愛のかけら




内側に眠るこの想いに身を焦がされて、そのまま壊れてしまえたらいいのに。


貴方の瞳にある翳を何時も捜していた。その先にあるものを、私はずっと捜していた。貴方が見ているものを、貴方が見つめているものをずっと。
「――――アフリード様、私は罪深き娘ですか?」
見下ろした先にある漆黒の瞳にある翳を私は捜した。その先にある闇と想いを私は捜した。けれども見えなかった。見つけられなかった。
「…すまない、エリシャ…私はお前には答えられん……」
幾ら私が捜しても、貴方の真意は見つけられない。私がどれだけ捜しても、貴方の真実は見つけられない。分かっている。分かっているはずなのに。
「分かっているわ。私は貴方の『娘』。それ以上でもそれ以下でもない。分かっている。でも愛しているの」
母さんの愛した人。そして私が愛する人。それはひどく甘美な罪だった。母親の想いを知りながら、貴方の娘でありながら。私は貴方を一人の『男』として見ていた。そうやってずっと、追い続けていた。貴方に私が女として映らないと分かっていても。
「愛しているの、アフリード様…ごめんなさい」
その頬に触れ、覆い被さるように私は貴方の唇を塞いだ。答えてはくれないと分かっていたけれど、私は貴方に口付けた。


貴方が何者なのか、どうして母を愛せなかったのか。
その答えを知っても。知っても、止められなかった。
貴方が愛する家族の元へと戻り、そして愛する人の元へと戻っても。
それでも私は貴方への想いを止められなかった。


瞳に映る翳。それは禁断の想い。私には触れられない、想い。


「綺麗な人ね、あの人は」
貴方は私を受け入れない。けれども突き離せない。
「シルフィーゼ様…綺麗な人ね」
今こうして抱き付いてくる私を突き飛ばす事は出来ない。
「貴方の愛した人は、本当に綺麗な人ね」
貴方は私の全てを拒む事は出来ない。


貴方の寝室に現れ、突然服を脱ぎ出した娘を。そんな私を貴方はどう思ったのだろう。生まれたままの姿になって、ただ唯一の武器である『女』を曝け出す私を。そんな私を貴方はどう思ったのだろう?
「愛さなくていい。娘でいい。だから抱いて」
指を首筋に絡め、胸の膨らみを押し付け、もう一度口付けを奪う。触れるだけのキスを、もう一度。けれどもやっぱり貴方は。貴方は答える事はない。答えてはくれない。
「すまん、エリシャ…私はお前を大事な娘だと思っている。だから許してくれ」
「いや、抱いて。抱いてくれたら私は諦めるから。一度でいいからっ!」
一度でいい。一度でいいから、貴方の熱を感じたい。愛した男の人を受け入れたい。私の女としての願い。私の女としての欲望。それを。それを…。
「貴方を、愛しているの」
それでも貴方は私の肩を抱き、ゆっくりと身体を引き離した。それが全ての答えだった。


愛している。愛している、貴方を愛している。
こんなにも私の中に熱いものがあるとは思わなかった。
こんな自分が存在するとは思わなかった。こんな。
こんな気が狂うほどに、誰かを想う自分など。
そんな自分が内側に存在している事が、何よりもの恐怖だった。


だって止められない。自分を止められない。この想いに押し潰されそうで。


「お前は私にとって大事な娘だ」
そんな愛いらない。そんな想いいらない。
「何よりも大切な娘だ。だから私などに捕われないでくれ」
優しい暖かい想いに身を包まれるくらいなら。
「こんな私などよりももっと。もっとお前にはしあわせになれる相手がいるはずだ」
激しい想いに身を焦がして、壊れる方がいい。溺れる方がいい。
「お前には誰よりも、しあわせになって欲しいんだ」
貴方に溺れ、焦がれ、そして壊れる方がいい。


けれども貴方は私を救おうとする。必死になって救おうとする。堕ちてゆく私に。


それが貴方の愛だと痛い程に分かっている。それが貴方の想いだと、私には嫌という程に。けれども。けれども私はそんな想いなんて欲しくなかった。
「しあわせなんて、要らない。欲しくない。だったら私を切り捨てて」
そんな優しさならば一層。一層私の全てを拒絶して欲しかった。受け入れられないなら一生。一生貴方に逢う事すら叶わないほどに、残酷に切り捨てて欲しかった。
「私の全てを否定して。そうしなければ私は…私はこの想いを止められない」
でも貴方はそれが出来ない。出来ない。それが貴方の優しさだった。それが貴方の残酷さだった。そして。そしてそれが私が貴方を愛した理由だった。


私が全てを捨ててと言えばきっと、貴方は捨てるだろう。
けれども貴方はどんな事になろうとも私だけは受け入れない。
私だけは、ずっと娘として。娘として大切にするだろう。
分かっている。それが貴方の私への愛。何よりも大切にしてくれる私への想い。


けれどもそれは私にとって何よりも残酷な事だった。


受け入れられないなら、切り捨てて。
そうでないなら、偽りの想いで抱いて。
中途半端なまま、私を。私を護らないで。
そうしなければ私は。私は何処にもゆけないから。


――――何処にも私は…ゆく事が…出来ないから……




「…それでもエリシャ…私はお前を愛しているんだ……」




ええ、分かっている。娘として愛しているのでしょう?分かっているのよ。それが貴方の残酷さ。それが貴方の優しさ。それが貴方の…私が愛した部分。
そっと抱きしめられる。でもそれだけ。それ以上貴方は私には何もしない。どんなになっても、それ以上私に貴方が触れる事はない。触れる事は、ない。



そんな貴方の背中に腕を廻し、私は微笑った。微笑う事しか出来なかった。泣けない瞳で、微笑む事しか出来なかった。




 

 


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