られたってそんなん関係ないもん。俺がお前好きなのは、他人には関係ないもの」
相変わらずなお前の言い分に俺は笑った。そうだ、お前は何時も自分自身に正直だ。自分自身に素直だから、こうやって。こうやって何時も俺の傍にいる。
「大体花形は他人を気にし過ぎてる。他人なんてどうでもいいじゃないかっ。俺がいてお前がいる。それだけで充分なんだよ」
「相変わらず無茶苦茶だな」
「なんだよっ!それっ!!俺変な事言ってねーぞ」
「違う、誉めてるんだよ」
「…本当か?…」
「うん、誉めてる。俺はお前のそう言うトコが大好きなんだよ」
俺には及びも付かない場所で。何時も自分自身に正直で。自分の気持ちに正直で。そんなお前に何時も廻りの方が巻き込まれている。だけど。だけど、巻き込まれている周りの方が何時しかそれが心地よくなってしまう。廻りの方が巻き込まれたいと思ってしまう。
お前の不思議な魅力。くるくると代わる表情。猫のような気まぐれさ。誰もが手におえないと思いながらも、許容してしまうのは。
―――お前がそんな事を些細だと思わせる程に、魅力的だから。
お前に出会った誰もがお前の我が侭を受け入れてしまう。それどころかその我が侭ですらも叶えてやりたいと思ってしまう。不思議な、捕らえがたい魅力。
「じゃあもっと、いちゃつこう」
「お前には勝てないよ。分かったよ」
お姫様の希望に答える為に、俺はそっとひとつキスをした。


お前の笑顔を、見ていたいから。
ずっと、ずっと見ていたいから。
ひまわりのような、お前の笑顔を。


「藤真、ちょっといいか?」
手を繋いだまま。指を絡めたまま。俺はお前を連れて歩き出す。
「けっこう、これって嬉しいかも」
「ん?」
「こうやって手を繋いで歩くのって…恋人同士みたいだなぁって」
「違うのか?俺達は」
「…違わないけど…でもお前そーゆー事人前でしないから…嬉しかったりする…」
本当は見せつけてやりたいと思っている。この誰よりも綺麗な恋人を。けれども、見せつけてしまうには勿体無いともまた思ってしまう。
「今日はお前の望みは全部叶えてやるよ」
「――今日、だけ?」
後ろから聞こえて来る声にがちょっと。ちょっとだけ、拗ねていたりする。本当にお前は自分の気持ちを隠そうとはしないから。
「それは藤真が一番知っているだろう?」
「…確かに…」

「俺が一番お前のこと、分かっているからな」

自身満々に言って来るお姫様に俺はひとつ笑った。そうだね、藤真。きっと俺よりもお前は俺自身のことを分かっているんだろうね。
気まぐれで我が侭で、自分勝手だけど。それでもお前は人を見る目を誤った事はない。だからきっと。きっと一番俺自身を分かっているのは…お前なんだ……。


大切な、瞬間。
ひとつひとつが。
とても大切な瞬間。
一瞬たりとも見逃せない。
見逃せない、お前の表情。
子猫の瞳のようにくるくると変わる。

―――お前の、表情を見逃せない……


「わぁー凄いーーっ!」
一面のひまわりの庭。太陽の光を浴びてきらきらと輝くひまわりたち。それを。それをお前に見せたくて。
「どうしたの?これ…こんないっぱい…。つーかお前の家になんでこんなひまわりが咲いてんだよ??」
驚いているお前の顔がどうしようもない程に愛しい。どうしようもない程に可愛い。
「ビックリした?」
「するに決まってんだろう…昨日お前ん家に来た時はこんなのなかったもの」
「お蔭で今月は俺貧乏暮らしだ」
「…ってお前なぁ…なんでそんな無茶苦茶な事してんだよ」
無茶苦茶なのはお前の方だろう?何時もそのお蔭で皆振り回されている。だから、ね。たまには俺の方も無茶苦茶なことをしてみたかったんだ。
―――喜んで、ほしかったから。お前の笑顔を見たかったから。俺は…
「それは、藤真。今日は…」

「お前の誕生日だろう?」

その俺の言葉に。
その言葉に一瞬きょとんとした顔をして。
そして。
そして次の瞬間。

―――お前はひまわりよりも眩しい笑顔を俺に向けた。


「…俺自身も忘れていたのに……」
「一番俺が分かっているからね」
「―――花形?」
「藤真の事は俺が一番分かっているからね」

そう言って、手を繋いだまま。
指を絡めたまま。
俺はひとつ藤真に口付けた。


「おめでとう、藤真」
「…花形……」
「そしてありがとう」
「え?」
「――ありがとう、生まれてきてくれて」

「…お前がこの世に生まれてきてくれて……」


大切な、日。
何よりも大切な日。
お前が。お前が生まれてきた日。
大切なお前が生まれてきた。

何よりも大切な、日。


「…ありがと、花形…」
「うん」
「…ありがとう…花形……」


そうして、俺達は。
このひまわりの中で。
もう一度、キスをする。
こころの中で、呟きながら。


―――生まれてきた命にありがとうと……。

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