救いの手





―――この手は人を殺める為の、手。そしてそれ以上に人を救う、手。

そのどちらも貴方だったから。
どちらもそれは貴方自身だったから。
だから私は、その手に。

…その指先に、触れたくて……


「前に貴方は言ったわね、私には殺意がないと」
漆黒の瞳に映るものは、一体何なのだろうか?人を殺す事だけを生業にして生きてきた貴方の。そんな貴方の瞳に映るものは。
「だから私は人殺しには、なれないと」
「―――ああ……」
「その言葉は、今でも有効なの?」
私の言葉に貴方は答えなかった。答える変わりに、そっと。そっと貴方の手が、私の手に触れる。
「…ヴェガ?……」
「人など殺さなくていい…この手は……」
それ以上何も言わずに黙ってしまった貴方に、私は。私はただ見つめ返す事しか出来なかった。


―――人を、殺める手。人を、救う手。

この手が、人を殺し。そしてこの手が人を救う。
剣士である以上、それは逃れられない運命。
いや、違う。それこそが。それこそが自ら選択した運命。
人を殺し、そして人を救うことが。
それが、自らが決めた運命。それを決めたのは、貴方だから。
だから私も。私も付いてゆきたい。もう怯えるだけじゃなく。
ひとを殺す事に怯えるだけじゃなく、強くなって。
もっと強くなって、貴方の隣に並びたい。

……貴方と…一緒にいたい…から……


「お前まで地獄に落ちる事はない」
触れた手が、そっと。そっと貴方の唇に運ばれる。指先が唇に触れて、そして離れた。それはただ一瞬の事だったのに、私は睫毛を震わせるのを止められなかった。
「…でも私は……」
震えた瞼を、閉じて。そしてゆっくりと目を開けて、貴方を見上げた。そこに在る漆黒の瞳が、闇色の瞳が。けれどもその中に隠れても確かに存在する、綺麗な光が。それが本当の貴方だと、私は分かったから。
「ジュリア?」
貴方の手は、貴方の身体は、たくさんの血に塗れているけれども。それでも貴方は誰よりも純粋だと私には分かったから。
「――貴方が落ちるなら…私も落ちたい……」
だから私はそんな貴方の純粋さが、何よりも好き。何よりも、好きだから。
「…何処までも…一緒に……」
―――だから私は、貴方の傍にいたい。



初めはただ、ただのターゲットでしかなかった。
殺す事を命じられ、その相手でしかなかった。
けれども剣を交えそして。そしてその瞳に映ったものが。
その瞳に映った、哀しみが。その瞳に映った怯えが。
そしてその瞳に映し出された、無垢な魂が。

―――俺を捕らえて離さなかった。

こんなにも人を殺す事を怯えている相手を知らない。
こんなにも人を殺す事に哀しみを宿している相手を知らない。
…こんな純粋な瞳をする…女を知らない…。

心の声が、聴こえた。
―――人殺しはしたくないの…
心の叫びが、聴こえた。
―――本当は人殺しになんてなりたくなかったの…

聴こえたから、その悲鳴が。
聴かずには言われなかったから。
だから俺は。俺は、お前を。

―――言葉にならない言葉で叫ぶお前を…護りたいと、想った……



「お前はこのままでいてくれ」
抱きしめた。そっと抱きしめた。見掛けよりもずっとその細い身体を。本当は壊れそうに華奢なその身体を。
「…ヴェガ……」
驚いたように見開かれた瞳を瞼の裏に閉じ込め、そのままひとつ口付けた。触れるだけの、口付け。そこに言葉にならない全ての想いを込めて。
「このままでいろ…お前が堕ちる事はない…このまま綺麗な手で…」
お前の浴びる血は、俺が被るから。お前に巣食らう闇は、俺が受け止めるから。だからそのままで。そのまま綺麗な手で、綺麗な身体で、綺麗な心で。
「―――お前に血は、似合わない」
このまま腕の中に閉じ込めて、そして俺の全てでお前を護りたいから。


他人を想うなど、俺には不要だと想っていた。
独りで生きるのに、他人は必要ない。
護りたいと想うものは、余計な負担にしかならないから。
それでも。それでも俺はお前を護りたいと願っている。
俺の全てで、お前を護りたいと。



「いやって言ったら?」
「…ジュリア?…」
「私だって剣士だもの。自分の身は自分で護りたい。それに…それに護られるだけの女はイヤなの」
「――――」
「それよりも何よりも私は…私は…貴方のそばにいたいから…」
「――強いな、お前は…俺が想っているよりずっと…」
「ううん、違う。違うの私は…」

「…貴方がいるから…強くなれるの……」


人を殺す事は、本当は今でも怖い。
怖くて怖くて、堪らないの。でも。
でもその隣に貴方がいてくれたなら。
貴方が傍にいてくれたならば。

―――貴方の背中は私を護ってくれる。貴方の手は、私を救ってくれる。



「貴方がいてくれれば、私は何にでもなれる。どんなものにもなれる」


人殺しにも、恋する女にも。
どんなモノにもなれるから。
貴方が傍に、いてくれるならば。


「ああ、ジュリア…そばにいよう」
「…ヴェガ……」
「ずっとお前の傍に…俺は…」

「―――お前だけの、傭兵になろう……」



伸ばされた手に、指を絡める。
貴方の手。大きくて、強くてそして。
そして何よりも優しい手。
この手が人を殺め、そして人を救う。
この手が全ての強さと、全ての優しさを。
この手が、私に全てを与えてくれるから。



―――この手が、繋がっていれば私は何も怖くはない……

 

 


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