Flower Ring





―――恋をしたら女の子は、誰でもその頭上に花飾りが飾ってあるの。


降ってくる、花びら。小さな花飾り。
恋する少女の上に、天使が置いていってくれるもの。
小さな恋の、花飾り。今、あたしにも。

…あたしの上にも…あるのかな?……


抱きしめてくれる腕は優しくて、この中に入れさえいればあたしは怖いものなんて何一つなかった。
「…ユニ……」
優しく呼ばれて顔を上げれば、そこにあるのは何処までも澄んだ綺麗な瞳。綺麗な瞳に映るあたしはきっと。きっと実際よりも、綺麗にそこにいるんだろう。
「ゼノ、大好き」
やっと言えるようになった。やっと、あたしは言えるようになった。ずっとずっと好きだったけれども、何時も躊躇って。戸惑って、そして。そして最期は噤んでしまう言葉。心の底に閉じ込めてしまっていた言葉。でも今こうやって。こうやってゼノの瞳を真っ直ぐに見返せるようになって、あたしは。あたしは、やっと……。
「うん、僕も大好きだよ」
子供の頃、あたしは信じていた。恋をしたら頭上に小さな花飾りが王子様から与えられると。大好きになった王子様から。本当に、あの日まで信じていた。
「やっと言ってくれたね」
微笑って。優しく微笑って、あたしの頬をひとつ撫でてくれた。大きな手、傷だらけの手。でもあたしには何よりもかけがえのないものだから。何よりも大事なもの、だから。
「…ずっと言いたかった…でも…言えなかった…ぜノに…ずっと言いたかったけど……」
「―――分かってるよ、ユニ。僕は分かっているから……」
もう一度そっと、抱きしめられて。包み込まれてあたしは目を閉じた。聴こえてくる心臓の音が、泣きたいほどに優しかったから。


火の中に投げ込まれた妹達。
それを見て狂った母親。そして。
そして兵士から許しを請う為にあたしは。

―――あたしは……


「…あたしは…ゼノに…相応しくないと…思っていた……」
生理すらも来る前の未熟な身体を、兵士達に犯された。命を請う為に、自ら身体を差し出した。
「カトリみたいに可愛くも…綺麗でもないし…あたしは……」
その瞬間にあたしの上に降り注ぐ筈の花びらは、全部。全部、空へと散っていった。兵士達の脚が踏み潰していった。あたしは、お姫様にはなれなかった。
「…あたしは…穢たないし…あたしは……」
しあわせになりたいと云う祈りは、その瞬間に永遠に叶えられないものだと諦めた。人を好きになることを、諦めた。綺麗になることを、女の子になる事を諦めた。そうすればもう。もう、あたしは傷つかないと思ったから。でも。でも、ね…ゼノ……
「…男の人を好きになるのも出来ないと思っていた…しちゃいけないって…思っていた…それでもあたしは……」
―――ゼノが、優しいから…泣きたくなるくらい…優しかったから……
「…ゼノが…好き……」
「ユニ、泣かないで」
そっと手が伸びて、あたしの頬に触れて。そして何時しか零れ落ちる涙を、そっと。そっと拭ってくれた。
「君にどんな過去があろうとも、君がどういう人間だろうと、今。今僕の目の前にいるユニが好きだから」
「…ゼノ……」
「大好きだよ、君が。君の淋しがり屋な所も、君が本当は誰よりも女の子らしい所も、君の…小さな優しさが…僕は大好きだよ」
「…ゼノ…あたし……」
「君は君だから。カトリとは違う…僕はたった独りの君が好きなんだ」
真っ直ぐな瞳は反らされる事はなくて。ずっとその瞳にあたしを映してくれて。そして。そして、そっとキスをしてくれた。

