夜の、音

目を閉じれば、聴こえてくるのは。
静かで優しい夜の、音色。

目を閉じ、全身でその音を感じて。言葉にならないその音を、感じて。

風が運ぶのは夜に溶ける緑の匂い。夏の終わりの瞬間だけ感じることの出来る、瑞々しい葉の匂い。
「―――ここにいたのか」
その薫りと同時にした声に、私はゆっくりと振り返った。やっと。やっとこうして貴方の『気配』を感じられるようになった。何の構えもなく、自然に貴方の気配を。
「…ヴェガ……」
見上げて、微笑う。私はきっと今一番自然な笑顔をしているのだろう。貴方に出会って、貴方に恋をして初めて。初めて私は本当の笑顔を出来るようになった。

―――誰に遠慮する訳でもなく、誰かに怯えるわけでもなく。ただ唯一の安心できる場所だと。

手を伸ばして、手を広げて。貴方を見上げた。そんな私に少しだけ呆れた顔で…それでもそっと口許で微笑ってくれて。貴方は。
「まるでガキだな…お前は」
そのまま私を抱きしめて、くれた。初めは怖かったその腕も今は。今は何よりも優しく暖かいものだと、私は知っているから。私の全部で、知っているから。
「子供みたい？でも『だっこ』して欲しかったの」
「本当にガキだな。まあいいか――」
唇が額に、落ちてくる。そっと、触れて。そして睫毛が、重なった。キスする前のこの瞬間が。瞳を一番近くで見られるこの瞬間が、大好き。
「そんなとこも…俺は、惚れたんだからな……」
くすりと口許が微笑って、そして。そして一番して欲しい場所に、キスを、してくれた。

夜の静かな音の中に、そっと。
そっとふたり包まれて。それ以外のもが。
それ以外のものが、何もかも消えて。
何もかもが消えていって、そして。

そして『ふたり』でいるんだと言う事を、全てで感じる。

「ずっと怖いって言葉を我慢していたの」
夏草の匂いがふわりと鼻腔を掠めて、その薫りに包まれながらゆっくりと身体を下ろされる。
「―――どうして？シゲンにでも言えなかったのか？」
大きな手が服を脱がしてゆく。だから私も。私も貴方の服を、脱がした。ふたりで、脱がしあった。
「…言えなかった…シゲンにも…しなければならない事があったから…」
「我慢ばかりだったんだな。だから俺に我侭なのか？」
「我侭は、嫌い？」
月だけが私達を見ている。生まれたままの姿の私達を見ているのは、お互いと月の光だけ。それが何だか、不思議な気持ちになって。
「お前以外の我侭は、な」
くすくすと微笑って、そして。そして見つめあいながら、キスをした。ずっとずっと、キスを、していたい。

貴方の前では我侭になる。子供になる。
今まで我慢してきたことが、今まで閉じこめてきたことが。
全部全部、貴方の前では剥き出しになって。
貴方の前では、全部『自分』を見せられて。
そんな自分が今は、好きになった。貴方の隣にいる自分が好きになった。

私の我侭も、子供じみた行為も。
貴方の広い腕が。貴方の優しい腕が。
全て受け止めてくれるから。

――――だから私、貴方の前では…子供に戻るの……

「…あっ…はぁっ…んっ……」
触れる、指先。大きな手が、私の胸に触れる。節くれだった指が、私の胸に。
「…ヴェガ…あんっ……」
柔らかく揉まれ、そのままぷくりと立ち上がった乳首を摘まれた。指の腹の部分でソレを転がされれば、私は耐えきれずに甘い声を零した。
「―――ジュリア……」
「…ヴェガ…ああんっ…はんっ……」
背中にぎゅっとしがみ付いた。広くて大きな背中。細かい傷のある背中。何時も前線で戦ってきた貴方だから、こんな傷が絶えないのもよく知っている。そして。そしてその傷が増えたのは私のせいだとも。だから。だから何よりも大切で愛しくて、切なくて。
「…傷…増えてる…ヴェガ……」
ひとつづつ、指で辿った。貴方の傷を、そっと辿った。細かいものはいずれ消えるのは分かっているけれども。それでも私にはやっぱり切なくて。切ない、から。
「誰かさんのお守りのせいでな」
「…私…剣を…振るったほうが…いいの？……」
「―――必要ない。お前は俺が護る」
捨てていいって言ってくれた。怖いならば戦わなくてもいいと。俺が護るからと、貴方は言ってくれた。私の分まで、貴方の手は血に塗れている。でもその手が。その手が私には。
「…好き…ヴェガ…貴方が、好き……」
苦しいほどに、愛しくて。切ないくらいに大切なもの。もう誰にも。誰にも渡したくはないから。
「…ああ……」
「…ずっと…そばにいてね…もう私独りでは、生きられないから……」
誰にも渡せない。この手を離せない。貴方のいない世界がもう私には。私には考えられない。貴方がいない、事がもう私には……。
「俺は『死神』だから…お前の死まで、そばにいてやる」
その言葉に零れた涙は、決して快楽のせいだけではなかった。

好きだと、こんなにも好きだと。
貴方だけが好きだと、どうしようもないくらいに好きだと。
ただそれだけが。それだけが、私の胸を埋める。
私の全てを、埋める。その想いだけが、私の全てになって。

―――私の全てになって…想いが降り注ぐ……

ゆっくりと私の中に貴方が挿ってくる。大きくて熱いその塊が、私の中へと。
「はあああああっ！！」
私はその熱さと硬さを逃さないようにときつく締め付けた。身体を引き裂くような強さが、それが何よりも私には愛しい。私をこんなにも貴方が求めてくれる事が、嬉しい。
「…あああっ…あああんっ……」
腰を掴まれて奥まで突き入れられて。その刺激に私は喉を仰け反らせて喘いだ。子宮まで届きそうなソレに、腰ががくがくと揺れる。耐えきれなくなって必死に。必死に貴方の背中にしがみ付いた。
「…ああっ…ああんっ…あんっあんっ！」
髪を、そっと撫でられた。べとつく前髪を掻き上げてくれて、そして。そしてそっと撫でてくれた。優しい手。激しい行為とは裏腹の、優しい、手。
ああ、好き。貴方が好き。どうしようもない程に、貴方が好き。本当に他に何も欲しくない。貴方がいてくれれば。貴方が傍にいてくれれば、何も欲しくはないの。何もいらないの。だから。だから、そばにいて。ずっと、貴方のそばにいさせて。
「―――ジュリア……」
「…ああんっ…ヴェガっ！…ああああっ！！」
ずっと。ずっと、私を貴方の隣に置いてください。

―――ヴェガの手が、ね。手が、好き。
……どうしてだ？
―――何よりも優しいから、好き。
……人殺しの手だぞ、俺のは。
―――ううん、私には。私にはただひとつの。

―――救いの手、だから……

身体はずっと繋がったままで。
そのままで指を絡めて。そのままで舌を絡めて。
この瞬間が永遠だったらと、どれだけ祈っただろうか？

どうして、身体がふたつに分かれているんだろうなって、思っただろうか？

「―――ジュリア、まだ『だっこ』してほしいのか？」
繋がったままそれでもずっとしがみ付いている私に、少しだけ呆れながら貴方は言った。そんな貴方に私はやっぱり子供染みた、我侭で。

「ずっと、だっこしていて」

しょうがないなと呟く貴方が。
そんな貴方が、大好きだから。

このまま静かにふたりで、夜の音に溶けてゆきたい。

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