本当に望んだものは、永遠に得られなかった。だからと言ってそれを諦められるほどに大人にはなれなくて。けれどもそれを無理矢理奪うほど、子供にも戻れなくて。
どうにも出来ない想いを胸に抱え立ち止まるしかなかった。この場所に立ち止まるしか、なかった。これ以上誰かを傷つけるのも、自分を傷つける事も、私は疲れてしまったから。
恋だけで生きられるほど純粋でいられたら、何も怖いものはなかった。
そっと触れてくる手のぬくもりに、エリシャは何も答える事が出来なかった。暖かい手、優しい手。そして小刻みに震えている手。それを気付かない振りが出来るほどに二人の距離は離れていなくて、絡み合う視線は言葉以上に告げられない何かを含んでいた。それに触れて弾けてしまったら、もう。もう戻れない程に。
「…僕は、子供?……」
碧色の瞳が微かに揺らいで、それと同時に告げられた言葉にエリシャは首を振った。子供だと言うならば、自分の真意に気付かない。子供だと言うならば、心の奥底まで気付かない。
「でも子供だ。どうやっても僕は父親を越えられない…貴方にとって」
震える指先。それが彼にとっての誠意だった。彼にとっての想いだった。それをエリシャには分かっているから、痛い程に分かるから…答えられない。
「…マルジュ…私は……」
何を言えばいいのか分からない。子供だったら良かった。本当に言葉通りに子供だったなら。そんな事ないわよと笑って。笑って、そしてキスをすればいいのだから。
好きだと言われて、真っ直ぐな瞳で告げられて。
それを拒むほどに大人になりきれなかった。
それを受け入れるほどに純粋でいられなかった。
それがどんなに卑怯な事かは分かっている。頭では分かっている。
でもこころが止められなくて。こころが、止められない。
――――あの人の面影を追うのを、止められない……
顔も形も全然似ていないのに、時々見せる瞳が似ているの。
「貴方が誰を愛していても、僕は貴方が好きだから」
あの人によく、似ているの。今みたいな瞳が。だから私。
「僕は父の身代わりでも、それでも好きだから」
私あの人を捜してしまう。目の前の幼さの残る瞳の中から。
「―――好きなんだ、エリシャ……」
その瞳の何処かに貴方の父親を、捜してしまうのよ。
許されないでしょう?ひどい女でしょう?私は悲劇のヒロインにすらなりきれない馬鹿な女なの。
触れてくる唇をエリシャは拒まなかった。そのまま唇を合わせ、自ら口を開き舌を迎え入れる。濡れた音とともに、絡み合う舌。蕩け合う舌。交じり合う、唾液。
「…ふっ…エリシャ……」
「…んんっ…ふぅ…んっ……」
こめかみから熱が灯り、全身に広がってゆく。じわりと侵蝕する熱さに、エリシャは目を閉じ身を委ねた。このまま思考に残る罪悪感と罪の意識を消し去る瞬間まで。その後にもっと深い絶望が来ると分かっていても、その熱を求めずにはいられなかった。
「…ふむっ…はぁっ…ぁ……」
ぬちゃぬちゃと絡み合う音が直接的にエリシャの耳に響く。わざと音を立てながらキスをするようになったのは、目の前の相手が初めてだった。そうする事で、欲望の速度が速まると気付いたから。
「――――あっ……」
唇が離れた瞬間、エリシャの身体はベッドに勢いよく押し倒された。ふわりと長い髪が揺れ、そのまま白いシーツの海に零れてゆく。それをひどく眩しいものを見るようにマルジュは見つめながら、濡れたエリシャの唇を指で辿った。
「僕と初めてこうした時、貴方泣いてくれたから。僕の為に泣いてくれたから」
指先は暖かかった。それが伝わるから哀しかった。もしもこの指が冷たくて、想いなんて自分に届かなかったなら、何も考えなくてもよかったのだから。何も考えずに、ただセックスに溺れればよかったのだから。
でも指先は暖かい。でも想いは、暖かい。伝わってくるものは、哀しいくらいに優しい。
何度も行き来する指先をエリシャは舌でちろちろと舐めた。紅い舌が唇から覗き、マルジュの指を包み込むように舐める。その仕草は何故か快楽に溺れているよりも淫靡な表情に見えた。
「―――貴方が自分の為でも父の為でもなく、僕の為に泣いてくれたから……」
それだけで、いい。そうマルジュが告げる前に唇が塞がれた。濡れた指は自らの指で絡め取りながら。
「…マルジュ…私はひどい女だから優しくしなくていいのよ。貴方の欲望のまま無茶苦茶にしていいのよ…」
「そんな貴方が好きだ」
「…私は貴方を利用しているのよ……」
「それを口に出して言える貴方が好きだから」
好きだと告げて、そしてがむしゃらに抱いた夜。初めて肌を重ねたあの夜。何時も強気で自信に満ちた彼女は泣いた。誰のためでもなく自分の為に泣いた。愛する人の息子だから寝たんだと、私は最低の女だからと。大切な存在なのに自分が穢してしまったと。
