―――この手で、貴方を抱きしめたかった…ずっと……
小さな命がこの手のひらで、生まれて。
そして私にそっと微笑む。小さな命が、私に。
微笑って、そして。そして泣いて。
生まれたての命が大きな声を上げて泣いて。
―――小さな手のひらが、必死になって生きている事を主張した。
私は、ただひとつのものを護る為に、全てを、捨てた。
愛する者も、愛すべき人も、ただ独りの私の…小さな命を。
その全てを捨てて。自分すらも、捨てて。
――――魔女に、なった……
伸ばされた手を、私に向かって伸ばされた小さな手を。
どんなに触れたかったことか。どんなに握り締めたかったことか。
この生まれてきた命を、この自らを痛めて産んだ命を。
どんなに、どんなに、私は抱きしめたかったことか。
声を上げて、泣いて。生きていると、泣いて。
ずっとそばにいて、抱きしめたかった。
ずっと貴方を、抱きしめていたかった。
愛する子。私の子供。ただ独り私が愛した貴方の子供。
名前を呼んで、ずっと腕に抱いて、慈しんで。そして。
そして貴方が大きくなってゆく姿を、ずっと。ずっと、ずっと。
私は見てゆきたかった。貴方をずっと、見てゆきたかったのよ。
『…テオ……』
何度その名を口にしかけて、そして止めたか。
何度その名を言葉にしようとして、喉の奥に仕舞い込んだか。
貴方だけよ。貴方だけなのよ。
私の本当に抱きしめたかった子供は。
私がただ独り母親として思ったのは。
貴方だけなのよ。貴方だけなのよ。
ねぇ、一度でいいから…お母さん…って呼んで欲しかったな……
叶わない夢。叶わない願い。
自分の理想の為に、全てを捨てた私に。
愛するものと引き換えに、全てを汚した私に。
私に貴方をこの手に抱く資格はないの。
…でもね、ずっと。ずっとひとときですら…忘れた事はなかったのよ……
貴方が私のように辛い目に合わないかと。
ゾーア人として迫害を受けていないかと。
貴方の心に傷が増えてはいないかと。
貴方の心が軋んでしまわないかと。
何時も何時も、思っていた。ずっと、私は思っていた。
私がただの平凡な娘で、何の力もなかったならば。
ゾーア人でも何でもなく、本当にただの女でしかなかったら。
貴方と、シゲンと、私と、三人で。
もっと別の道を選べたかもしれない。
もっと違う道を、選べたかもしれない。
ああでも、これは。これは私が選んだ道。修羅の道を、私がこうして選んだのだから。
ささやかなしあわせと、ちいさなよろこび。
そんなものを望んでいた少女の時代は遠くに過ぎてしまった。
あまりにも遠くに過ぎていってしまったから。
『ようやく見つけたぜ、ゾーアの魔女、カルラよ』
大きくなったわね、貴方そっくりよ。私の愛したあの人にそっくりよ。
その意思の強い瞳も、反らされることのない真っ直ぐな視線も。
全部、全部、あのひとの生き写し。愛するあの人の、生き写し。
『ふふっ……可愛いぼうやね。私になにか御用なの?』
大きくなったわね。本当に大きくなったわね。
必死になって天井に向かって伸びていた手は、今。
今私の胸元へと向けられようとしている。
そうやって貴方は、未来を、希望を、光を手に入れて。
私が得られなかった光を、暖かさを…そして…強さを……
もしかしたらもっと。もっと別の方法があったのかもしれない。
愛するものを護る別の方法を、私は見つけ出せたのかもしれない。
今となってはもう。もう、遅すぎるのだけれども。
貴方のようなその揺るぎ無い強さが。
壊れる事のない、強さが。私にも。
私にもあったならば、もっと。もっと別の道が。
『いや、別に用ってほどじゃねえが、俺の手であんたを地獄に送ってやりたいと思ってな』
強い光。貴方は光の中にいる。希望の中にいる。
さあ、その光をもっと。もっと貴方にあげる。
貴方にあげるから、この身体を貫きなさい。その剣で。
その剣で、私を貫きなさい。それが。
―――それが唯一、貴方に『母親』として私がしてあげられることだから……
『それはご苦労様ね。いいわよ、相手になってあげましょう。どちらが勝ったところでガーゼル神の復活はもう止められないのだから……』
…その剣で貫いて…そうしたら貴方を…抱きしめられるから……
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