――――絡めた指先が、永遠ならば…よかった……
それは叶わない夢。叶えられない夢。
それでも願った。それでも願わずにはいられなかった。
…ともにいられる未来を……
君を選ぶ事だけが、どうしても私には出来なかった。血塗られ傷に切り刻まれたこの手は、君の手を取ることが出来なかった。
「…ジーク……」
こんなになっても君は、私だけを信じている。私だけに着いて来る。その一途な想いがどれほど私を喜ばせ、そして苦しめるのか。
「…ケイト…何故だ?……」
延ばされた細い指先には血と精液に塗れていた。今は動かなくなった物言わぬゾンビ達が、放った欲望が身体中にこびり付いていて。
「…ジーク…来てくれたのね……」
身体中に紅と紫の痣が散りばめられ、そして室内には雄の匂いが充満していた。むせかえるほどの欲望の匂いが、未だに君を犯し続けてるようで。それが嫌で私はその手を取り、きつく。きつく、抱きしめた。
「――――すまない…ケイト…私が……」
私が…と何を言おうとしたのだろうか?この先の言葉を言ったとして何になるのか。この先私は君を、護る事は出来ないのに。もう君を、護れないのに。
―――けれども。それでも、この身体を離す事が出来なくて……
私は君を、護れない。君を護れなかった。
ゾーア人である事を。戦う事を選んだ私は。
私はその瞬間、君を護る資格を私は失った。
そう、君がこんな目に合いながら護れない自分。
護れなかった、自分。無力な自分。
ゾンビ達を殺しても、君の受けた傷は消える事はない。
必死に私に着いて来てくれた君。裏切り者である私に、それでも君は。
君は真っ直ぐな瞳のまま私に着いて来てくれた。何一つ疑う事無く。
私はそんな君をずっと、ずっと裏切り続けてきたのに。
君をずっと騙し続けてきたのに。それなのに、君は。
私に着いて来たから…君をこんな目に合わせてしまった。一番護りたい存在である君を、私は護れない。一番大切な女だけは、私の手で護る事が出来ない。
「…ケイト……」
愛していた。愛している。君だけを、愛している。けれども君と共にある未来だけは、私には選ぶ事は出来ない。綺麗な君に、私は穢れ過ぎている。闇に埋もれ過ぎている。
「…ジーク…私…ごめんなさい…ごめんなさい…貴方の足手まといになって……」
私と共に在れば君が不幸になるだけで。私と共に生きる道は、君を裏切り者にするだけで。君の未来をただひたすらに闇に堕とすだけだから。
――――だから…さよならだ…ケイト……
君と共に生きてゆければ。この指が結ばれたままだったら。
ずっと、ずっと、君と共にいられたならば。
そうしたら私は忘れていた『微笑み』ですら、思い出せたかもしれないけれど。
でも私と共にいる事で君を傷つけてしまうのならば。
私と共に在る事で、君が穢されてしまうのならば。
…君を護れないのならば…私は君にとって不必要な存在だから……
「…すまない…ケイト…」
これが、最期だから。君に触れられる、そして君に想いを注げられる。この瞬間が、最期だから。
「…ジーク…あ……」
君に、触れる。君の顔にこびり付いた精液を舌で拭う。君の身体にこびり付いた欲望を、この指で清める。これが、最期だから。
「…ケイト…私の……」
これが、これが、最期だから。君に触れる…君と今生で触れられる……
「…私だけの…ケイト……」
しあわせそうに微笑う君の笑顔を瞼に焼き付けて、私はその唇をそっと塞いだ。
その瞬間に口中に流れ込まれる薬が君の意識を失わせる。
次の瞬間、君が目が醒めた時には…もしたしたら私はもうこの世にはいないかもしれない。
この身体は朽ち果てているかもしれない。それでも。
それでも君を、想っている。君だけを、想っている。
意識のない唇にもう一度口付け、折れるほどにその身体を抱きしめた。これが最期だからと。これが最期、だからと。君を愛していると言える…最期の瞬間だからと。
「…さよなら…ケイト……」
ぽたりとひとつ君の頬に雫が零れ落ちる。けれども君が目覚めた瞬間にはこの涙の痕も枯れ果てているだろう。そして私は君の大切なもの達の前に立ちはだかり、君を裏切る事になる。それでも。
それでも私は君を、愛している。それだけは本当の事なんだ。どんなになってもそれだけは。
けれどもそれは、君は知らなくていい。君には知って欲しくはない。
君の未来に私が何処にも残らないように。残らないように。
君の傷は私が死に場所まで持ってゆくから。この想いとともに持ってゆくから。
――――だからどうか…お前の未来がこれ以上…傷つかないように……
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