―――その瞬間、貴方はあたしの頭上に小さな花飾りを飾ってくれた……



君の傷を、癒したくて。
君の心の傷に触れたくて。
君が独りで耐えようとするから。
小さな身体で、細い腕で。
君は必死で耐えようとするから。

僕には全てを見せて欲しい。
僕には全部曝け出して欲しい。

まだ僕は君にとっては頼りないかもしれないけど。
それでもこの想いは、誰にも負けないといえるから。
だから、君の傷を。君の、こころを。


―――僕に…触れさせてほしい……



そっとベッドの上に押し倒された。冷たいシーツが頬に当たる。ひんやりとしたシーツの感触が。
「ユニ、怖かったら…ちゃんと言ってね」
「…ゼノ……」
「無理強いだけは、したくないから」
貴方の言葉にあたしは小さく頷いた。正直怖かった。あの時の記憶が蘇ってきて。けれども。けれどもそれ以上に…それ以上にあたしは貴方が好きで、そして貴方を信じているから。
「怖いけど…平気…ゼノの背中にしがみ付いているから」
「…ユニ……」
「だから平気…怖い時はゼノが護ってくれるって信じているから……」
「護ってあげる。どんな時でも僕は君を護る。君を傷つけるもの全てから、だからユニ」

「……泣かないで………」

頬に落ちる雫を貴方は舌で辿った。その優しさがまた。またあたしに違う意味の涙を零れさせる。ぽろぽろと、零れてゆく涙。それを貴方は全て掬い上げてくれた。
「…ユニ…好きだよ……」
そっと手が服に伸びて、脱がされてゆく。丁寧に、ひとつひとつ。無理矢理引き裂かれる訳じゃなく、自分で脱げと命令される訳でもなく。あたしの目を見ながら、大事にひとつひとつ。
「…あっ……」
手が、胸に触れる。女になる事を逆らっていた精神のせいか、あたしの身体の発育は悪かった。カトリと比べても身体はがりがりだし、胸も小さかった。けれどもそんなあたしの身体を、ゼノは優しく抱きしめてくれる。
「…はぁっ…あ……」
胸を指で包まれて、柔らかく握られた。ぷくりと立ち上がった乳首をそっと舌で転がされる。それは何処までも、優しかった。
「…ぁぁ…ゼノ……」
あの時はただ。ただ乱暴に胸を掴まれるだけだった。力任せに揉まれて、ただ痛い以外の感情は浮かばなかった。けれども今は。今は……。
「可愛いよ、ユニ」
「…ああんっ……」
不思議と口から零れて来るのは甘い声だけだった。他人に触れられるのにあれだけ怯えていたのに。今は。今はこんなにも。こんなにも貴方に触れていてほしい。優しい指で身体を心を、溶かしてほしい。
「…あぁ…ん…ゼノ……」
唇が乳首に触れる。そのまま口に含まれて、優しく舌で嬲られた。その度にぴくんぴくんと自分の身体が跳ねるのが分かる。
頭の芯がぼんやりとしてくる。ふわりと身体が宙に浮いているような感覚。シーツの冷たさすら感じられなくなる程に火照ってくる感覚。
「…ユニ…好きだよ…ユニ……」
「…ゼノ…ああん…はぁぁ…んっ……」
手が降りて来て、茂みを掻き分けてあたしのソコに触れた。その指先はぎこちなくて、けれども精一杯に優しくて。それが何よりもあたしを…感じさせた…。
「…ああんっ…あん……」
身体よりも、精神が感じている。貴方の想いを、貴方の優しさを。全部で、感じている。怖いけど。本当は凄く怖いけど、けれども。けれどもそれ以上に。あたしは貴方が欲しいから。
―――ゼノが…ほしい…から……
「…ゼノ…もぉ…平気…だから……」
「…ユニ……」
「…平気…だから…だから…来て……」
「…でも…ユニ……」
「いいの…ゼノ…あたし…あたし…早く…ひとつになって…」

