STOIC


…君の為になら、この夜空だって買ってあげるよ

「藤真さん、俺のものにならない?」
夜景を見下ろしていた藤真を背後から抱きしめて、仙道は耳元でそっと囁いた。何時もの何気ない口調で。
「本気?」
口許に軽い微笑を浮かべながら、藤真は尋ねる。何時も彼は、この微笑を口許に浮かべて稲。独特の、思わせぶりな微笑を。
「本気。俺、藤真さんを独りいじめしたい」
上から被さるように口付けられて、藤真の形良い眉が微かに歪む。無理な姿勢からのキスに耐え切れないように、藤真は仙道の腕にしがみついた。
「…んっ……」
口許から伝うどちらとも分からない唾液が、藤真の瞼を震わせる。仙道はキスもセックスも巧みだった。多分、今まで相当女と遊んでいたんだろう。
「…はぁっ……」
執拗なキスから解放されて、藤真の身体が崩れ落ちる。そんな藤真の身体を力強い腕で受け止めると、仙道は藤真の口元に伝う唾液を舌で舐め取った。
「…続きは、ベッドで……」
甘えるような口調で言う藤真に、仙道は答える変わりに彼の身体を抱き上げた。藤真は見掛けよりもずっと、華奢で軽い。そのしなやかな身体は、彼をバスケプレーヤーと思わせない程に。
「藤真さん、もう一度言うけど俺は本気だよ…貴方を…独占したい……」
「――――」
仙道の微笑に。藤真は何も言わなかった。何も言わない変わりに、何時もの思わせ振りな笑みを浮かべて。そして。そして盗むように、口付けた。

―――聖女の顔をしながら、淫乱な獣のように乱れる。
無邪気な顔をしながら、その中に鋭い刃物を持っている。
男を傷つけるだけ傷つけて、自分は平気な顔をして微笑っているのだ。
まるで、天使のような顔で。

「…あっ…あぁ……」
白い喉元に口付けながら、仙道は一気に貫く。その圧迫感に藤真の顔が一瞬苦痛の表情を浮かべる。けれどもそれはすぐに快楽へと摩り替わって行ったが。
「…藤真さん、目開けて……」
仙道の言葉に従うように藤真は、その瞳を開く。夜に濡れた瞳を。
「綺麗だね、藤真さん」
「…ああっ……」
それ以上言葉にならなかった。後は快楽を追うのみで……。

「藤真さんって、男にしか感じないの?」
行為の後の、熱の残る身体を抱きしめながら仙道は尋ねた。そんな仙道に藤真は、腕の中でくすりと微笑って。
「俺、快楽主義者なんだ」
「貴方らしいね。だから相手は不特定多数なんだ」
「お前だってな」
藤真の言葉に仙道は微笑う。割り切った関係だった。ただ互いの欲望を満たす為だけの。身体だけの関係だった。けれども。
「でも藤真さんが俺のものになってくれるなら、全てを切ってもいいよ」
「随分、俺って価値があるのね」
まるで他人事のように彼は言う。いや実際に他人事なのだろう。藤真にとっては多分、抱かれる相手は誰でも構わないのだろう。現に今だって彼を抱く男は自分だけではないのだから。
「俺、今まで何でも手に入れて来たんですよ。欲しいモノは、全部。けれども貴方だけは手に入らない。だから欲しくなった」
「俺は、絶対に捕まらないよ」
藤真の瞳が挑発的に仙道を見つめる。そんな藤真に仙道は大人の笑みを浮かべて。
「知っています。だから、奪いたいんだ」
――――そう、言った。

『藤真、お前を愛している』

その言葉は、聴きたくなかった。お前の口からは。
お前の口からだけは。
だって俺は。俺はお前の傍にいたい。
ずっとお前といたい。
だから。だから、聴きたくなかった。
…お前を他の男たちと一緒には…出来ない……

