I Wish



――――ずっと、傍にいてくれた……

一番辛い時。一番切ない時。そして一番苦しい時。
貴方だけがずっとそばにいてくれた。貴方だけが、ずっと。
ずっと私の傍にいてくれたのに。

どうしてこんな簡単なことに私は気付かなかったのだろうか?

―――故郷を失い、全てを失い。
そんな私から手のひらを返すように消えていった人達。
それでも。それでも貴方だけはそばにいてくれた。
そばに、いてくれた。


その事に気付くのに、どうして私はこんなにも時間が掛かってしまったのか?



「―――お嬢様……」
何時も私だけを見ていてくれた瞳。何時も私だけを護ってくれていた背中。何時も私だけを…助けてくれたその腕が。
「ビルフォード、ごめんなさい。私は」
ずっと私を支えていてくれたのに。本当は不安だった私を。本当は怖かった私を。貴方は無言でその心を護っていてくれたのに。どうして?どうして私はその事に気付かなかった、のか?
「…ごめんなさい…貴方だけだったのに…ずっと…」
ラフィンを追い続け、待ち続け、そして待ちくたびれて。髪を切り、全てを吹っ切ったと思っても。思ってもやっぱり、再び出逢えば心はときめかずにはいられなかった。
貴方を好きでいた頃の自分が、一番大好きだったから。一番綺麗でそして一番純粋な心でいられたから。だから私は貴方にもう一度逢って、そして。そしてもう一度一番大好きな自分に戻って恋をしようと思ったの。けれども。けれども。

―――時は、流れていた…失ったものはもう元には戻らない……

好きだと思った。貴方をやっぱり愛しているのだと思った。けれども。けれども傍にいても何処か。何処かぽっかりと心に穴が空いていて。そして。そして失われた五年間の時間はふたりを少しづつずらしていった。重ね合っていた心を、少しづつ。そして。そして辿りついた場所が…私が辿りついた、場所が。
「…ずっと…貴方がそばにいて…くれたのに……」
貴方の、真っ直ぐな瞳だった、から。


貴方だけが、何時も。何時も私のそばにいてくれた。
どんなになろうとも私の。私のそばにずっと。ずっと、いてくれたから。

今思えばラフィンにも、私は強がっていた。
弱い自分を見せたくなくて、完璧な私を見せたくて。
ずっと無理をしていた。ずっと強がっていた。

―――何で気付かなかったのだろうか?

私は貴方の前では、本当の自分を見せていた。
私の強い部分も、私の弱い部分も、全部。
全部貴方だけには見せていたのに。貴方だけには、全部。


私の醜い女の部分も、私の子供のような我侭な部分も。



戸惑う貴方の顔。困っているのかもしれない。貴方にとって私は。私はただの仕えるべき主君でしかないのかもしれない。それでも。それでも私は。
「―――貴方が好きです…ビルフォード……」
それでも私は、もうこの気持ちを止めることが出来ない。この想いを、止めることは出来ない。
「貴方がいてくれたから…私はこの辛い日々を耐えられた…ラフィンとの約束よりも私は…私は貴方がいてくれたことが……」
「…お嬢様…私は……」
「…貴方がいてくれたから…こんなにも…しあわせだと…分かったから……」
微笑った。微笑ったのに何故か。何故か涙が零れてきた。どうして?どうして私は貴方の前では…気持ちを隠すことが出来ないのか?
―――こんな時くらい精一杯に微笑って、貴方を苦しめたくはないのに。
「…今こうして貴方と一緒にいられる事が…私にとってしあわせだと…分かったから……」
ああでも。でもどうしても。どうしても瞳から涙を止めることが出来ない。どうしても、後から後から零れてきてしまう。私はこんなにも…こんなにも弱い女、だったんだ。
「…お嬢様……」
そんな私の頬にそっと。そっと手が伸びる。大きな手。傷だらけの手。けれども何よりも優しい手が、そっと。そっと不器用に私の瞳の涙を…拭って。そして。
「私はずっと、貴方だけを見ていました」
そして、真っ直ぐな瞳で私を見つめてくれた。



