――――貴方が、微笑ってくれるのならば。
何も、いらないんです。何も、欲しくないんです。
私はただ。ただ貴方が微笑っていられる世界が。
貴方が本当に微笑っていられる世界だけが、それだけが。
それだけが、欲しかったんです。
泣き叫び、気が狂い、そして。そして押し寄せたものはただ。ただ破壊の衝動だけだった。自分と言うものを、自我と言うものを失くしてしまえたら。全てを失くしてしまえたら。そうしたらもう。もう苦しくないから。何も、何も、苦しくないから。
「―――ティータっ!!!」
ああ、グエン様…そんな顔をしないでください。私は、私は貴方のそんな顔を見たくはないのです。私は貴方の笑顔が、見たかったのです。ずっと。ずっと、ずっと。それだけが望み、それだけが願い。でも、もう。もう私は貴方を微笑わせる事が出来ないのですね。
この忌まわしき血が私を竜へと変える。私を殺戮の道具へと変える。どんなに私の意思が抵抗しようとも…どんなに私が、泣き叫んでも。
私はもう。もうこの湧き上がる自分以外の意思を。自分以外のモノを、止められない。
……もう、愛する貴方の声すら…ひどく遠くに感じる……
花のような、少女だった。子供のようなひと、だった。
『…グエン様…』
私を見上げ、微かに頬を染めながらはにかむように微笑う貴女。
『…あの…何時か…』
虫すらも殺せないような可憐な少女。それが貴女。私が愛した人。
『何時か、ふたりで』
私がただひとり、愛した人。
ねえ、グエン様。私何も要らないんです。
本当に今まで欲しいものはなかったんです。
でもひとつだけ。ひとつだけ…欲しいものが出来ました。
笑わないでくださいね、私。
…私…貴方のその優しい笑顔が何時でも見られる世界が…欲しいんです……
誰よりも平和を願ったひと。誰よりも他人の痛みが分かるひと。
誰よりも優しいひと。誰よりも…優しすぎるひと…。そんな貴女を。
そんな貴女を、私は護りたかった。貴女だけを、護りたかった。
『いやあああああっ!!!』
今でも消えない、耳を引き裂く叫び。竜にされることを最期まで抵抗し、そして。そして壊れてゆく少女。優しすぎる心が、その現実に耐えきれずに。耐えきれずに元の姿にすら戻れなく、ただひたすらに。ひたすらに壊された少女。私の、ただ独りのひと。
「…ティータ…ティータっ!……」
愛している。貴女だけを、愛している。例え竜になろうとも、例えどんな姿になろうとも、貴女は貴女なのだから。私が愛した貴女なのだから。私は貴女のためならばどんな事でも出来るから。貴方の為ならば、どんな事でも。
『―――ああ、ティータ…何時かふたりで…』
しあわせになろう。ふたりで、しあわせになろう。
『私がずっと、貴女を護るから』
何時も笑顔でいられるように。何時も微笑っていられるように。
『…どんな事になっても貴女だけは私が護るから……』
貴女のためならば、私は鬼にも修羅にもなろう。
その道がどんな闇に濡れていても。どんな道であろうとも。
貴女のためならば。貴女を護る為ならば。
願ったものは、ただひとつ。ただひとつ、互いの笑顔。それだけだったのに。
グエン様、私を殺してください。
私をこの地上から解放してください。
もうこれ以上、私は。私は手を血で濡らしたくない。
そして何よりも。何よりもこれ以上。
これ以上貴方が苦しむのを…見ていたくない。
貴方の苦しみの原因が私ならば。私ならば、もう。
もうこの存在を。この存在を失くして。
失くしてください。貴方の苦しみにしかならない存在なら、私は要らないから。
何時か、ふたりで見ましたね。一面の真っ白な花を。
本当に世界の果てまで続くような白い花たちをふたりで。
ふたりで、ずっと。ずっと、見ましたね。
指を絡めながら。見つめあいながら。そして。
そしてそっと、微笑いながら。
―――あの瞬間は…何処へ行ってしまったのでしょうか?
何もいらなかった。何も欲しくはなかった。
何も願わなかったし、何も望まなかった。
それなのに。それなのにどうして。どうしてこんな事になってしまったの?
泣き叫ぶ竜。その悲鳴が涙から来るものだと、誰が知っているのか?
ひとを恐怖に陥れるその声が、少女の嘆きだと誰が知っているのか?
「…ティータ…愛しているよ……」
願いは一つ。望みは一つ。
「―――永遠に…愛しているよ……」
それは貴女の笑顔。貴女の無邪気な笑顔。
「…愛している…ティータ……」
そして世界は闇に包まれる。絶望だけが覆う世界へと。
…ただひとつの純粋な愛だけを、永遠に手の届かない場所へと閉じ込めて……
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