「最近のお前、ひどく刹那的だな」
「…一志?……」
今までは全てを黙認していた。藤真のさせたいようにさせていた。彼は我が侭で気まぐれでそして。そして、自分勝手だから。けれどもそれがまた、藤真の魅力だと一志は知っている。……けれども、今の…藤真は……
「全ての事に、どうでもいいって顔をしている」
まるで迷い子のように、さ迷っている。自分では気付いていないだろうが、その瞳が明らかに不安定で。
「…そんな事ないよ…ただ、マジになるのが嫌なんだ…」
何で?何で、だと…藤真は思う。何で今のままではいられないのだろうか?このまま身体だけの関係がとうして、いけないのだろうか?どうして仙道はあんな言葉を言ったのだろう?
……分からない…俺には…分からない……

「そうだな、お前は何時もそうだ」
きっと藤真には他人の気持ちなど分からない。彼は今まで気ままに生きて来たのだから。だからきっと、分からない。自分が幾らでも平気で他人を傷つけている事を。そして、傷つけられても離れられない者たちの想いなど。
藤真は決して傷つかない。彼はどんな事をしても許される。誰もが彼を許してしまう。
「本気になる事を恐れている」
我が侭で気まぐれで自分勝手で…そして何よりも自分に正直で。だから、彼は怯えている。真剣になる事に。傷つけ合わねばならない関係を作る事に。けれども。
「だから『あいつ』とは寝ないのか?」
真剣にならなければ決して手に入れられないものがある。そしてそれを何よりも藤真が欲している事も。何よりも、望んでいる事を。
「…一志…今日のお前…お喋りだ……」
拗ねたように見上げる藤真はひどく子供のようだった。いや、本当は子供なのだ。未だ何も知らない、小さな子供。
「あんまりにもお前が無茶をしているからね。放って置けなかったんだ」
「俺、無茶している?」
「している。何かから必死で逃げようと、無茶苦茶やっているみたいだ」
一志の言葉に彼にしては珍しい程自虐的な笑みを浮かべた。藤真は知っている。この幼なじみに嘘は決して付けないことを。彼は自分以上に自分のことを知っているから。
「お前だけは絶対に、俺を裏切らないよね」
藤真の言葉の意味をまた、一志も痛いほど分かっている。彼は無意識に怯えているのだ。失う事を。何時も失いたくないから、マジにならない事も。彼は子供だから。傷つく事を恐れているただの子供だから。
「ああ、ずっと。ずっとお前のそばにいる」
一志の言葉に藤真は笑った。多分無意識に知っているのだろう。自分が離れる事なんて出来ない事を。そしてそれは当たっている。一志は絶対にこの幼なじみから離れる事が出来ない。いくら心を手に入れる事が出来なくても。この想いが報われなくても。
「お前が望むままに」
初めて出会った時から、この我が侭な瞳に捕らわれていたのだから。

