大恋愛


―――これが『恋愛』だなんて、思いたくない。


「花形、しようぜ」
藤真の細い腕が花形の首筋に纏い付く。その髪の匂いが、花形を掠めた。
「何を?」
「決まってるだろ、俺から言わせんな」
花形の腕が了解の返事の代わりに、その細い腰に廻される。そしてゆっくりと耳元で声が、囁かれる。それは夜の、甘い声。
「――全く…お前は…我侭だ」
「そうだよ、俺は我が儘なんだ。だけどお前はそんな俺を、甘やかしてくれるだろ?」
「お前は、甘やかされるのが大好きだからな」
「大好きだよ。特に花形にされるのは、ね」
そう言って、藤真は花形の唇を塞ぐ。それは触れただけのキスだった。けれど。
「お前は俺を扱うのが、本当に上手いな」
――――それだけで相手には伝わるから。


これは決して『恋愛』なんかじゃない。
だって切なくも哀しくもない。
二人でいる事はひどく心地好くて、楽しいから。
一緒にいるとすごく、幸福になれるから。
だからこれは『恋愛』なんかじゃない。
そんなに苦しいものじゃない。


「…んっ…」
飲みきれなくなった唾液が藤真の頬を伝う。それは線を描いて、白いシーツの上に零れていった。
「…花…形……」
花形の唇がそれから離れて、彼の頬へと移る。零れ落ちた唾液を舌で舐め取る為に。そっと。
「…藤真……」
「…くすぐったい…よ…」
花形が頬に零れる唾液を舌で掬うたびに、藤真はくぐもったような笑い声を洩らす。しかし花形はそれを止める事はしなかった。
「…ん…もう…いい……」
甘ったるい声で、花形に訴える。腕を首筋に廻しながら、上目遣いに見上げながら。
「もう、いいのか?」
「…いい…それよりも…もっと、違うトコ……」
微かに頬を染めながら言う藤真に、花形は柔らかい微笑を浮かべて、彼の唇を軽く塞ぐ。
「違う?ならば何処がいい?」
唇を触れさせながら、そっと尋ねる。そんな花形に少しだけ恨みがましそうな表情を作ってから、彼の髪をくいっと藤真は引っ張った。
「バカ、イイ男は聴く前に実行…するんだ……」
「俺は『イイ男』なのか?」
藤真を見つめる柔らかい瞳。その瞳が、好きだった。普段は眼鏡の奥で静かに宿る瞳が、自分の前でだけそっと。そっと、優しくなるのが。
「……でなきゃ…俺が惚れない…って……」
全く分かっていない恋人に焦れて、普段では絶対に言わない事までも言ってやる。御陰で頬は微かに赤くなってしまった。
「お姫様のいう事だから…ありがたく受け取っておこう」
「誰が、お姫様だっ」
「翔陽の姫君だろう?お前は」
そんな藤真の反論を封じる為に唇が落とされる。藤真は、素直に瞳を閉じた。瞼の奥に優しい瞳を焼き付けながら。


「…あっ…」
くっきりと浮かび上がった鎖骨に花形の唇が落とされる。きつく吸われると、藤真の身体がぴくり、と震える。
「…やんっ……」
滑らかな鎖骨のラインを舌で辿ってから、花形はゆっくりと藤真の胸の突起に指を這わした。
「…ん…ぁ…」
始めは触れるだけ。そうしてから指先で摘んでやる。それを繰り返す内に藤真の身体は、ほんのりと赤く染まってゆく。
「…あぁ…」
尖らせた舌先が藤真の胸の果実をつつく。その刺激に反応してそれは、ぴんっと張り詰める。痛い程に、張り詰める。
「…あ…ん……」
両の胸の突起を舌と指で征服され、次第に藤真の意識が霞んでくる。それを知ってか知らずか花形の指と舌は、時々それをひどく乱暴に扱った。そうする事で意識が一気に戻されると同時に、藤真はより深い快楽へと嵌まっていくのだ。
「…やだっ……」
歯を立てられると藤真は溜まらずに、花形の髪に指を絡める。それを剥がそうとして。しかしそうする事でより、深い愛撫を受ける事になって。
「…あ…ぁ……」
藤真は耐えきれず甘い吐息を零す。実際、花形から受ける愛撫は甘くて、少し苦しい。
「…はな…が…た……」
執拗に愛撫を受けた胸は痛い程張りつめて、藤真を悩ませる。しかしこんなものはこれから起こるであろう事を思えば、前座に過ぎないのだ。
「…はぁっ……」
花形の指先が胸から、脇腹、股、脛へと移ってゆく。その後を追うように、舌も…。藤真の身体を知り尽くした指と舌は的確に弱い部分を攻め立てた。
「…藤真…お前はいつも俺の前では素直だ……」
「ああっ!!」
不意に花形の手が藤真自身に絡みつく。その不埒な指先は、先程の愛撫によって形を微妙に変えたそれを、ゆっくりと辿ってゆく。
「…あぁ…ぁ……」
「こうやって、素直にお前は俺を求める」
「…あああっ…あんっ……」
包み込むようにしたり、先端を抉ったり、巧みな指は藤真を追いつめる。追いつめて、狂わせてゆく。
「…ぁぁ…ぁ…」
その口からはひっきりなしに、声が漏れ続ける。しかし藤真はそれを抑えようとはしなかった。花形の前では抑える必要など無いのだから。二人の間に駆け引きなど必要ないのだから。
「…藤真……」
名前を呼ばれて、耳たぶを噛まれる。そんな事にすら藤真は瞼を震わせてしまう。その甘い、囁きに。
「…んっ…ふっ…」
唇を塞がれて、舌が侵入してくる。その生暖かいそれを藤真は自ら絡める。積極的に自ら。
「…くぅ…ん」
口内をその舌で、自身をその指先で征服されて、藤真の意識が遠ざかってゆく。どうすれば悦ぶか、知り尽くしている指と舌が。
「…んっ…んんっ」
花形の指先を藤真の先走りの雫が濡らす。もう、限界が近かった。そんな彼に花形は一層深い快楽を与えてやる。何時だって藤真の望むままに、与えてやる。そして。
「――――っ!!!」
藤真の細い悲鳴はその口に塞がれ、快楽を示す液体はその手のひらに吐き出された。それを花形は全て受け止めて。全てを受け止めて。