傍にいられるだけでよかった。
貴方がしあわせならばそれでよかった。
貴方を護り、貴方を傷つけないことが。
それが俺の全てで。俺が生きる意味だった。
強くて、そして何処か脆くて。それでも。
それでも何時も前だけを見つめ、強い意志で。
強い想いで生きてきた貴方を。そんな貴方を。
俺は自分の全てで、護りたかった。

貴方が誰を見つめていても。
貴方が誰を思っていても。

俺は貴方がしあわせでいてくれればそれだけで。
それだけでよかった。貴方の笑顔を見ていられれば。
それだけで、しあわせだったから。


何も持たない、俺。何も持ってはいない俺。貴方とはあまりにも生きてきた境遇も身分も違う。それでも。それでも『想い』だけは誰にも負けないつもりだった。
「―――私で…いいのですか?」
想いだけは。貴方への想いだけは。何も持ってはいないから、それだけは誰にも負けないつもりだった。
「…貴方が、いい…ううん…貴方でないと…嫌です……」
ずっと見つめていた。ずっと見つめつづけていた。幼い頃から、ずっと。ずっと、願い続けていた。貴方のしあわせを。貴方のしあわせだけを。それが。それがこの俺の手で…少しでも作り上げることが出来ればそれだけでいいと、思っていた。それだけで、いいと。
「…ビルフォード…お願い…ずっと…」
でも今。今貴方が求める腕が、俺の腕で。貴方が求める指先が、俺の指先ならば。俺は、この全てで。俺の持っている、全てで。
「…ずっと…私の傍に…いて……」
――――この俺の持っているもの全てで…貴方の想いに、答えるから……


きつく、抱きしめた。力の限り、強く。
強く貴方を抱きしめた。細い身体。しなやかで細い。
こんなに小さな肩で、貴方は戦い続けた。
こんなに細い身体で、貴方はずっと戦い続けていた。


「…シャロン様…私はずっと…ずっと貴方だけを思っていました……」
「…ビル……」
「貴方だけを愛していました。ずっと、貴方だけを」
「…私も…私も貴方だけを……」