「――――好きだ、エリシャ」
絡めた指を離して、そのまま。そのままきつく身体を抱きしめた。その強さに睫毛を震わせる事しか、もうエリシャには出来なかった。
「…あっ…あぁんっ…ソコっ……」
ベッドに上半身を凭れかけさせながら、エリシャは脚を広げた。膝を曲げ一番恥ずかしい個所を暴くと、ソコにマルジュを迎え入れる。
「…ソコっ…イイっ…あぁっ!……」
身体を割り込ませ、マルジュはエリシャの花びらに舌を這わした。零れる蜜を舌で掬い上げながら、ソレを花びらに擦り付ける。ざらついた舌の感触とぴちゃぴちゃと濡れる音にエリシャは身体を小刻みに痙攣させた。
「…あぁっ…ひゃぁんっ…はぁっ……」
ひくひくと蠢く花びらを掻き分け、奥にあるクリトリスをぺろぺろと舐める。それだけでソコからは蜜が滴り、白いシーツを濡らした。身体は熱く火照り、脳みそから痺れてくるのを感じる。立たせた膝はがくがくと揺れ、耐えきれずにエリシャはマルジュの金糸の髪を掴んだ。
「あああんっ!!」
掴み引き寄せ、もっととねだった。痛い程に張り詰めたクリトリスを舌に押し付け、より深い刺激をねだった。それに答えるようにマルジュはねっとりとした愛撫をソコに施し、廻りの媚肉を指で擦る。形を辿るように何度も。
「…あぁ…ぁぁ…マル…ジュ……」
与えられる刺激にエリシャの髪が、胸が震える。無意識に上下に腰を動かし、両の胸がふるふると揺れる。夢中になって性器を吸っていたマルジュには見えなかったが、それはひどく淫乱な姿だった。
「…マルジュ…舌は…いいから…舌よりも……」
「…あ……」
震える脚を堪えて膝立ちになると、エリシャはマルジュを逆にベッドに押し倒した。そしてふくよかな乳房でマルジュ自身を包み込む。柔らかくけれども肉感のある胸に包まれて、たちまちマルジュのそれは筋が見えるほどに立ち上がった。
「…エリシャ…はぁっ……」
沸き上がってくる快楽を堪えるように唇を噛み締めるマルジュの表情にエリシャは欲情した。少年っぽさを残すその仕草に。自分が胸を擦り合わせるたびに膨らんでくるソレに。
「…駄目…まだイっちゃ…ね」
びくびくと震え先端から先走りの雫を零し始めたソレをエリシャは指で出口を塞いだ。そしてそのまま身体を起こすと、先端を膣に当てる。
「…駄目よ…ココで…ね……」
限界を迎えている出口を自分の花びらでなぞってやれば、刺激に堪えきれずマルジュがぎゅっと目を瞑る。その顔を見下ろしながらエリシャはゆっくりと腰を降ろした。
「――――っ!」
「ああああっ!!!」
熱い内壁がマルジュをぎゅっと締め付ける。その刺激だけで、彼はエリシャの中に欲望を吐き出してしまった。どくんどくんと注がれる液体を感じながら、エリシャは身を進めてゆく。
「…あぁぁっ…ああんっ…あああっ…」
腰を落としてゆくたびにずぶずぶと濡れた音が室内に響き渡る。繋がった個所からとろりとした精液が漏れてくる。白い液体と透明な液体が交じり合って、二人の太腿を汚した。
「…中で…大きくなってゆくのが…分かる……」
一端根元まで埋め込むと、エリシャは動きを止めて目を閉じた。自らの感覚全てがエリシャの膣に集中する。自分が咥え込んだ肉棒が、その中で大きくなってゆく様をリアルに感じる。
「―――エリシャ……っ……」
「ああんっ…あああんっ!」
それをじっくりと堪能してエリシャは自ら腰を揺すった。がくがくと、感じるままに揺さぶる。硬く熱い楔に引き裂かれる感覚に溺れながら。
「…マルジュ…マル…あぁぁっ…あんっ…ああんっ!」
無意識に伸びた手が自らの乳房を鷲掴みにした。痛い程に揉みながら、腰を本能のまま上下させる。抜き差しされる楔に溺れながら、喉を仰け反らせてエリシャは喘いだ。そして。
「――――くっ!」
「はああああっ!!!」
そして、ぎゅっと中で締め付けた瞬間。どくんっと弾けた音とともに、エリシャの中に二度目の液体が注がれた。
ひくんひくんと痙攣する身体を、マルジュは己の腕で抱きしめる。
「――――好きだ…エリシャ…君が誰を好きでも……」
汗で濡れた髪を撫でながら。繋がった個所は、離さないまま。
「好きだから…だから誰にも渡さない…僕以外にこんな事をさせない」
擦れ合って痺れたままで。中に精液を流したままで。
「絶対に誰にも、渡さない。僕が父を越えるまで」
何も言えなかった。やっぱりエリシャは何も言えなかった。ただ視線を絡めて、唇を重ねる事しか。それしか自分には出来なかった。それしか、出来ない。
子供に戻れず、大人にもなれない自分は…そうする以外の方法を思い付かなかった。
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