どんな時だって



――――ずっとそばに、いるから。


こうして繋がれた指先が、ずっと。ずっと永遠にであるようにと。この指先が解かれることがないようにと。ただそれだけを、祈っていた。
「怖くはないの?」
こうして結ばれている手のぬくもりがある限り、私は何も怖くはないけれど。何一つ怖いことはないけれど。だから、そんな事を聴いた。貴方の気持ちが知りたかったから、だから聴いた。
「俺は死神だから」
振り返り、貴方は口許だけで微笑った。滅多に笑うことのない貴方の笑み。ほとんど表情が変わらない貴方の、その微かな変化が。

…そんな僅かな変化ですら、私は嬉しかった……


着いて来て、と。ずっと私のそばにいてと。
言葉にする事が出来なかった。声にする事が出来なかった。
貴方には帰る場所がある。そんな貴方を私は。
私は連れてゆくことが出来なかった。私の我が侭だけで、貴方を。
貴方をこうして私と一緒に連れ去ることが出来なかった。けれども。


けれども貴方は言ってくれた。――――お前を、護るのが俺の役目だと……。


アルカナの場所は決して部外者には知らせられないから。
決して秘密を漏らすことは出来ないから。だから、私達は。
私達はもうともにはいられないと、そう諦めていたのに。
貴方はこうして私の手を取り、そして。そして全てを捨てて。
全てを捨てて、わたしのそばにいてくれた。私のそばに、来てくれた。


…ねぇ、泣いてもいい?私、泣きたいくらい…嬉しかったの……



「ふふ、私死神に護られているんだ」
繋がっている指先。暖かなぬくもり。これさえあれば。
「―――ああ」
これさえあれば何も怖くない。何も怖くはないの。
「…ヴェガ…あのね……」
私は貴方さえいれば、何一つ怖いことなんてないの。


「…ありがとう……」


さよならも、云えなかった。きっと、云えなかった。
別れが来ると分かっていても、云えなかった。
着いて来てとも云えずに、さよならとも云えずに。
そんな私を貴方はこうして。こうして手を。


―――何も云わずに、手を繋いでくれた……


「…ありがとう…私のそばにいてくれて……」
好き。貴方が、好き。言葉にしなくてもこうして。
「…この手…離さないでいてくれて……」
こうして私の気持ちを分かってくれる。私の気持ちを受け止めてくれる。
「…ありがとう…ヴェガ……」

そんな貴方が、私は何よりも大好きです。



初めて逢った時から、ずっとこうだったね。
リュナン様の命令で私の護衛に付いた時から、ずっと。
ずっと、貴方はこうだった。
決して肝心な事は言葉にしないのに。大切なことは言わないのに。
こんな風に、手を繋いでくれた。こんな風にぬくもりで教えてくれた。
言葉よりも確かなものを、私に与えてくれた。私に、くれた。


何よりもあたたかいものを。何よりもやさしいものを。


不器用な人、けれども好き。そんな所が好き。
強くて完璧で、何を考えているのか一見分からないけれど。
けれども伝わるの。伝わるから、優しさが。
こうして絡めた指先から、そっと想いが伝わるから。


「俺が、勝手にした事だ」
「…ヴェガ……」
「礼を言われる理由はない…俺が勝手にお前に着いて来ただけだ」
「でも、嬉しかったから」
「………」
「凄く、凄く、嬉しかったから」


微笑ったら何故か涙が零れて来た。可笑しいね、凄く気持ちは嬉しいのに。嬉しいのに涙が零れるのは、可笑しいよね。でも、止まらないの。止めることが出来ないの。
「―――リベカ……」
そんな私を少しだけ困ったように貴方は見つめた。やっとここまで来て、貴方の表情の変化が分かるようになったの。滅多に顔を変えない貴方の、ささやかな表情の変化が。
「へへ、これは嬉し涙だから…だからそんな顔しないで……」
そう言う私の頬に貴方の手が重なる。大きな手が、そっと私を包み込む。大好きな貴方の手が。
「…ああ……」
そしてゆっくりと涙を拭うと、そのままひとつキスをしてくれた。零れる涙を受けとめるように柔らかいキスが、そっと。そっと降って来た。


それはやっぱり優しくて。言葉よりももっと、優しくて。



そのままそっと腕の中に抱きしめられて、私は目を閉じた。
貴方のこころの音が聴きたくて目を閉じた。優しい貴方の音が、聴きたくて。




―――それは、私の全てを包み込んでくれる優しい音、でした。


 

 


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