触れられると、困る


そこに触れられるだけで、困る。

大きな、手。俺の手なんて全部包み込んでしまう、その手に。
その手に、触れられるだけで、俺は困るんだ。
どうしようもなく、どきどきして。どきどきして。
凄く、凄く困ってしまうんだ。

―――どきどきが、止まらないから。


お前の手が、くしゃりと俺の髪をひとつ乱した。そんなお前に上目遣いに睨み付けながら、それでも少しだけ赤くなってしまった頬を必死で隠した。
「何すんだよ、花形っ!」
わざとむっとした声で言ってやった。けれども。けれどもお前はにこにこと笑っている。それが何だか物凄く悔しくて。
「髪乱れてたから」
「お前がそうしたから余計に乱れただろうっ!」
悔しくてもっと不機嫌に言ったのに。言ったのに、お前はまだにこにこと笑っている。そして。そして、耳元にひとつ唇を近づけて。
「藤真顔、赤い」
俺がグーで殴る一言を言ってのけた。当然俺のグーはお前の顔に飛んだ。


お前はイヤだと言うけれど。
すぐに感情が顔に出るのがイヤだと言うけれど。
でもそれは、俺にとって何よりも。
何よりもお前の可愛い所で、そして。
どうしようもない程、愛しい所なんだ。


「痛いぞ、藤真」
痛いと言っておきながら、まだお前は笑っている。にこにこと…ってこいつ殴られても笑っているなんて、バカじゃないのか?
「痛いならそれらしい顔しろよっ」
バカだ、バカだ。こんな奴知らない。知らないっ。
「それは出来ないよ」
拗ねて顔を背けようとした俺の顔に手が掛かる。大きなその手が頬を包み込む。大きくて優しいその手が、そして。
「だってお前の顔、真っ赤なんだもの」
そして俺が反論する前に、唇を塞がれた―――悔しいけど…その通りだった……。


くるくると表情の変わる瞳。
猫みたいに色々な顔を見せる瞳。
そして何よりもその表情が。
瞳よりも良く変わる表情が、俺を。
俺を捕らえて離さないから。


「藤真好きだよ」
「…俺は…嫌いだ…」
「藤真が嫌いでも、俺は好き」
「…バカだっバカだっ」
「うん、バカなくらい藤真に惚れているから」
「…バカだ…花形……」
「うん、バカでもいいよ。だから」

「だからもう一回、キスさせてくれ」


もしかしたら俺のほうがバカなのかもしれない…そう言うお前を拒む事が出来ないんだから。降りてくる唇を、甘いキスを。こうしてすんなりと受け入れている俺がいるんだから。


触れられると、困る。
お前に触れられると、困る。
どうしていいのか分からないから。
どんな顔していいのか分からないから。
本当はずっと。ずっと触れていて欲しいけど。
そんな事言うのは、何だかむかつくし。
かと言って…触れられないのはイヤだし…。
でも嬉しそうな顔もするのもなんか。
なんか、悔しい、から。


「…キスは…嫌いじゃない…」
「うん?」
「…お前とのキスは…嫌いじゃない」
「うん、藤真」
「―――何ニヤニヤしてんだよっ!」
「お前が可愛いから」
「…バカ…」

「花形の大バカヤローっ!!」


気付いていないだろうな、お前が。
お前がこうして、俺の手が触れるたびに。
触れるたびに、口許が。
口許が微かにほころぶのを。
って誰にも教えないけれども。
俺だけの秘密だから、決して誰にも。

――――お前にも、言わないけれどね。



「うん、バカだよ…バカになるくらい俺…お前に惚れてんだもん……」


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