快楽に忠実な、藤真。自分の前だけでは素直な、藤真。そんなお前を俺は愛している。


「…あっ……」
先程の行為で濡れた花形の指先が藤真の最奥へと忍び込む。狭い肉壁を指は丁寧に、そしてゆっくりと押し広げる。
「…くぅ…ん…」
始めは一本だった指も、慣らされた時点で二本へと増やされる。その勝手に動き廻る二本の指に藤真の内壁は悩まされた。
「…あぁ…やだ……」
藤真を慣らす為の行為とはいえ、それだけでも敏感なその身体は感じてしまうのだ。的確に自分の弱い部分を攻め立てる、その指先によって。
「…もうっ…花形っ……」
一度全てを吐き出した筈の藤真自身も、いつのまにか威力を回復している。それを見やって花形はそっと微笑した。何よりも愛しそうに、微笑った。
「――俺が、ほしいか?」
「…バカ…聴くなよ……」
喘ぎのせいで上手く言葉が廻らない藤真は、言葉の代わりに彼の首筋へと腕を廻した。

――――いい男は、聴く前に…実行するんだ……。


「ああっ―――!!」
藤真の内部へと侵入した花形自身に、堪えきれず悲鳴じみた声を上げる。しかしそれが次第に快楽へとなって、溺れていくのは目に見えて分かっていたけれど。
「…あっ…ああ……」
花形はゆっくりと藤真の奥へと入ってゆく。花形は何時も丁寧に、そして大切に扱ってくれる。たまには激しく貪る時もあるけれど……。
「…あああ…ああああっ……」
根元まで収めた所で一旦動きを止める。藤真の内部が馴染むのを待ってから花形はゆっくりと動き出した。
「…あっあっあっ…ああっ……」
声が次第に濡れてくる。快楽の色へと変化する。それを証明するかのように、花形を締めつける藤真の媚肉の力が強くなる。与えられた快楽を逃がさないようにと、肉壁は貪欲に絡みついた。それは眩暈を覚える程の快楽で。
「…はぁっ…ぁぁ…あああんっ……」
藤真の内部は熱くて、心の奥に秘められた激しさを思わせる程で。そう、彼は激しい。普段は何事にも無関心な彼は。本当はこんなにも激しいのだ。
「…ああっ…はながたっ…もっと…もっとっ……」
藤真の脚がより深い快楽を求めて、花形の腰に絡みつく。だからそれに、答えてやる。いつだって自分は全てを与えてやるのだから。
「…あっ…あぁ…あああ……」
いったん、藤真の中から取り出して、再び侵入する。リズムを狂わされたその動きは、一層中の花形自身を締めつける。そしてなにより深い快感を…藤真に与えて…。
「…あぁ…ぁぁ…もぉ…もお…俺…ああっ…」
抜き差しを繰り返し、無茶苦茶なリズムで腰を掴む。けれどもそれは、藤真が望んでいるから。藤真がそう、望むから。
「…はながた…はな…が…たっ……」
「…ああ、藤真……」
藤真の爪が痛い程に背中に食い込んで。所有の印を刻み込んで。彼が自分のものだと言う、藤真だけに許された印。
「…分かっている……」
―――花形はそう言って微笑うと、藤真を最奥まで貫いた。



これは『恋愛』かなんかじゃない。
だって、駆け引きも隠し事もいらないのだから。
自分を繕う必要もないのだから。



「…花形……」
行為の後の気だるい身体を花形の腕の中へと預ける。こんな瞬間が何よりも、好きだった。
「何だ?」
花形は藤真をそっと抱きしめてやりながら、尋ねた。相変わらず耳に届く声はひどく、心地好い。
「俺たちって『恋愛』じゃないよね」
「それじゃあ何なんだ?」
上目遣いに花形を見上げる藤真の顔はひどく幼くて。つい口許に柔らかい微笑を浮かべてしまう。
―――そしてそんな花形の笑顔が世界中で一番好きだから。



「―――俺たちは『大恋愛』だ」



だから次の言葉に微笑った花形の顔は、世界で一番大好きな笑顔だった。



これは『恋愛』なんかじゃない。これは『大恋愛』だから。


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