――――キスがこんなにも甘いなんて、知らなかった。
誰かが初めてのキスは甘酸っぱいって言っていたけれども。
けれども本当は。本当はこんなにも甘くて。
まるで全てが溶かされてしまいそうに。蕩けてしまいそうに。
とっても、甘いもの、だから。
目を開いた瞬間、飛びこんできたのは…ひどく大きな瞳。
背中に廻している手の力が少しだけ強くなって、そして。そしてワイシャツをぎゅっと握り締めていた。それを感じて仙道は悪いとは思いながらも、薄目を開けてその表情を盗み見した。
ぎゅっと痛い程に閉じられた目。まるで注射を打たれる前の子供のような表情だった。それが。それがひどく仙道には可笑しかった。
「…越野……」
あまりにも身体に力が入り過ぎているのでリラックスさせるつもりで名前を呼んだのだが、逆効果だった。益々身体がこわばって緊張しているのが分かる。
―――う〜ん……
そんな慣れていないトコが仙道にしてみれば可愛くて仕方ないのだが、そこまで強張られると逆に自分が悪者みたいな気がするのも事実だ。まあ確かに純情な越野にイケナイ事をしようとしているのだけど。それでもやっぱり、こうなんか…。
「大丈夫、越野。俺を信じて」
ナンかありきたりの言葉しか浮かんでこない自分が恨めしい。今まで相当数の数をこなして来たとは言え…本気の相手となると、それが全然通用しないと言う事が今痛い程実感している。今までのノウハウなんて全て吹っ飛んでしまうらしい。
「…だ、大丈夫だぞっ!」
口では強がって言っているけど、腕の中の身体は小刻みに震えているのが分かる。仙道はそれを収めるようにひとつ額にキスをした。そして。
「好きだよ、越野」
そしてゆっくりと唇を塞ぐ。その途端硬直ていた越野の身体がゆっくりと弛緩していくのが分かる。越野にとって仙道のキスは猫にまたたび状態らしい。実際仙道のキスは巧みなのだけれども。けれどもそれは越野にとっては絶大な効果をもたらすらしい。ふわりと宙に浮いたようなそんな感覚。そして頭の芯がボーっとしてきて、ひどく心地よくなるのだ。
「…ん…ん……」
何時しか越野の体重が仙道の全身に掛かる。それを受けとめながら、薄く開いた唇に舌を忍ばせた。ぴちゃぴちゃと音を立てながら舌を絡め合わせる。
「…ふぅんっ…んん……」
キスで意識を溶かしながら、仙道の手が何時しか越野のワイシャツに伸びていた。そのまま一つ一つ器用にボタンを外してゆく。けれども越野はキスに夢中になっていて、それ事態がどうでもよくなっていた。
―――成功かな?
巧みに唇を征服しながら越野の上着を全て脱がすと、そのままベッドに押し倒した。冷たいシーツの感触で初めて越野は今の状態に気が付く。でももうさっきみたいに身体が硬直する事も震える事もなかった。巧みなキスに意識を溶かされていて。
「…はぁっ……」
唇が離れて一本の糸が二人を結ぶ。それがぷつりと切れて越野の顎に伝った。それを仙道は器用に舌で舐め取ると、そのまま指を胸の飾りへと這わした。
「――あっ…」
自分でも触れないような場所に他人の手が触れられる。それはひどく変な感覚だった。けれどもそれを摘まれ指の腹で転がされる頃には、再び越野の身体は小刻みに震えていた。
―――でもそれは。それはさっきの震えとは違って……
「…はぁ…ぁ……」
ぎゅっと摘まれれば痛いほどにその突起は張り詰める。それを見計らって仙道はソコに舌を這わした。わざと音を立てながら嬲ってやると、びくんびくんと身体が跳ねた。
「…あぁ…ん……」
背中からぞくぞくと這いあがる感触が越野の瞼を震わせる。それに身を任せたら全て呑まれてしまうような不安。その不安から逃れるかのように、仙道の背中に手を廻した。
―――そうしていれば、安心出来るから……。
不安になった時。孤独になった時。
何時もこの背中があった。この大きな背中が。
コートの上でも。学校の中でも。そして。
そして、独りでいる時でさえも。
…この背中を追い駆けていれば、怖い事なんて何もなかった……
「―――ああっ……」
