漆黒の翼


白い、羽根。
白くて穢れなき翼。
お前の背中に生えているのがその白い翼ならば。
俺の背中の翼は漆黒に染まっている。
どす黒い欲望の色に染められて。
そして、その漆黒の重たい闇が染み込んで。
飛ぶ事すら出来なくなった、翼。
ぽたぽたと血を流しながら。
闇に侵食されたその翼は。

―――何処へも飛ぶ事が、出来ない。


綺麗なこころのまま、お前を見ていたかった。

瞼が、肌に触れる。
「…んっ…」
こんな風に、オンナのように声を上げて抱かれる事に。何時から自分は慣れてしまったのだろうか?
「…はぁっ……」
始めは声を殺していた。最後の『男』としてのプライドがそうさせていた。けれども今は。今はもう、それすらも何処かへと消え去った。
何もかもが、消え去った。真面目に物事を考える事を放棄してどのくらいになる?生きる意味を手放して、どのくらいになる?
「…あんたの、手…」
綺麗な顔が近づいて、俺の指を掬い上げた。そしてそのまま冷たい唇が指を噛む。
―――痛いと、思った。
何もかもを放棄しても痛みと快楽は存在する。身体は放棄していない。…いや本当は…本当は何もかもを放棄していないのかも、しれない。
何もかもを捨てる事なんて、出来ないのかもしれない。
「…あんたの、髪…」
長く綺麗な指先が俺の髪に触れて、そしてそのまま髪に口付けられた。
―――優しいと、思った。
ひどく優しいと。なんでこんなに優しいのか?瞳は相変わらず冷たいのに。鏡のように俺の顔を反射しているだけなのに。何故、触れてくる唇はこんなにも優しいの?
「…あんたの、瞳…」
閉じた睫毛に落ちる唇。このまま溶けてしまえたら、何もかもが楽になるのだろうか?
中途半端なまま放り出された、自分のこころが。


このままで、いたいから。
このまま壊したくないから。
だから、だから。
全てを封印する。全てを閉じ込める。
こころの中に芽生えた欲望を。
この欲望でお前を穢したくないから。
この欲望でお前の瞳を曇らせたくないから。

誰よりもお前を護りたいと思っているのに。
そのお前に一番危険な存在が自分だなんて…笑えねー話だよな。


「洋平」
名前で呼ばれた事に、ひどくビックリした。閉じた瞼を開けば相変わらずの無表情な顔。
「…流川?……」
綺麗過ぎて、冷たいその顔。始めてその腕に抱かれた時から、ずっと変わらないその顔。
「あんたの事名前で呼んでみたかった」
何も言わずに俺を押し倒して、女のように犯した。でも俺は…逃げなかった。その瞳に見透かされたと、気づいたから。見透かされた、何もかもが。
「どうして?」
俺のどうしようもないこころを。背中に生えた黒い翼を。
「…分からない…ただ、呼んでみたかっただけだ」

「―――あのバカのように……」

壊れていると、思った。
俺と同じだと。こいつも壊れているんだと。
そう思った、から。
こいつも同じように背中の翼は漆黒だと。
闇色の翼が生えていると。
ただ俺と決定的に違うのは。
その翼はそれでも輝き続けていると言う事。
例え同じ闇に染まろうとも。
その闇すら吸収して輝いていると言う事。
他人を惹きつけずにはいられない程、綺麗に。
…綺麗に、輝いていると言う事……

「洋平」
また名前を呼ばれて、そして噛みつくように口付けられた。表情とは正反対の焼け付くような愛撫。その指先に触れられるだけで身体は火照る。
「…あっ……」
胸の果実を口に含まれ、歯を立てられればそれだけで身体の芯が疼き始める。繰り返される背徳の行為に、何時しか自分の身体は慣れていった。そして、何時しかより深い快楽を求めるように身体は蠢く。
「…はぁっん……」
求めている、身体が。この腕をこの指をこの唇を。深く、深く求めている。まるで空気のように何時しか自分にとってなくてはならないもののように。
―――なくては、ならないモノ?
その先を考える前に、お前の指が俺の思考を停止させた。長い指に包まれ、そして俺はその手のひらの中に白い欲望を吐き出していた。


欲しかった。どうしても手に入れたかった。
少しだけ壊れた瞳と。粉々に壊れ始めたこころと。
その全てを手に入れたかった。
その視線の先が誰を見ているのかなんてすぐに気が付いた。
誰を想って壊れているのかも。
だから、奪った。
もっと壊してやろうと。もっともっと壊してやろうと。
そうしたら後は再生しかない。
ばらばらになったこころを拾い上げて作り直せばいいと。
だから奪った、あのバカから。


―――花道……
俺はお前を護りたかったんだ。
本当に全てのモノから。
お前が笑っていられるように。お前が幸せでいられるように。
俺は。俺は全てから。
全てからお前を護りたかったんだ。
なのに今俺はお前の最もキライな相手に抱かれている。
オンナのように抱かれている。

―――矛盾しているか?
でも矛盾なんてしていないんだよ。
だってお前何時も流川を見ていただろう?
キライだと言いつつその視線は何時も。何時も追い掛けていただろう?
だから、俺は抱かれるんだ。
矛盾しているか?俺は。

…俺は、壊れているのか?……

もう綺麗なこころになんて、戻れない。
背中に白い羽根は生えて来ない。
後はただ落ちるだけ。深い深い闇へと。
ただ、ただ堕ちるだけ。


「―――ああっ!!」
最奥まで貫かれ、喉を仰け反って喘いだ。この瞬間だけは何もかも忘れられる。何もかもを忘れられる。ただ欲望の赴くまま、オンナのように腰を振ってその熱を求めればいい。
深く貫かれて、抉られて。そして、そして雌猫になればいい。
「…ああっ…あぁ……」
爪を、立てた。自分が抱かれたと言う証を残す為に。この男に抱かれたと言う証を、残す為に。
「…はぁ…あああ……」
でもなんの為に、自分はそんな事をするのだろう?


―――愛している……

その一言をもしも言ったなら、あんたは信じるか?
その壊れたこころにも、言葉は届くのか?
こうして抱いている行為の意味を、あんたは気付いているのか?

…いやきっと気付かない……
あんたの瞳があいつを追い続ける限り、きっと。
きっと、気付かない。

無限回路と螺旋階段の想い。
どれだけ繰り返せば、真実へと辿りつく?


貫かれて、そして欲望の証を受け止めて。そして。
そして初めてひどく安心するのは、どうしてだろう?

髪に指を、絡めた。
さらさらの極上の感触を与えるその髪に。
絡めて、そして目を閉じた。
そのまま腕の中で眠りに落ちる。
子供のように身体を丸めながら、深い眠りへと。
そのまま堕ちてゆく。
深い、闇へと。
―――お前が作り出す、ひどく魅惑的な漆黒の闇へと。


気付いているのか?あんたが無意識に俺に擦り寄って眠る事に。
まるで子供のように、しがみ付きながら眠る事に。
何を離したくないのか?
それはあのバカへの想いなのか?
それとも……
―――それとも…俺自身、なのか?……


どちらが俺達の、真実なのか?

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