「…貴方だけを…愛している………」


唇が、重なる。触れるだけの口付けでは足りなくて。
足りなくて激しく唇を貪り合った。
何度も何度も重ねて、何度も何度も舌を絡めて。何度も何度も…


「…シャロンと…呼んで…ビル……」
「…お嬢様……」
「…呼んで…ビル…私だけの……」
「…シャロン…愛している……」


そのまもつれ合うようにベッドに崩れ落ちた。互いの服を脱がし合うのももどかしいほどに。唇をずっと重ねながら、性急に互いの服を脱がし合う。
月明かりの下、その光だけが頼りで。その淡い光だけが、頼りで。生まれたままの姿になっても、やっぱりふたりを見ているのは空に浮かぶ月だけ、だった。
「…綺麗だ…シャロン……」
見下ろすビルフォードの視線にシャロンはそっと目を伏せた。自分に注がれる熱い眼差しがひどく。ひどく恥ずかしくて。身体を重ねるのは初めてではないのに、まるで処女のように緊張した。
「…ビルフォード……」
そっと目を開ければ逞しい肉体が自分の前に晒されている。その胸には背中には無数の傷があって。でもその傷こそが、自分を護ってくれたものだから。
「…あっ……」
大きな手がそっと。そっと胸に触れた。壊れ物を使うかのように、そっと。そっと柔らかいシャロンの乳房を包み込む。その不器用でも優しすぎる愛撫が、シャロンの瞼をそっと震わせた。
「…あぁっ…ビル……」
背中に手を廻して、ぎゅっと抱きついた。手のひらに感じるのは、無数の傷跡。たくさんの、傷。その全てが自分の為だけに付けられたものだと気付くと、触れずにはいられなかった。その傷に、全ての傷に。
「…あぁん…はっ……」
片方の胸を揉まれながら、もう一方の胸を唇で吸われる。その刺激にシャロンの胸の果実はぷくりと立ち上がった。
「…あぁぁ…あん…はぁっ…ん…」
ちろちろと舌先で嬲られながら、ぎゅっと胸を揉まれる。大きなビルフォードの手のひらにすっぽりと納まる胸が、手のひらで柔らかく揺れた。
「…あぁ…ビル…ビル…はぁっ……」
「…シャロン……」
唇が離れて、視線が絡み合う。夜に濡れたシャロンの瞳は…綺麗だった。その色を瞼の裏に閉じ込めたいと。ずっと閉じ込めたいと思う程に。
「…愛している…シャロン……」
「ああんっ!!」
片一方の手で胸を弄りながら、もう一方の手がシャロンの秘所へと辿りつく。薄い茂みを掻き分けて、花びらに触れた。入り口を指で辿ってから、そっと中へと侵入させる。指先にじわりと湿った感触が伝わった。
「…ああ…あんっ…あんっ……」
感じてくれている。自分の手に、自分の舌に、自分に…それが何よりもビルフォードを満足させ、彼の雄を刺激した。自分をこんなにも求めてくれていると言う事実が。
「…シャロン…こんなにも…俺を……」
「…はぁっ…あぁ…あんっ……」
とろりと零れ出す蜜が、指先を濡らす。濡れたままの指先で何度も何度も秘所を掻き回した。くちゅくちゅと濡れた音と共に、夜に開いてゆく花びらが。ビルフォードを求めて締め付ける媚肉が。
「…ビル…もう…私……あぁ……」
「…シャロン……」
「…来て…私…貴方が…欲しい…ずっと…欲しかった…だから…」
ぽたりと零れ落ちる涙。頬から零れる涙。それはきっと。きっと快楽のためだけじゃない。それだけじゃ、ない。その零れ落ちる涙をそっと。そっとビルフォードは拭って。そして。
「――――俺も…貴方だけが…欲しい……」
そしてそっと細い腰を掴むと、その身体を一気に貫いた。



ずっと、貴方だけが。
貴方だけが、見ていた。
私の哀しみを、私の喜びを。
私の苦しみを、私のしあわせを。
貴方だけが、ずっとそばで。
そばで見ていてくれた。

―――気が付けば何時も…何時も隣にいたのは貴方だった……



「…あああっ…ああああんっ!!」
最奥まで貫かれシャロンは喉を仰け反らせて喘いだ。その両腕をビルフォードの背中に廻して。ぎゅっと、しがみ付いて。
「…ああああっ…あぁぁ…あっ…あっ……」
逞しいその背中に。自分だけに与えられた背中に。自分だけの、背中に。ここが。ここが一番安心できる場所だと。ここだけが自分の唯一の場所だと。ここだけが自分のただひとつの場所だと。今、気がついたから。今、分かったから。
「…シャロン…シャロン……」
「…あああ…あぁっ…ビル…ビル…ああんっ!!」
貴方だけを、愛している。迷わずに言える。貴方だけを愛していると、真っ直ぐに見つめて言えるから。貴方が私を見つめてくれた瞳と…同じ瞳で。
「…愛している…シャロン…俺だけの……」
「…あああっ…はぁぁっ…ああんっ…あぁ……」
「…俺だけの…シャロン……」
「――――あああああっ!!!!」
身体の中に注がれる熱い液体が、貴方の想いの熱さだと想ったら…泣きたくなるほど嬉しかった……。



『―――貴方は、誰?』
その瞳が。その声が、俺を捕らえ。
『ビルフォードです…今日からお嬢様に…お仕えします』
真っ直ぐに俺を見つめ。そして。
『よろしく、ビルフォード』
そして、そっと微笑った時。


この笑顔を護る為ならば、俺はどんな事でも出来ると思った。



「…ビル…ずっと……」
伸びてきた手を、そっと。そっと絡めた。
「…これからも私の傍に…」
そっと絡めて、そして離さずに。
「…いて…くれますか?……」
離さない。それが俺の誓い、だから。



「そばにいます、ずっと。俺が死ぬまで…いや死んでも…貴方のそばに……」





ただひとつの、誓い、だから。


 


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