「…最近…仙道とも関係しているんだってな……」
「―――気になるの?」
力強い牧の腕に抱きしめられながら、藤真はひょいっと顔だけを上げて尋ねた。大きな瞳が未だ快楽の名残を見せて、微かに潤んでいた。
「いや…お前らしいなと思ってな」
「俺、面食いなんだ」
「そうだな。けれどもお前は自分に興味のない人間には絶対に手を出さないからな」
来る者は拒まず、去る者は追わず。それが藤真の他人への係わり方だ。彼は自分に好意を持つ者はたやすく受け入れるけれども、自分に関心の無い者には全く関わらない。
「相変わらず盛んだな。まあお前なら、どんな男だってたらし込めるだろうがな」
「あいつ、上手いんだ。男なんて抱いた事無いくせに」
「仙道は女慣れしているからな…男でもたやすいんだろう…」
「―――お前は?」
悪戯を思いついた子供みたいな瞳で、藤真は牧に尋ねてくる。そんな時の藤真の顔は本当に子供みたいなのだ。
「そんな事、お前が一番知っているだろう?」
「…フフ…そうだね……」
柔らかく藤真は牧に口付けると、ゆっくりと彼を見上げる。今まで付き合ってきた男の中では、多分一番彼が長いだろう。それは言い換えれば、藤真にとって都合のいい男だからだ。決して自分に干渉しないで思うままにやらせてくれる。そして決して、自分を困らせたりしない。
「俺お前のこと、好きだよ」
「相変わらず我が侭な奴だ。好きなくせに、俺のものにはならないのだからな」
「だから好き、なんだ。お前は俺にそんな無理言わないから」
「そんな事、言う奴がいるのか?」
牧の言葉に藤真は答えなかった。けれどもその笑みが質問を肯定している。
「バカな奴だな」
藤真は決して誰にも縛られない。縛る事など出来ないのだ。幾ら独占したいと願っても、その言葉を口にしてはいけない。そうすれば藤真は、その腕からたやすく擦り抜けてしまうから。だから。彼を捕まえる事など、決して出来ないのだ。―――でも。
「…いや、本当は馬鹿じゃないのかも…しれんな…」
―――本当は。
「…もう潮時なのかも…しれん……」
何時しか誰かがそう言い出す事は、本当は気付いていた。こんな不安定な関係が何時までも続けられるはずが無いと、心の何処かで。何処かで分かっていた。
…だから何時しか…誰かがこの不安定な時間にケリを着けるであろう事も……。
「…お前まで…俺に強要するのか?……」
そして、藤真も。藤真も何処かで知っていた。このままでいられる訳が無いと。何時しか全ての事に清算しなれけばならない事も。そして。そして、本心を曝け出さない時が来ると。
「…いや…俺は何も言わない。お前の好きにするがいい…」
そう言ってくれる優しい人だけだったらいいのにな、と。藤真は思った。

君の為にならば、この命さえも捧げても構わない。

「どうしたの?藤真さん」
先ほどから一言も口をきかない藤真に心配して仙道は優しく尋ねてくる。彼はこう言う時にひどく、優しい。女が本当に彼に惹かれる理由は多分、こんな所なんだろう。
「…お前、俺のこと好き?」
「好きですよ。藤真さんは美人だし、綺麗だから。ずっと傍に置いておきたいですよ」
「お前って根っからのたらしなんだね」
「藤真さんだってその綺麗な顔で、今までどれだけの男をたらし込んで来たんですか?」
「俺はそんな事しないよ」
そう言う彼の顔は傲慢にすら見える。けれどもそんな表情が何よりも似合う。彼以上にこんな表情が似合う人間を仙道は知らない。
彼にとって『男』は自分を引き立てて、そして自分の望みを叶えるものなのだ。彼の我が侭や贅沢を全て聞き入れ、そして叶えてやらねばならない。けれどもそうする事で藤真は、益々綺麗になってゆく。男を弄ぶ度に、綺麗になってゆく。
「貴方は本当に我が侭だ。自分を好きだと言う男は全て手元に置いて置きたいのでしょう?…けれども男も馬鹿だから、分かっていても貴方から離れられない。俺もそのうちの一人ですよ」
藤真は最高級のアクセサリー。最高級の人形。だからこそ誉められ讃美されなければならない。だから手に、入れたい。
「好きですよ、藤真さん。本当に貴方を」
「―――愛しているとは、言わないんだね」

「言って欲しいんですか?でも貴方が欲しがっているのは、俺からの言葉じゃない」

それが、答え。
全ての答え。
欲しかったもの。
一番欲しかったもの。
そして。
そして一番恐れていたもの。

真剣な、瞳。それは決して自分から反らされる事が無くて。
真っ直ぐな瞳。痛い程に、真っ直ぐな視線。
『…藤真……』
名前を呼ぶその声を、何時から自分は怯えるようになった?
その眼差しを、何時から自分は怖がるようになった?
『藤真、愛している』
剥き出しの、こころ。剥き出しの、魂。
そこには嘘も偽りも駆け引きも何も無い。
ただそこにあるのは『想い』だけで。
何も飾っていない。何も覆ってはいない。
ただひとつの『想い』だけで。
…それは苦し過ぎて、痛すぎて…俺は逃げ出すしか出来なかった……

