伝えたいことは、ただひとつだけ。
私はただ生かされていた。『生きて』いるのではなく『生かされ』ているだけだった。誇り高きゾーア人としてではなく、グエンカオスの駒としてただ生かされているだけだった。
私はどうして、こんなになってまで生きている?
希望は、望みはただひとつだった。
差別のない偏見のない、誰でも人として生きられる世界。
ゾーア人でも普通の人として、生きてゆく世界。
それが。それが私の唯一の願い、だったのに。
『…ジーク……』
私だけを、信じて。どんなになっても私だけを信じて、その瞳は真っ直ぐに。真っ直ぐに私だけを見つめる。ただひとつの、瞳。ただひとつの、私を見つめる瞳。
君だけが私を人に戻し、君だけが私を人に還えす。
『ジーク、貴方の手が好き』
少女のように無邪気に私に微笑い、そっと。そっとその手を頬に重ね。
『暖かくて優しくて、大きな手』
そして何よりも愛しげに、私の手を自らの手で包み込み。
『そして…傷だらけの手…大好き…』
私の受けた痛みを、こころから。こころから感じるかのように。
『…そんな貴方の手が…大好き……』
まるで自分が受けた痛みのように、君は私の傷を全身で。
――――君の全てで、受け止めようとするから……
君だけが私にとっての唯一の『自分』でいられる場所だった。ゾーア人としてでもグエンカオスの駒でもなく、カルラの弟でもなく…ただ。ただ私自身でいられる、ただの『自分自身』でいられる唯一の場所だった。
『…ジーク…貴方が、好きよ……』
私もだ。私もだ、ケイト。君だけが好きだった。
私は君だけを、愛していた。君を腕に抱いて眠る瞬間。
私は願った。世界など消えてしまえばいいと。
何もかもをなくして、君と。君だけとともいられたらと。
それは決して叶うことのない、願いだとしても。
それでも私は夢を見た。醒める事が分かっていながら見た夢。
終わりが来ると分かっていながら、見た夢。それが。
それが君と共に生きる、未来だった。ひととして生きる、未来だった。
…君と共に、生きたかったんだ…ケイト……
私には闇しかなかった。私には復讐しかなかった。
私には絶望しかなかった。私には未来などなかった。
分かっていたことだ。ゾーア人として生きると決めた以上、私はそれを願うことは許されない。
子供たちの苦しみを。ただゾーア人として生まれただけで踏み潰される命を。
私は護りたかった。この手で、変えたかった。その為だけに、私は何もかもを捨てた。
希望も未来も、愛も、望みも、全て。全て私が選び、私が決めたこと。
なのに何処でこんなにも狂ってしまったのだろうか?
本当の光は、本当の未来は何処にあるのか?
何が正しくて、何が間違えなのか?
差し出された選択肢全てが、嘘に思えてくる。
どれを引いても、そこに光も希望もない。
――――ゾーア人の未来は…何処にあるのか?
その為に死ぬことも、滅びることも私には悔いはない。
そのための後悔は何処にもない。けれども。けれども本当に。
本当にグエンカオス教皇の作るものに光はあるのか?
「…ケイト…私は……」
それでも私はこうして。こうして、ゾーア人として。君の前に立つ。敵として君の前に立つ。それ以外の生き方を…もう私に選ぶことは出来ないのだから。それ以外の選択肢を、私は自ら選ぶことは出来ないのだから。
それがゾーア人としての誇り。そして、それがただひとつ君への愛。
しあわせになって、くれ。
君だけはしあわせになってくれ。
君の未来が、輝くように。
君が生きる世界が、光に包まれるように。
…君が生きる未来が…綺麗であるように……
その為に、この命を。
この命を与えるから。
だから光を、だから未来を。
―――全ての人間に与えられる輝ける未来を……
「…愛している…ケイト……」
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