―――貴方の傷に、触れて…そして、少しでも癒せたならば……

包み込む優しさが全てならば。
この伸ばした指先が、この触れた指先が全てだったならば。
心の痛みも、嘘も。そして真実すらも。

…全てが…ただひとつの想いへと流れてゆくのだろう………


君を愛していると云う事だけが、ただひとつの私が『ひと』であった証。



指先でその傷跡に触れた瞬間、私はただ泣きたくなった。指先から伝わるものは、哀しいほどの痛みと。そして苦しいほどの無念。
「…ケイト……」
名前を呼ばれても顔を上げる事が出来なかった。今顔を上げてしまったら私は涙を零さずにはいられないから。睫毛に堪った雫が零れ落ちてきてしまうから。
「――痛かったなんて聴くのは…バカな質問よね……」
泣く事は貴方に対しての同情だと取られてしまわないかと。そんな風に私が貴方を憐れんでいるように思われないかと…そう思うと私は。私、は……
「他の人間ならば、そう言うだろう…でも君には……」
顔を上げられない私の頬に貴方の大きな手がそっと包み込んだ。大きくて優しい手のひら。そこから伝わるぬくもりは、苦しいほどに切ない。

―――私はこんなに優しくて、そして苦しい手のひらを他に知らない。


この指先のぬくもりだけが。
触れ合ったこの指先が。
どうして嘘だと云えるのでしょうか？
どうしてこの苦しいほどの優しさが。

―――偽りだったと…云えるのでしょうか？……


「…君の言葉は、違う意味に聴こえるから……」
頬に当たっている手のひらが何時しか私の睫毛に掛かっていた。そして。そしてそっと。そっと私の零れ落ちた涙を、拭う。

―――必死で俯いて隠してきた、私の涙を……。


「君の涙も、純粋なものだと分かるから」
「…ジーク……」
「私にだけは、分かるから」


そっと伸ばされた手が私の身体を包み込む。優しい、腕だった。そして哀しい、腕だった。貴方がこうして抱きしめてくれるのに、こうして包み込んでくれるのに、どうして？どうして胸には切なさだけが降り積もるの？
「―――ケイト…君だけが……」
髪を撫でる指先が、微かに震えているのは気のせいなの？それとも？
「…君だけが…知ってくればそれでいい」
それを確認しようとして顔を上げて、そして益々苦しくなった。見上げた貴方の瞳に宿る哀しみを私は見付けてしまったから。それは何かから必死に逃れようとしている瞳。何から逃れようとしているのか、何から逃れているのか私には分からなかったけれども。けれどもこれだけは、云えるから。
―――貴方の苦しみと葛藤は…それは貴方の優しさから来ているものだと……
「私の傷を…そして私の想いを…私は……」
「…ジーク……」
「…私は君を…愛している……」
その言葉の意味を確かめる前に、そっと。そっと唇が降りてきた。その優しく切ない口付けに、私はただ瞼を震わせる事しか出来なかった。



君を、愛している。
その言葉だけが本物。
その想いだけが真実。
これから先何があろうとも。
これだけが、真実。

―――君がもしそれを信じなくても…私は君を…愛している……


この腕に君を抱いている時間だけが。
この瞬間だけが、もしも。
もしも世界の全てだったならば。
君の髪の香りに切なさと愛しさだけを込めて。
君のぬくもりに慈しみと想いだけを込めて。

私はただの独りの男になれたのに。


君の髪の残り香だけが、私をひとへと呼び戻す。
君の綺麗な瞳だけが、私のこころを引き戻す。



「…ケイト…愛している……」
「…ジーク…私も…貴方を……」
「――これから先何があろうとも私のこの想いだけは…信じて欲しい……」
「…ジーク？……」
「君だけが、信じてくれればそれでいい」


それでも私は君の傍にはいられない。
君をずっとこうして胸に抱いている事も。
君の傍で、そして。そして君を護る事も。

―――でも覚えていてくれ…君を愛したこの気持ちだけが、私の『ひと』としての心。


これから先私はゾーアの騎士として生きる。
人としての想い、そして優しさを捨て。
ただゾーア人の未来の為に、私は生きる。

それが私の選んだ道。それが、私が生きている意味。

それでも私は君を愛している。
君を騙している訳でも、君を裏切っているわけでもない。
私という独りの『人間』としての想いは。
想いは君だけに、向けられているから。

騎士として全てを全うする私の、ただひとつのひととしての想い。



「―――愛している……」
そう云って、もう一度。もう一度貴方は私の指にその手を絡めました。
「…君だけを……」
暖かく、優しくそして。そして何よりも切ない、その指先を。



伸ばした指先のぬくもりと、そしてあたたかさだけが。
今のふたりの、たったひとつの真実でした。

　

　

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