夏の、終わり


きらきらとした、太陽の破片が。
睫毛を通りぬけて。
そして、落ちてゆく日差しに。
もうすぐ夏が終わるんだと、ふと思った。


何よりもお前が似合う季節が、終わる。


我が侭で、そして無邪気に笑うお前の夏が終わる。
「…藤真……」
「目、覚ましたんだ」
くすくすと子供のように笑うお前に、俺は寝ぼけていた目を擦った。けれども少しだけ四視覚がぼやけて変な感じがする。
「なんや俺…何時の間に…寝てたんやろう……」
その言葉にお前は俺の頭を思いっきり叩きやがった。その顔が本気で怒っている。畜生…そんな顔ですら、可愛いな…お前……。
「ふざけるなっ!俺がずっと膝枕してやってたんだぞっこのバカ南っ!」
「…ああ、ほんまや…どうりで気持ちイイなぁと……いてっ!」
もう一回頭を叩かれた。こんな所が子供みたいだと思う。初めてコートで見た時はひどく大人びて見えたのに。
「お前なんて知らない。降りろ、バカ」
子供みたいな無邪気さと。頭上から降り注ぐ太陽の光が、ひどく似合っていて。似合っていて、なんだか無償に……。
「わっ!」
腕を伸ばして、髪に手を当てて。そして。そして、キスをした。


我が侭で、自分勝手。
そしてひどく無邪気。
何時も俺が言われている事だけど。
本当は俺はお前に言いたいんだ。
お前の方が、我が侭だ。
お前の方が、自分勝手だ。
そして。

そしてお前の方が…無邪気…だ……


「藤真ってほんま美人や。俺幸せモノやわ」
そうやって笑う顔がひどく子供っぽいと気付いたのは、何時だったのか。
「何を今更」
「しょってんな」
「こんな美人をモノに出来て幸せだろう?南烈クン」
悪ガキのような瞳だと気付いたのは、何時だっただろうか?
「ああ、俺は幸せモンや。お前ぜーんぶ俺のモンだもんな」
最初は嫌いだったのに。口を聴くのもイヤだったのに。お前の本当の顔に気付いたら。
ただの無邪気で純粋な子供だと気付いたら。
―――何時しか放っておけなくなっていた……
お前がどれだけ純粋にバスケが好きか、本当のお前の心がどんなに優しいか気付いた時。俺は何時しかお前から目が離せなくなっていた。
「藤真、ごめんな」
お前が俺の前髪を掻き上げて、そして消えない傷口に指を這うわす。その仕草に俺は。俺はひとつ、笑って。
「一生許してやらないからな。責任取れよ」
そう言って今度は俺から、キスをした。


湘北高校と破れた後、突然お前は俺の前に現われた。
忘れたくても忘れられない相手。
俺のこの顔に傷を付けた相手。
けれどもそんな俺の前に現われたお前は。
お前は膝を着いて俺に謝った。

『―――すまなかった…』、と。

泣きながら、俺に詫びた。
だから、俺はそれで。
それでお前が本当はどんなに傷ついていたのか。
どんなに苦しんでいたのか分かったから。
俺は笑って、言った。

『いいよ、お前も本当はバスケが好きなんだろう?』
『…大好き、や……』

その時、お前が涙いっぱいの瞳で。
何よりも真っ直ぐに笑った笑顔が。
その笑顔があまりにも純粋で、あまりにも無垢だったから。
―――その瞬間、俺の心の中で何かが変わった。


バスケが好きなだけなのに。
その気持ちだけだった筈なのに。
何時しか自分に付けられた名前に。
名前に自分自身が傷つきながらも。
それでも勝つ為だと。
勝つ為だと自分自身に折り合いをつけて。
そして、正当化していた。
本当は。本当は心の何処かで。
大切なものをひとつづつ無くしているのに気付いていながら。
それに目をつぶって、ただ。
ただ勝つ事だけを、考えていた。

本当に大切な事を、見失っていた。

そんな俺にお前は笑って言ってくれた。
バスケが好きなんだろうと。
何よりも綺麗な顔で、お前は。
その後ろに見えた夏の太陽と。
きらきらと零れる日差しが。
お前の笑顔の上を、零れてゆく。
その瞬間、俺は。

―――俺はお前に、恋をしたんだ……


「責任いくらでも取ってやるわ。俺お前にベタ惚れやからな」
子供みたいに笑った笑顔に、あの時の瞳が重なる。バスケが好きだと言ったお前の瞳と。ずっと、ずっとお前にはこの瞳をしていて欲しいから。欲しい、から。
「取れよ、こんな美人の責任取らなかったら男がすたるからね」
「ああ、やっぱお前には勝てないな。これも惚れた者の弱みやろうな」
――――子供のような、無邪気な瞳を。


夏が、終わる。
もうすぐ夏が終わる。
けれども。
けれども俺達が過ごした夏は。

永遠に、終わらないから。

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