―――水に、跳ねる身体。
ぴちゃんっとひとつ水滴が跳ねて、流川の頬に付いた。それを相変わらずの無表情な顔付きのままで指で拭う。それが藤真にはひどくおかしかった。
「何故笑う?」
それが気に入らないのか流川は少しだけ不機嫌そうに言った。そんな彼の顔に両手で水を掬うと、そのまま顔面に水をかけた。
「―――な……」
「やっと驚いた顔をした」
「…あんたって人は……」
「だって俺お前の色んな顔見たいもの」
ぴちゃんともう一度水が跳ね上がる。上半身を出して、プールサイドにしゃがんでいる流川の顔に手をあてる。濡れた手がひんやりと頬に触れる。
「こんな暗い場所じゃ、表情なんて見えないだろう?」
人影のない真夜中のプール。そんな中をふたりで忍び込んだ。見ているのは頭上にぽっかりと浮かぶ淡い月だけ。月だけが、ふたりを見ている。
「むぅ、見えるの俺には。お前の顔はちゃーんと」
引き寄せて、藤真は反抗する流川の唇を塞いだ。甘い、キス。そして暖かいキス。冷たい水の中にいて冷えた身体と唇にはひどく触れ合ったぬくもりが暖かかった。
「―――お前も、こっち来いよ」
唇が離れて見上げてくる藤真の瞳は悪戯をする前の子供そのものだった。そしてこう言った瞳をする時の彼は大抵ロクでもない事を考えている。そう思った途端に腕を引っ張られ、身体をプール中へと落とされてしまった。
―――水に、跳ねる。
綺麗にカーブを描いて跳ねる身体。
さらさらとした水の中で。
鮮魚のように跳ねる身体。
それをこの手で。
この手で、捕らえたいから。
「…水も滴るイイ男だね…」
「…あんたは……」
「本当にイイ男だよ、大好き」
「―――まるで顔だけが好きみたいな言い方だな」
「くすくす、拗ねた?」
「…拗ねてない……」
「嘘ばっかり、拗ねてるよ。眉が上がってる」
「……拗ねてない……」
「拗ねてる。絶対に拗ねてる…拗ねてくれないとイヤだ……」
「何だそれは?」
「だって俺がお前の顔だけを好きだって本気で思われたらイヤだから」
「……だったら…最初からそう言えば……」
「でも拗ねた顔も見たかった」
「―――矛盾しているぞ…あんた……」
「いいのっ俺はお前の全部が見たかったんだもの」
手が伸びてきて、濡れた髪に絡まる。漆黒のさらさらの髪に指を絡める。見掛けよりもずっと細いその髪が藤真の何よりものお気に入りだった。何よりも大好きな感触だった。
「あんたの我が侭には付き合っていられないな」
「ダメ、付き合うの」
頬を膨らませて拗ねる藤真に流川は軽くため息を付いた。そして水の中でその身体を抱きしめる。藤真は裸だったが自分は服を着ているので少し変な感じがした。
「ならば付き合う変わりに、貰うものは…貰うからな…」
「いいよ、幾らでも」
髪を絡めていた藤真の手が、流川の服に掛かる。水の中でボタンを外すのはひどく労力のいる行為だった。でも今はその労力を代償にしても、触れていたいと思うから。
「むぅ、外しづらい」
「俺はこのままでいい」
「…あっ……」
三つ目のボタンを外した所で流川の手が藤真の胸の果実を摘んだ。そのまま指先で捩るように弄ぶ。
「…あぁっ…ん……」
水中で触れられるのは何時もと勝手が違って変な感じだった。微妙に触れられた時の感覚が違う。それが逆に藤真に熱を灯させる結果となったけれども。
「…はぁっ…ぁぁ……あっ!」
ふわりと身体が宙に浮くのが感じられる。水中で流川の逞しい腕が藤真の上半身を水面から持ち上げる。その瞬間またぴちゃりと水が大量に跳ねたのだけれども。
「…やぁんっ…流川…あぁ……」
地上に現れた胸を流川は口で吸い上げた。軽く歯を立ててやると背中がカーブを描いた。それはまるで水面から跳ねあがる魚のようだった。水から出てくる鮮魚のよう、だった。
「…ああん…はぁぁっ……」
しばらく胸を嬲って、流川は唇を外した。藤真に自分の背中にしがみ付くように指示をして、ベルトを緩めてズボンのファスナーを外す。水中でやったので中々上手く行かなかったが、何とか終わらせると再び腰に手をかける。
「…るか…わ……」
「水の中でするとは、思わなかった」
「…俺も…だよ……」
見つめあって瞳だけで笑って…そして唇を重ね合わせる。舌を絡め、互いの息を貪って。そして。そして流川はゆっくりと藤真の中に侵入した。
水の中を泳ぐ魚。
透明な水の中を、泳ぐ魚。
腕の中で泳ぐ、魚。
腕の中で溺れながらも、それでも。
それでも綺麗に跳ねる魚。
――――綺麗なアーチを描いて、水面を跳ねる魚……
「―――ああああんっ!」
熱い塊が藤真の中に入っている。それと同時に水も侵入してきた。楔はじかに藤真の媚肉に触れているはずなのに、水が邪魔をしているようで。水が遮っているようで。それが何時もと勝手が違って、逆に未知数の快楽を藤真に与えた。
「…あああ…はぁぁ…あん……」
ずずずと侵入してくる塊はひどく熱い。そして触れている水はひどく冷たい。そのアンバランスさが藤真の睫毛をより一層震わせた。口から零れる息を甘くした。
「…あぁぁ…はぁ…ああんっ……」
背中に爪を、立てる。そこから血が滲んで水面に紅い華を落とした。けれども藤真はそれを止める事は出来なかったし、流川も背中から手を外させようとは思わなかった。そのまま深く、深く、藤真を抉ってゆく。
「…あぁ…るかわ…あああっ………」
予想も付かない快楽が藤真の意識を飛ばしてゆく。頭が真っ白になる。後は本能のまま、ただひとりの相手の名を呼ぶ事しか出来なかった。目尻に快楽の涙を零しながら、甘い喘ぎとともに流川の名前を呼ぶ事以外には。
「…あああっ…あぁん……」
―――もう何も、考えられなかった………
綺麗な魚。透明な水を泳ぐ魚。
水面に揺れて、そして跳ねる。
何よりも綺麗な魚。
―――夜の海を泳ぐ、魚。
「…へんな…気持ち……」
藤真の声は何処か舌ったらずだった。さっきの激しい快楽のせいで上手く言葉を紡ぐ事が出来ない。今は流川の背中に廻した手だけが頼りだった。
「よかったか?」
「…真顔で言うなよ、バカ…」
「じゃあどんな顔で言えばいいんだ?」
そう言われるとちょっと藤真は困ってしまう。にっこり笑われても、むすっと拗ねられても…どちらもこのセリフには似合わないから。
「…いいよ…その顔で……」
「―――そうか」
でも。でも今一瞬見せた優しい笑顔だったら…いいなと、思った……。
…ずっと、お前の腕の中で泳いでいたいなと…思った……。