「スポーツマンに煙草はご法度だよ」
薄ぐらい室内に煙草の炎だけがぼんやりと浮かび上がる。その火を見つめながら藤真は、煙草を玩ぶ手に自らの指を絡めた。
「―――あんただって、吸うだろう?」
絡めてきた指先をそのままに流川は持っている煙草の手を変えた。そしてそのまま口に咥えると、そう一言告げる。
予想通りの、答え。きっと彼ならばそう言うだろうなと、思った。そう言って欲しいなと、思った。
「俺はいいの。『綺麗事』とは無縁の生活をしてきたから」
繋がっている指先が、何時しか互いの指の感触を楽しむかのように絡み合う。そして身体も、絡み合う。
「こうやって、俺と寝る事か?」
「くすくす、お前と寝る事は無縁じゃないよ」
「何でだ?」
「だって、俺。お前の事好きだから」
そう言った藤真の顔はひどく綺麗で。思わず流川が見惚れてしまう程に。
色んな男達の腕の中を泳いできた。
それはその場限りの退屈凌ぎだったり。
ただひどく淋しかったり。
それだけの理由。深い意味はない。
そして何時もそんな男たちに抱かれた後に吸う煙草は。
そんな無意味な行為の中で残った男達の体臭を消したかっただけだから。
全てを消してしまいたかっただけだから。
でも、今は違う。
違うんだよ、お前と吸う煙草の意味は。
「だからけっこう、綺麗事だったりする」
華のように藤真は笑う。夜に咲く何よりも魅惑的で、そして鋭いトゲを持った華。でも、自分の前でそのトゲが刺さる事はなかった。
「好きだからお前と寝る。正当な理由だろう?」
「―――確かに」
煙を吐き出すと、吸いかけのままベッドサイドの灰皿に煙草を置いた。それを見届けて、藤真は流川に口付けをねだる。上目遣いに、無言で。
「正当な…理由だ……」
そんな彼に答えるように口付けた。煙草の味のするキス。煙の匂いのするキス。でもイヤじゃなない。
――――お前となら、イヤじゃない……。
「煙草吸う男とキスするなんて大嫌いだった。俺煙草吸った後の奴にキスなんて一度もさせた事なかったんだよ、流川くん」
つんっと指先で形良い額をつついた。その時ですら相変わらずの無表情で。でもそれが逆にひどい安心感を覚える。安心感、を。
「俺はいいのか?」
「いいんだよ、好きだから」
もう一度、藤真からのキス。流川は絶対にそれを拒む事はない。抱きついてくる細い身体を抱きしめて、そのまま背中のラインを指で辿った。
「…あんっ…バカ…そんなコトしたら感じるだろう?」
「だってあんた、まだ俺としたそうだったから」
「…ハッキリ言うなぁ……」
拗ねながら見上げてくる瞳は、けれども流川の言葉を否定していない。何よりも、誰よりも彼は自分の欲望には正直だから。
「でもそうだよ、お前が欲しくてたまらない」
お前の顔が好き。綺麗な顔が。
そして滅多に変わる事のないその表情が。
けれどもその無表情から零れてくる。
そっと零れてくる優しさが好きなんだ。
多分、誰も気付かない。
気付かないけど零れてくる、その優しさが。
―――俺は、大好きなんだ……。
「ああっ―――」
深く抉られて、藤真の喉がそり返った。快楽に忠実な彼は、決して声を抑えようとはしない。感じたまま、自分の感じたまま声を上げる。
「…はぁっ…あああ……」
背中に爪を、立てた。爪が白くなる程に。このまま跡をつけたいと思ったから。この綺麗な背中に跡を付けていいのは自分だけだという、ちょっとした独占欲だから。
「―――あんたって……」
「…る…かわ?……」
「…いや、いい…」
言いかけて、言葉を止めた。そして。そして、止めた言葉の変わりに口付けて。ひどく優しい口付けをくれて、そして。
「――――っ!!」
最奥ので貫かれたと同時に、ふたりは自らの欲望を吐き出した。
灰皿に置いてあった煙草は何時の間にか、火が消えていた。藤真はくすっとひとつ笑うとベッドサイドに置いてある流川の煙草を奪った。
「ねえ、さっき何を言おうとしていたの?」
セックスの後煙草を吸うのは、身体の中の、精液の匂いを消すため。染みついた、男の体臭を消すため。けれども、今は。
「さっきって?」
「えっちしている最中。お前何か言いかけて、止めただろう?」
今は、違う。感じたいから。お前の香りを染み付けたいから。
「美人に煙草は似合わない」
「あ、流川」
藤真が不平を言う前にその細い指先から煙草を取り上げられてしまう。そしてそのまま流川は自分で吸い始めた。
「ずるいっ俺にも吸わせろ」
「あんたには似合わないよ」
「そんなん理由になってない。俺はお前の味を確かめたいんだ」
「……」
「お前の匂い、染み込ませたいんだ」
ひどく子供のように言ってくる藤真に負けて、流川は自分の煙草をひとつ渡す。彼は満足したようにひどく嬉しそうに笑った。そんな顔を見るのは…キライじゃない…。
「火、くれよ」
藤真の顔が流川の至近距離にまで近づく。長い、睫毛。白い、肌。どれもこれもが男にとって、触れたいと思うモノ。
「こーゆーの一度してみたかった」
藤真の煙草が、流川の煙草に触れる。そしてそのまま火を奪う。シュッと乾いた音が室内に響いた。
「お前の、味がする」
くすくすと子供のように、そして子悪魔のように笑う。どれもこれもが男を虜にするためだけに、存在するもの。
「…あんたってやっぱり……」
「何?」
「いや、やっぱいい」
「何だよ、それっ!さっきも言いかけて止めたくせに」
「いやただ…」
「…あんたって綺麗だな…って思っただけだ……」
その言葉に、あんたは笑った。
ひどく綺麗な顔で。いや多分…
俺が見てきた中で一番綺麗な顔で。
―――あんたは華のように微笑った。
「やっぱ俺完敗だな」
「何が?」
「お前には…勝てないって事だよ」
「…プレーも…そして恋愛も、ね……」