「…不安も怯えも怖さも全部…全部…忘れたい……」


あたしの言葉にゼノは一つ頷くと、腰を掴んでゆっくりと入ってきた。



身体、よりも。
精神が、こころが、感じる。
暴力だけじゃ駄目だって。
力だけじゃ駄目だって。
今、分かった。

―――貴方とひとつになって…初めて…分かった……



小さな、僕のユニ。
大事なユニ。
君を、僕はずっと。
ずっと、ずっと僕は。
僕は護りたいから。

初めて本気でひとを好きになった。
子供の憧れとは違う。甘い想いとも違う。
初めて、僕は。痛みも苦しみも分け合う。
切なさも辛さも伴う恋をした。


…君に、本当の恋をしたんだ……



「…ああああっ!!…ああああっ……」
引き裂かれるような痛み。貫かれる痛み。あの時もそうだった。あの時も、こうやって真っ二つに身体を引き裂かれて。けれども。
「…ユニ…ユニ……」
けれどもそっと降ってくる唇が。あたしの髪を撫でる指先が。あの時とは違う。あの時とは、違うから。
「…ゼノ…あああっ…ゼ…ノ……」
手を伸ばして、そして。そして背中に必死にしがみ付いた。傷だらけの背中。痣だらけの背中。消える事のない傷、消せない貴方の傷。
これは。これは、あたしと同じものなんだね。あたしの受けた傷と同じものなんだよね。だったら、ゼノ…あたしたち。あたしたち痛みを分け合える事が…出来るかな?
「大丈夫…だから…ゼノ…動いて…あぁ……」
もしかしたらあたしよりもずっと。ずっと貴方の方が傷を負っていたのかもしれない。奴隷として人間として扱ってもらえなかった貴方は。あたしよりもずっと、ずっと。
「――ユニ、好きだよ…大好きだよ……」
「…あたしも…あたしも…ゼノ…ああああっ……」
分け合いたいよ、あたし。あたし貴方の痛みを。貴方があたしの痛みに触れてくれるなら、あたしも。あたしも貴方の痛みに触れたいから。

…だって、ふたりなら。ふたりで分け合えば…半分になるよね……

「…ゼノ…ゼノ…好き…ゼノ……」
「…ユニ…僕のユニ……」
「…あああっ…ああああ……」
「…ユニ…好きだよ……」
「…はぁぁ…もぉ…もぉ……」

「ああああああ――――っ!!!!」

どくんと音がして、あたしの中に熱い液体が注がれる。熱い、モノ。ゼノの想い。ゼノの、想い。あたしはそれを全て、受けとめた。



ねぇ、ゼノ
―――うん?
あたしたち、いっぱい辛い事あったけどふたりでいれば。
―――ユニ……
ふたりでいれば、きっと。


…きっと、しあわせになれるよね……



小さな祈りだった。
ずっと祈っていた。
しあわせになりたいと。
ただそれだけを願っていた。

生きているから、やっばり諦められない祈りだった。



「大丈夫?ユニ」
目を開けば、貴方の心配そうな顔が飛び込んでくる。あたしは懸命に微笑った。一生懸命に微笑った。
「平気だよ、ゼノ。ゼノが全部持っていってくれたから」
背中に、触れる。この背中に触れていれば何も怖くない。何も、怖くはないから。
「全部、あたしの傷を持っていってくれたから」
「―――ユニも…持っていってくれた」
「…え?……」

「僕の傷を、持っていってくれた」



背中に触れている手が。
そっと触れている手が。
僕が幼い頃受けた傷を。
こうして、そっと。

そっと持っていって、くれたから。




「へへ、一緒だね」
「うん、一緒だよ。僕達はずっと同じだった」
「同じだね、ゼノ」
「だから、僕達」

「こうやって、傷を分け合える」




僕の言葉に君は小さく頷く。
そんな君に花が降ってくる。
小さな花びらが降ってくる。
それはきっと。きっと。




―――僕の気のせいじゃ…ないだろう………


 


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