本当はずっと、傍にいたいと、思っているのに。

「そんなに、全ての答えが欲しいの?」
「欲しいですよ。だって俺は貴方の全てが欲しいんだから」
「…なら…言って上げるよ。俺は…」

「俺は、誰のものにもならない」

「嘘ばかりですね。本当は貴方が一番それを望んでいるのに」
「…仙道?……」
「本当は貴方は『誰かのもの』になりたいんだ。そうしたらずっと一緒にいられるでしょう?」
「…何が、言いたい?……」
「こうした身体だけの関係は何時かは終わるって貴方は知っている。だから『あの人』を受け入れられない。違いますか?」
「………」
「あの人とずっと一緒にいたいから、そうでしょう?」

本気にならなければ。
さよならする時に淋しくないから。
幾らでも代わりはいるからと。そう思いながら。
そう思う事で男の腕の中を渡り歩いた。
けれども。けれども本当は。
失う事が怖かったから。自分が傷つくのが怖かったから。
だから本気にならない。誰のものにもならない。
でも。でも本当はずっと。
…ずっと……

「全ての関係を断ち切ったら、全てを受け入れる事が出来る?」

藤真の問いに仙道は微笑った。笑っただけだった。その先の答えは、自分で。
自分だけで探すしか、なかった。

―――君がひどく、泣くから。僕は何も出来なくなる。

「今でもお前は俺を『愛している』と言うのか?」
「…愛している…藤真…」
仙道の言葉は当たっている。確かに。確かにこの言葉は彼の口からはか聴きたくない。
他の誰でもなく彼でなければ、いけない。
「俺を独占したいか?」
「ああ」
怖かった。とても、怖かった。彼は自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけてくるから。剥き出しの魂を自分に見せつけてくるから。優しい想いだけを、くれないから。でも。
「…分かった…花形……」
でも、嫌だった。彼以外のものになるのは。彼、以外。だから。だから、俺は。
「俺を、独占してもいいよ」
俺は、選択をする。全ての問いに答えを出す為に。あえて、この想いを選ぶ。俺が一番恐れていて、そして。そして一番望んでいた、想いを。
「…藤真?……」
「俺を、あげる。お前なら…いいよ…」
抱きついた。その広い背中に。広くてそして、優しい背中に。この背中に手を回す事がどうしても出来なかった。一度その優しさを知ってしまったら、きっともう二度と手放す事なんて出来なくなってしまうと分かっていたから。それでも。
それでも今俺は、この背中の感触を自らの指に刻み込んだ。この、暖かい背中に。
「…藤真……」
抱きしめてくれる、腕。強く。息が出来なくなる程に、強く。でもその息苦しさが今は、何よりも嬉しい。その強さが、想いを伝えてくれるから。
「…愛している…藤真…」
「…うん…」
「ずっとお前だけ、見ていた」
「うん、花形」
「…誰にも…渡さない……」
切ない程優しくそして強い声が俺に降り積もる。俺は。
…俺は泣きたくなるくらい、幸せ…だった……。

「やっぱりね。こうなる事は分かっていたさ」
牧は苦笑を浮かべながら、隣に座る仙道に呟く。そんな牧に仙道はくすりと、笑って。
「残念ですか?牧さん」
「仕掛けたのはお前だろう?」
「まあ…そうですけど…。でも何れはこうなっていたでしょうね。それにしても残念だなー。藤真さんクラスの美人は中々いるもんじゃないですしね」
「…そうだな……」
聖女よりも清らかで、悪魔よりも強かで。そして、極上のアクセサリー。
「…でもあの人が幸せならば…それで、いいですよ」

―――君の為になら、僕は。
どんな残酷にも、そしてどんなに優しくもなれるよ。
君がそれを望むのならば。
…どんな事だって…してあげる……

BACK HOME

  プロフィール  PR:無料HP  合宿免許  請求書買取 口コミ 埼玉  製菓 専門学校  夏タイヤを格安ゲット  タイヤ 価格  タイヤ 小型セダン  建築監督 専門学校  テールレンズ  水晶アクセの専門ショップ  保育士 短期大学  トリプルエー投資顧問   中古タイヤ 札幌  バイアグラ 評判