身体中にキスの雨が降ってきて、そしてそれは越野の一番敏感な個所に辿り付いた。震えながら立ち上がろうとするソレを口に含むと先端を軽く噛んでやる。それだけで越野のソコからは先走りの雫が零れていた。
「…ああ…んっ…ぁぁ……」
先端から一端口を離し、そのまま浮き出たラインを辿る。足の付け根まで降りてゆくと、ぐいっと限界まで足を広げさせた。そしてそのまま最奥に舌が触れる。
「…ひゃっ……」
誰にも触れられたことのない場所を舐められて、思わず越野は変な声を上げた。けれども中を掻き分けるように忍び込んでくる舌の感触に次第に声は甘いものへと摩り替わってゆく。
「…はぁ…ああん……」
媚肉を解すように舐めて、充分にソコを湿らせる。そうしておいてから指を挿れた。その途端びくんっと身体が跳ねる。内壁が異物を排除しようと蠢いたせいで、逆に体内の指を絞め付ける結果になってしまったからだ。立ち上がり雫を零し始めていた越野自身もそのせいで竦んでしまっている。
「…くぅっ……」
「痛いか?越野」
仙道の問いにも越野は気丈にも首を横に振った。けれども元々そんな目的に作られている個所ではない。例え指とはいえ負担はある筈だ。更にこれから指とは比べ物にならないモノが挿れられると言うのだから。
「…ふぅっ…は…んっ……」
仙道は一端指を止めて唇を塞いだ。キスで意識を溶かしてから再び指を侵入させる。それは先ほどよりもスムーズに中に入っていった。
「…んんん…ん……」
巧みに舌を絡ませながら、中の指を蠢かす。媚肉が緩んできたのを感じとってから、中の本数を増やしていった。
「…んん…ふぅ…はぁ……」
内壁が充分に解れたのを感じて、一気に指を引き抜いた。そして唇を離すと、改めて仙道は越野を見下ろした。前髪が汗で額にべとついている。それをそっと指で掻き上げてやって。
「―――越野…いい?……」
囁くように耳元で言った言葉に、越野は小さく頷いた。
どんなに孤独でも。どんなに不安でも。
この広い背中がある限り。この広い腕がある限り。
護られているんだと、感じる。
護られているんだなと、思う。
だから、俺は。
―――俺は怖いものなんて何もないんだ……
背中に廻された腕の力が強くなる。立てた爪が白くなるほどに。それでも仙道は行為を止めなかった。欲しかった、から。誰よりも何よりも越野が欲しかったから。
「あああ―――っ!!」
ずぶずぶと音を立てながら、越野の中にソレは侵入した。指とは比べ物にならない膨さと、硬さと…そして熱さで。
「…あああっ…ああぁ……」
身体を真っ二つに引き裂かれるような痛みが越野を襲う。それに耐えようと必死で背中にしがみ付いた。そうこの背中に。この背中にしがみ付いてさえいれば何も怖くはないのだから。何も怖くなんてないのだから。
「…ああ…はぁぁぁ……あ…」
目尻から零れ落ちる涙を拭う指先。汗ばむ額に落ちる唇。それはどれもこれも、優しい。優しすぎるほどに優しいから。
「…あぁん…あぁ……」
何時しか痛みは快楽に摩り替わり、そして。そして越野の意識を真っ白にした。
降り積もる、キス。
甘い、キス。甘すぎる、キス。
溶けて、溶かされて。
そして真っ白になって。
ふわりと、蕩けてゆく。
―――キスってこんなにも…甘いんだ……
目覚めた瞬間、感じたのは甘い感触だった。しばらくその感触をぼんやりとした意識の中で感じていた。けれども思い出しようにはっとその目が見開かれる。
「おはよう越野」
びっくりとした顔とは対照的に仙道はくすりとひとつ微笑った。それがあまりにも何時もの仙道の顔なので一瞬越野も釣られて笑ったが、先ほどまでの行為を思い出した途端顔が真っ赤になる。
「お、おはよう…せ、仙道……」
耳まで真っ赤になって俯いてしまう。こんな所が仙道にはどうしようもない程可愛かった。可愛くて仕方なくて、そして。そして。
「可愛いよ、越野」
―――何よりも自分をしあわせにさせる。なによりも、しあわせに。
そのままぎゅっと抱きしめて、再び仙道はキスをした。何よりも甘いキスを。越野の大好きな、キスを。
その時初めて、気がついた。
キスが何よりも甘いものだって。
好きな人と、ひとつになった後にするキスが。
―――世界で一番甘いもの、だって……