KISSと、天国。


君と、何処までも一緒にいたいから。

子供の頃空を飛べたらいいなってずっと思っていた。
あの白い雲と蒼い空をずっとずっと遠くまで。
遠くまで飛んでゆけたらなって。

子供の頃の、小さな夢。

「越野」
名前を呼ばれて見上げれば、そこには何時もの顔がある。悔しいくらいカッコイイ、こいつの顔が。
「何だよ、仙道」
少しだけ拗ねながら、言ってみた。別に深い理由なんてないけれど。ただこいつをカッコイイと思った事が何だか悔しくて。
「拗ねた顔もやっぱ、可愛いなお前は」
それでもこいつはちょっとだけ目尻を下げながら、相変わらず人の食えないような笑顔でそう言った。そう、こいつは何時も笑っている。
どんな時でも笑っている。他人から見たら苦しい場面でも、どんなに辛い場面でも。コイツは穏やかにずっと笑い続けている。
…そんなコイツが嫌いで…そして好きだ……。
「うーん越野くんはやっぱり可愛い」
「わっ!」
いきなり抱きつかれて変な声を上げても、全然こいつは気にしない。それどころか何時の間にかその大きな腕が俺の全身を包み込んで、そしてそっと抱きしめられていた。
―――これは、反則だ。俺はこいつの腕の中に弱いんだ…。
どんなにむかついてもどんなに機嫌が悪くても、その腕の中に抱きしめられるとどうでもよくなってしまう。そのくらいこいつの腕の中は気持ちよくて、そして。そしてとても暖かいから。
なんか俺ってきっと。きっとどうしようもない単純なんだろうなぁと、自分でも思ったりしてしまう。それでもこの腕の中は俺にとって絶大なる効果があったりする。
現に今でもどうしようもなく心地よくて、何だかひどく幸せな気持ちになってしまうから。
「離せよ、仙道」
それでもちょっとばかり抵抗してみる。無駄だと分かっているけど。だって悔しいから。すんなりとこいつの腕の中に収まってしまうのが悔しいから。
「やーだよ。せっかく捕まえたんだから」
「むっ、離せよ」
「―――やだ、越野」
その言葉に顔を上げた瞬間、降って来たのは優しいキス、だった。

大嫌いだけど、大好き。
悔しいけど、嬉しい。
こいつといるとそればっかりだ。
何時も何時もそればっかりで。
どうしてこう、自分は素直になれないんだろう。
本当は大好きだっていいたいのに。
口から出るのは嫌いと言う言葉ばかり。
一緒にいれる事が何よりも嬉しいのに。
口から出るのはうざいと言う言葉ばかり。

―――本当は大好きで、一緒にいたいのに。

「目、閉じるんだよ。越野」
「…ってお前が突然してくるからだろっ?!」
「じゃあもう一回するから、目閉じて」
「い・や・だ」
「ナンでだよ?」
「だって恥かしいじゃんかよ、こんなトコで」
「誰も見ていないさ」
「…でも…でも……」
「それに見られててもいいじゃん。見られたら」

「俺達は最強に『らぶらぶ』だって、見せびらかしてやろうぜ」

何バカ言って…そう言おうとした言葉はこいつの口に飲み込まれた。
そのどうしようもない程の優しいキスが…そのキスが俺を溶かしてゆく。
―――溶かして…なんか悪くないかもと、思ってしまう。
こんなふうに誰かに見せつけるのも。

…ダメだな…俺…やっぱりコイツに流されている……

「やっぱ越野は可愛い。俺だけのモノ」
抱きしめられて、そして屈託のない笑顔で言われると。何だかこんなコトに拘っている自分の方がちっぽけに見えてくるから…困るんだ……。
「男に可愛いって言うなっ!」
でも最近、そう言われることがイヤじゃなくて。こいつに言われる事が…イヤじゃないから。
「だってしょうがねーじゃん。お前ホントに可愛いんだもの」
「お前の目、腐ってる」
「越野見て腐るならそれもOKかな?」
「…な、何だよ……それは…」
「言葉通り、だよ」
そう言ってまたこいつは俺にキスをする。甘い、甘い、キス。
―――やっぱり俺、このキスに完敗だ……。

唇が離れて、そしてそっと目を開けたら。
その背中越し見えたのは、綺麗な蒼い空。何処までも蒼い、空。
―――こいつにひどく似合っていると思った。
ずっと昔、子供の頃から憧れていた空。
その空を飛びたくて、飛びたくて。一生懸命に手を伸ばして。
それでも手が届かなかった、蒼い空。
でも今。今こうやって俺の空は、俺を抱きしめてくれる。
…暖かくて、広くて…そして優しい空が……。

空を飛ぶ事は出来なかったけど。
もっと大きな夢をお前はくれたから。
『バスケット』と言う大きな、夢を。
その手を伸ばして、俺に指を絡めて。

『一緒にイイ夢を見ようぜ、越野』

それは空を飛ぶ事よりも、もっともっと大きな夢だから。
俺にとって何よりも、大切な夢だから。

「どーしたの?越野。ぼーっとして。俺に見惚れた?」
「誰がお前なんかに見惚れるかっ!」
「でも顔が真っ赤だよ」
「…そ、それは…それは…」

「……お前のキスが…上手かったから……」

―――って何言っているんだっ?!俺は…。
そう思った瞬間、こいつは太陽よりも眩しい笑顔で笑って。そして。
そしてまた、キスをする。
天国よりも甘い、キスを。

君と、ずっといたいから。
君とずっと夢を見ていたいから。

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